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ある海賊の夜明け 11

■11


 アスターは部屋のなかでちいさく息をつき、扉のすき間から腕だけ出して廊下に乱射する。


 派手な音はない。しゅん、しゅん、という迫力のない銃声。しかし威力はたしかだ。応射され、扉が穴だらけになる。


「ったく、埒があかねえな、これじゃあ──ミル、もうちょっと待ってろ」


 再び廊下に向かって連射。それと同時に廊下へ飛び出す。同じように部屋の扉に隠れた兵士がふたり。当然のように銃口をこちらに向けて打ってくるが、アスターはふかふかの絨毯の上を転がり、跳ね起き、半分ほど開いた扉を蹴り開ける。


 ふたりの兵士が廊下に転がり出た。そこを狙う。ひとりの腕を蹴り上げ、銃を取り上げておき、もうひとりの腕に向かって射撃。低いうめき声。もちろん致命傷にはなっていない。数週間はナイフとフォークを使えないだろうが。


「動くな」


 もうひとりの頭に銃口を突きつける。兵士は反射的に両腕を上げた。


「武器を捨てろ。全部だ。で、その部屋のなかで丸くなって寝てろ。全部が終わったら出てきてもいい。途中で出てきて銃撃戦に巻き込まれても文句は言うなよ」


 兵士は震えながら武器をすべて床に捨て、部屋に戻り、扉を閉めた。本当に丸くなって寝ているのかもしれない。そのほうが彼のためではある。


 アスターが合図をするとミルが出てきた。ふたりは廊下を進む。


 ここは二階だった。


 先ほどミシマがいた執務室は三階だ。もうひとつ上に移動しなければならないが、王宮の作りは複雑で、二階まで上がってきた階段は三階までは続いていない。別の、三階へ上るための階段があり、その途中の廊下にはもう騒ぎを聞きつけた兵士たちが待ち受けていた。


 廊下を進み、曲がり角。アスターはミルに手で合図し、とりあえず角から銃口だけ出して、射撃。予想どおり応射される。待ち伏せているのだ。気の抜けた銃声の数から兵士を三人だと仮定し、アスターはため息をつく。


「いつまで経っても前には進めねえな、これじゃあ──おっと」


 角から兵士が駆け出してくる。アスターとミルは近くの部屋に飛び込んだ。だれかの寝室らしい。天蓋付きの豪華なベッド。いいよなあ、とアスターは思う。おれもこんなベッドでゆっくり眠りたいものだ。まあ、こんなベッドを買う金があったら酒を飲んでしまうが。そういう人間は、一生こうした部屋では生活できないのだろう。


 アスターは部屋の外を覗く。兵士がこちらを狙っている。引き金を引こうとしている動きが見えた。扉で一発目を防ぎ、すぐさま応戦。相手の顔が引っ込んだところで廊下へ出て、先ほどと同じように兵士を引っ張り出し、今度は素直に従わなかったので仕方なく太ももを撃ち抜く。


「ミル、おれの後ろに続け!」


 アスターは動けなくなった兵士を自分の前に起き、それを盾にしてずりずりと廊下を進んだ。仲間を盾にされてはほかの兵士もどうしようもなく、そのまま階段まで押し切る。ミルは三階への階段を駆け上がり、アスターはそのまま二階に残った。


「後ろから追いかけられたら面倒だ。おれはここで追っ手を食い止める。いけるか、ミル」

「──行ってくる!」

「よく言った。大丈夫、きみならできるさ。きみには神がついてる」


 アスターは廊下に向かって射撃。その銃声を聞きながら、ミルは階段を上がった。一階では同じようにピルカやベータが兵士を引きつけているはずで、そうした仲間の存在は心強かったが、三階に上がってしまえばもはや頼る相手はだれもいなかった。


 ミルは一気に階段を上がり、乱れた息のまま、廊下を窺う。


 幸い、三階の廊下には兵士の姿はなかった。


 ミルは銃を構える。弾は補充していない。しかしアスターは、ミシマを討つにはその銃が使えるはずだと断言していた。ジンライ。地下牢で見たあれは、本当に幻だったのだろうか。それとも本物の神が現れ、自分に力を与えてくれたのだろうか?


 ミシマは国王の執務室にいるはずだった。


 執務室は廊下の突き当りにある。


 ミルは途中にある扉が開かないか慎重に確認しながら廊下を進んだ。


 心臓がどきどきと脈打つ。呼吸が浅くなる。運動したあととはすこしちがう、頭蓋骨の奥がぴりぴりするような緊張感。手にじっとりと汗が浮かび、次の瞬間にも兵士が現れるのではないかと恐ろしくなる。


 しかし、三階に兵士はいなかった。


 だれとも会わないまま突き当りの部屋に行き着く。


 ミルはゆっくりと扉に手をかけた。鍵はかかっていない。開く。両手でしっかり銃を持ち、肩でドアを押した。


 見慣れた父親の執務室。その机に座り、なにかの仕事をしている父は普段にも増して誇らしかった。娘にとって自慢の父だった。国王としては大きな業績を残したわけではないかもしれないが、すくなくともひとりの人間として歪んだひとではなかった。


