彼女と合い言葉
なろうラジオ大賞参加作品第三弾。
「お願い。合い言葉を決めて」
同棲するため借りたマンションの部屋で、彼女にいきなりそう言われた。
いろいろあって同棲する事になり、それで荷解きを終えた後に出た台詞だ。
俺は最初、意味が分からなかった。
けど訳を聞いてみると納得だった。
なんでも、彼女の元カレがDV野郎らしく。
それでなんとか逃げたけど、今も元カレは彼女を捜してるらしい。
しかも元カレは、声マネが得意だそうだ。
それも、アメリカの警察学校を舞台としたコメディ映画のある俳優並みに。
だから、元カレは俺の声を覚えたら俺を装いマンションに侵入するかもしれないらしい。
衝撃の過去と元カレのスペックだった。
でも彼女は、過去をなかなか……つらい事を思い出すからと話さなかったから、それなりに重い過去を持ってるかもしれないと察していたけど……なかなか衝撃の過去だった。
でもだからって彼女を捨てたりしない。
そんな過去も含めて彼女を愛してるから。
ちなみに、冷静に考えてみると。
監視カメラもあるから侵入される可能性は限りなくゼロなんじゃないか、と思わないでもないが、彼女は見るからに怯えてる……彼女の精神衛生的な問題を考えると、一応合い言葉を考えておいた方がいいかもしれない。
ちなみに、彼女の実家に助けを求める事は無理らしい。
なんでも毒親であるらしく、借金を押しつけられそうになったから、逃げてきたそうだ。
「分かったよ。合い言葉を考えよう」
だからこそその日は、一緒に合い言葉を考えた。
そしてその中で、怯えていた彼女は、少しずつ、俺に今まで通りの笑顔を向けてくれて――。
――そんな感じで暮らしていた時期が俺にもありました。
『合い言葉は?』
「■■」
『当たり! ○○くんよく来たね!』
俺ではない男が。
俺と彼女が考えていない合い言葉を告げて。
そしてそんな合い言葉を聞いた彼女がマンションのロックをはずした……そんな光景を俺は、珍しく早上がりになった日に、目撃してしまった。
「見たかい? あれが彼女の常套手段さ」
俺の隣には男がいた。
この事実を教えてくれた男にして。
彼女との会話で出てきた声マネ上手のDV野郎らしい彼女の元カレだ。
「俺と付き合っていた時も浮気しててさ。それで浮気相手の声マネをして家に突入して、慰謝料を払わせようとしたんだが――」
元カレの声は、ほとんど耳に入ってこなかった。
今の俺は、怒りのあまり……彼女に慰謝料などを絶対に支払わせる方法についてしか考えられなかった。




