ある海賊の夜明け 12
■12
すべては元通りになりつつある。
シラキ中尉は、様々な場所から入ってくる報告を聞きながらそう思う。
ミシマはもういない。ミシマは死んだのだ。何者かに殺された。殺したのがだれなのかは、シラキは気にしなかった。表向きにも発表されることはなかった。
意識を失っていたシラキが目を覚ましたとき、騒ぎはもう収まっていた。
ひとりの軍人としては情けないことだが、どうやら眠っているうちにすべて終わっていたらしいのだ──そうなるとシラキの仕事は、その後始末ということになる。
シラキはすぐ、王宮からの撤退を兵士に指示した。
王宮は軍のものではなく、王家のものなのだ。
しかし肝心の王族は、もういなかった。どこにも。
シラキはあえてその行方を探そうとはしなかった。正直、クーデターによって大幅に変更された軍内部の構造を再び元の形に戻そうとするだけでもすさまじい労力が必要だった。
何事も、壊すのは簡単だが、元通りにするのは大変なのだ。
そもそもスヴェトラ軍は、元々地上にはほとんど配備されていない。軍の大半は宇宙での任務であり、国境警備や海賊対策などが主な仕事で、これほどの兵士が地上に下りているのは前代未聞だった。そのためシラキは兵士を空港に集め、まず停止していた商業船などの出入りを再開し、全面的に物流とひとの流れを蘇らせることに注力した。そうした仕事もあって、とても行方不明になった王族の生き残り──ミルを探すどころではなかったのだ。
しかしミルが生き延びていることは間違いない。
シラキは意識を失うまでのあいだになにがあったのかはっきり覚えていた。
そして目覚めたとき、王宮内にミルの死体はなかった。ということは、ミルは生き延び、おそらく自分の意志で王宮を出ていったのだ。
いまやスヴェトラは正当な王家を失ったわけだが──それでもこの国は変わらずやっていくだろう。やっていかなければならない。国民が中心となり、国を形作っていくのだ。
「シラキ中尉、ご報告が」
一時的に詰所のようになっている空港の管制室で、シラキは振り返った。
「先ほど、空港内に保管してあった王族用の専用機が何者かに奪われたようで──」
「なに?」
「いままで空港を停止していた分、再開してからすき間なく商船などが出入りしていますから、その隙をついて宇宙へ出ていってしまったようなのですが──いかがなさいますか」
「……いや、なにもしない。放っておこう。もし戻る気があれば、戻ってくるだろう」
「はあ──」
報告にきた兵士は命令が理解できなかったように曖昧な返事をしたが、シラキには王族専用機を盗んだ犯人がわかる気がした。もしそうだとしたら、なにも追いかける必要はない。
ひとにはそれぞれ生き方がある。
王族に生まれたからといって、王宮のなかで一生を過ごさなければならないわけではない。どこか行きたい場所があるなら、自力でそこへ向かえばいいのだ。邪魔をする権利はだれにもない。
シラキは椅子に座り直す。その左足は、応急処置としてすでに医師によって切断されている。壊死し、回復不可能になっていたのだ。いまはまだ慣れないが、落ち着いたころに義足を作ればそれが自分の足になるだろう。
これからやるべき仕事はたくさんある。
クーデターは潰えたが、この国はいままた、新しく生まれ変わらなければならないのだ。
シラキはこの国を混乱された軍人のひとりとして、その仕事にすべての力を注ぐつもりだった。
*
「いいのか、ミル」
スヴェトラの海域を抜け出し、そのまま深宇宙へ向かって航行する宇宙船のなか。
王族専用機だけあり、内装は豪華で、操舵室もなかなかのものだった。アスターはそのふわふわとした座り心地のいい座席にしっかり体を落ち着けつつ、後ろを振り返る。
ミルはじっとモニターを、そこに映し出された暗い宇宙を見つめていた。その視線をふとアスターに動かし、うなずく。
「これでいいの──あの国には、たぶんもう王なんて必要ないのよ」
「ふうむ……でもまあ、そうかもしれないな。おれとしては約束の金をもらえて満足だし。これでピルカも晴れて自由の身ってわけか。とりあえず、どこに行くつもりなんだ?」
「さあ、どこかなあ」ピルカは無重力のなかを漂いながら言った。「別に目的地もねーけど。まあ、また海賊でもするかな。どうせその生き方しかできねーし」
「海賊ねえ……ミルは? なんか、あてでもあるのか」
「もちろん」とミル。「知り合いに女海賊がいるの。口は悪いけど面倒見がいいひとだから、お世話になろうと思って」
「おいおい、そりゃ……王女から女海賊になるのかよ」
「悪くない転身でしょ?」
ミルは笑った。
王女ではなく、少女らしいいたずらっぽい笑みだった。
ピルカはしばらく呆然としたあと、ふと思いついたように、
「それなら、あたしもいい知り合いがいるぜ。金のない運び屋を。パイロットにはちょうどいい」
「……えーと、それって?」
「運び屋より海賊のほうが儲かるぜ」
「い、いやでもだな……うーむ……ベータ、どう思う?」
「わたくしはミルさまについてゆきます」
箱型のロボットは自信満々に言った。
「たとえ火のなか水のなか、ブラックホールのなかまでもごいっしょしますとも。それが王家に仕える身として──」
「まあ……運び屋やるっていっても、おれの船はスヴェトラの空港に置いてきちまったしなあ」
「それに、約束の財宝もまだ渡せてない。王宮から持ち出す時間はなかったから。しばらくはこの船をあなたにあげるわ。買うとなると結構な値段になるものだと思うけど」
「そりゃあ……でも現物支給じゃなあ、ツケも払えないし……」
そもそもあのボロ船と比べればこの王族専用機は豪華客船のようなものだった。運び屋には向かないし、海賊船というには豪華すぎるが、しかしまあ、船もないのに運び屋を名乗るよりはマシな気もする。
とにかく、なるようになれ、だ。
アスターはそう思うことにして、船を深宇宙に向かって飛ばした。重力のさざ波を立てながら。
■了