 いま執務室の、王の椅子に座っているのは、歪んだ笑みを湛えた男だった。


 そのとなりには別の兵士。ミルはとっさにそちらに銃口を向ける。見覚えがある顔だった。しばらく考えて、この星へ下りてくるときにアスターの船に乗り込んできた男だと気づく。


「今度はひとりですかな、王女さま」

「……もう守ってくれる兵士はいないわ、ミシマ大尉。わたしは、あなたに復讐する」

「なるほど。どうやって地下牢を出てきたのか知りませんが──おそらく兵士の一部が裏切ったのでしょう。彼らはあとで殺しておく必要がある。もちろん、王宮にいるほかの兵士も、だ。暗殺者をみすみす取り逃す兵士など必要ない。すべて処刑してやる」

「いまさらあなたの非道さには驚かない。あなたは──人間じゃないわ」

「ならばおれは神か? そうかもしれないな。おれは神になってやる。力を持ち、行使する神だ。逆らう人間はすべて殺してやる。おれに従う人間だけは生かしておいてやろう。個人的な恨みなどおれにはない。問題はおれに従うかどうか、だ。しかしミル、おまえだけは別だ。王族はすべて殺さねばならない」

「なぜ? わたしたちがあなたになにかしたというの?」

「ふん。おまえたちの力などたかが知れている。王など、形だけだ。いまおまえが国民に蜂起せよと促してもだれが従う? 国民は王族がどうなろうと無関心だ。事実、王族すべてを皆殺しにしても国民はなんとも言わず生活を続けている。王族などその程度のものなのだ。しかしその血筋だけは──連中が厄介だ」

「連中?」


 聞き返したのはミシマの近くにいる兵士、たしかシラキ中尉だった。


 シラキはミシマのほうを振り返り、じっとその姿を見つめた。


「連中とはだれだ、ミシマ。おまえは……なにを恐れている?」

「おれが恐れている? ふん──そうだ。おれは恐れている。神だ。神がいる」

「神──ジンライか? おまえがそれほど信心深いとは知らなかったが」

「宗教の問題ではない。力だ。物理的な力の問題だよ、シラキ。神はいるんだ。連中はどこにでもいる。どんなことでもできる。しかしなにもしない。愚かな連中だ。おれはちがう。連中と同じ力を持ち、それを行使する。この世界を支配するのだ。おれは──おれはミシマではない。わが名はリヴド。遠き星の力を受け継ぐものだ」

「リヴド──? ミシマ、おまえはなにを言って──」

「シラキ。そいつを殺せ。命令だ。おまえは軍人だ。おれの命令に従うだろうな?」


 シラキ中尉はミルに視線を移した。


 その腰には銃がある。


 シラキはゆっくりと銃を持ち上げ、銃口を上げ──そのまま、その銃口をミシマに移した。


 ミシマは笑った。狂ったように。それと同時にシラキが苦しげにうめく。手から銃が離れ、シラキは目を見開いた──口は酸素を求めるように開き、しかし呼吸ができない苦しさに舌が震えている。


 ミルは見た。


 ミシマからシラキに向かって、手が伸びていた。


 人間の手ではない。黒い、まるでまがまがしい怪物のような手。それがシラキの首を締め上げているのだ。ミシマは座ったまま、体をぴくりとも動かさずに。


 この男は人間ではないのだと、ミルはその瞬間理解した。


 銃を構える。引き金を引いた。弾を打ち尽くしたはずの銃。しかしそこから、白く輝くような弾丸が放たれる。


 一瞬、ミシマの手前で空間が輝いた。そこには防弾シールドがあるはずだった。しかしシールドは着弾と同時に砕け散り、驚きの表情を浮かべるミシマの、ちょうど眉間の中心を撃ち抜く。


 ミシマの首ががくりと後ろへ弾かれた。


 シラキの体が解放され、その場に崩れる。貪るように酸素を吸い込むシラキの首にはくっきりと太い指のあとが残っていた。シラキはそのまま落とした銃を拾い、持ち上げ、ミシマに向かって引き金を引く。ふたりのあいだには防弾シールドはなかった。


 三発、四発と、銃弾がミシマの体を貫く。


 そのたびにミシマの体が痙攣し、椅子に座ったまま、ミシマはぐったりと脱力していた。


 ミルは荒く息をついていた。


 これで復讐は成し遂げられたのだろうか?


 ミシマは死んだ──それは間違いない。しかし、なにか、不気味な予感がする。気配を感じるといってもいい。なにかの──人間ではない、もっと恐ろしい、そして大きな力を持つものの気配。


 シラキは咳き込む。ミルはミシマの体がゆっくりと動き出したのを見た。


「危ないっ──!」


 シラキにはミシマの動きは見えていなかっただろうが、軍人の判断か、顔を上げる前に自分の体を真横に投げ出していた。


 ミシマの体から──いくつも穿たれた弾痕から、煙のように黒いものが立ち上っていた。


 その一部がシラキに届き、シラキは絶叫する。黒い物体に触れた瞬間、その足が壊死していくのだ。シラキは這うようにミシマから離れ、ミルも部屋の外へ逃げる。


『殺してやる──邪魔をするものはすべて殺してやる!』


 声というより意識そのものだった。憎悪の塊。それが部屋から吹き出す。ミルは壁まで飛ばされ、シラキも床を転がりながら意識を失ったようだった。


 背中を打ち付け、息ができない。銃も取りこぼしている。脳がぐらりと揺れるような感覚。天と地がわからなくなる。ミルは絨毯の上を這った。


『邪魔をするな、ジンライ』


 足元にあった銃が弾き飛ばされる。ミルは朦朧としながら顔を上げた。


 赤い目をした男が、こちらをじっと見下ろしていた。


 それはもはやミシマではなかった。人間ですらない。強烈な力を持ったなにか。その腕が伸びてくる。


 首に強い圧力。息ができない。ミルは体が浮き上がるのを感じた。足が地面につかない。


 自分は殺されるのだと、強く思う。


 死ぬ。死にたくない。苦しい。それでも生きたい。自分を殺そうとしているものを、このまま野放しにしておくわけにはいかない。


 眩しい光。体が床に落ちる。


『アスター! 一族の裏切り者め!』

「おれが裏切り者ならそっちは面汚しだろう。お互いろくなもんじゃない。表舞台に出てくるべきじゃないんだ。消えろよ、リヴド。おれが消してやる」


 アスター。白い体。まがまがしい闇を晴らすように、閃光が飛ぶ。


 ミシマだった男がうめいた。閃光のひとつがその腹を貫いていた。そこに闇が凝縮し、傷がふさがる。男は背中を丸め、肉食獣のような姿勢でアスターに飛びかかる。


 ふたりは絨毯の上を転がった。


 その争いはほとんど野生といってもよく、武器もない、お互いに腕と牙だけで戦っていた。


 ミルは絨毯を這う。近くにはシラキが倒れている。その顔の近くに銃があった。拾い、ゆっくりと狙いを定める。


 引き金を引く瞬間、ミシマだった男が振り返った。


 憎悪に歪んだ顔の中心を光の弾丸が撃ち抜いていた。


 絶叫。


 耳をつんざくような、王宮全体がびりびりと震えるようなすさまじい咆哮だった。


 男の体が崩れ、黒い煙が立ち上る。


『必ず復讐してやる──消えてなるものか。アスター、貴様は必ず殺してやる』

「いつでもこいよ。返り討ちにしてやる」

『小娘、貴様もだ。必ず殺してやる。必ず──』


 黒い煙が霧散し、消えた。


 不意に肩の荷が下りたように空気が軽くなる。まがまがしい雰囲気が去り、しずかな、ミルがよく知っている王宮の空気が戻ってきたようだった。


 ミルは銃を手放し、自分の首に手を回す──鏡で見ればだれかに絞められたような跡が残っているかもしれない。あれは幻ではなく、現実的な力と恐怖だった。しかしそれはもう去ったのだ、おそらく。


 床に転がっていたアスターが起き上がる。ミルに手を差し伸べた。


「立てるか? 怪我は?」

「だいじょう──ぶ」


 きつく首を絞められたせいか、声がしっかり出なかった。何度か咳き込み、立ち上がる。


「あれは……なんだったの? ミシマは?」

「人間としてのミシマは死んだだろう。あいつは──リヴドは死んではいない。どこかに逃げた。まあ、しばらくは出てこないさ。やつも人間と同化するリスクは感じただろう。力は行使できるが、死が付きまとう」

「……アスター、あなたは、何者?」

「運び屋だって言っただろ?」アスターは冗談めかすように笑った。「ただ、いろんな過去があるってだけさ。元々は人間じゃなかった、とか。おれはリヴドと同じだ。あれは──ジンライもそうだが、元同胞だ。同じ星の出身なんだよ。ほかにもそういうやつがいる。そのなかにはリヴドみたいに、力を使って人間をどうにかしようってやつもいる。おれはそういう連中を始末するために生きてる。ま、道を外れた仲間の尻ぬぐいをしてるわけだ──でものんびりしてるひまはないぞ。全部終わったことを、ほかの兵士に知らせなくちゃならない」


 そうだ。まだ終わってはいないのだ。


 ミルは執務室に飛び込む。


 その椅子で、ミシマは息絶えていた。眉間に銃弾を受けて。


 執務室には緊急命令を出すためのコンソールがある。ミルはミシマの体を押しのけ、コンソールを呼び出し、兵士たちに即時休戦を命じた。さらに音声入力を開いて、言う。


「わたしはこの国の王女、ミルです。クーデターは潰えました。ミシマは、もういません。王宮内で戦闘している者があれば、すぐにやめなさい。王女として命じます」


 王女として。


 ミルはちいさく息をつき、その場に座り込む。アスターはその肩を叩いた。


「よくやったよ。きみは復讐を成し遂げたんだ。自分の命を懸けて」


 ふっと気が抜ける。


 いままで長く続いていた緊張が途切れ、ミルはそのまま倒れ込むように意識を失った。

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