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◆10月の夕暮 食欲の秋と2人がけのベンチ

挿絵(By みてみん)


「じゃ、また明日ね、お二人さん」


 ひらりと軽やかに手を振って、ミカリさんが店をあとにする。


「みかりんマッタネー!」


 横でユウナが元気いっぱいに手を振った。

 夕暮れ色に染まる田中商店の店先で、僕は串だんごを手にその姿を目で追う。

 ミカリさんは手にビニール袋を提げていた。中身はきっとお団子だろう。クラブで遅くなるお兄ちゃんのお土産にするの、と笑顔でユウナに話していたので間違いない。


「あ……、また明日」

 長い黒髪が風にほつれて夕日を透かし、金糸のように艶めく様に目を奪われて、僕は冴えない返事を返す。

 美人でクラス委員長で人気者、同じ教室に居ても、遠くから眺めるしかない高嶺の花のような人だけど、今は同じ同好会に所属しているお陰で、こうして3人で帰る日もあったりするわけで……、それは密やかな僕の楽しみだ。


 夕陽に溶けるように遠ざかって行くミカリさんの後姿を見送って、そのまま目線を静かな村の風景に向ける。

 山の稜線に沈んでゆく太陽と、家路を急きながら鳴くカラスの群れ。夜の訪れを告げるひんやりと冷たい空気に、枯れた稲藁の暖かい匂いがまじる。


 それらが皆合わさって黄昏色の世界を作っている。


 ミカリさんにもう少し気の利いた事を言えばよかったかな……と、俄かに湧き上がる後悔の念に、僕は手元の団子に視線を落とす。


 このあたりで唯一のお店、田中商店自慢の手づくり串団子は、三本で百円。

 地元で取れる小麦と小豆でつくった素朴な味わいは、知る人ぞ知る村の隠れた名品だ。


 ユウナが「分けて食べようよ!」なんて言うものだから、僕がなけなしの小遣で買ったものだ。

 お団子は三本、さっきは三人。

 明日また一緒にお団子だべません?

 うーん、これだ。次はこれで行こう。


 なんてモヤモヤと思い悩んでいると、


「アキラ、食べないなら貰うね!」


 ユウナが袋の中から最後の一本を遠慮なく取り出して、ぱくりと頬張った。それは一瞬の出来事で、既にリスのように片頬をもごもご膨らませている。


「ちょっ! おまっ!?」

「ん? 食べたかった?」

「いや……う、いいんだけどさ」

「そう?」


 ユウナとは幼馴染みのよしみで、奢りおごられの仲だけど、夏はアイスの権利侵害の被害が多かったし、秋になったら今度はダンゴか……。

 食べ物の事で怒りたくは無いし、僕だって半分食べているわけだし、時々はおごってくれるし……。

 けれど遠慮が無さ過ぎる。僕が甘い顔をするのがいけないかも知れないけれど、親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。

 長い付き合いのユウナの事を思えばこそ、厳しい事をいう事も必要だ。


 よし! 理論武装は完璧だ。ここはひとつ、男としてガツンといってみようか。


 意を決し店先のベンチでユウナに向き直る。ベンチといっても、ビールケースに板切れを渡しただけのものだけど、僕たちは二人で腰掛けている。

 

 ちなみに一人で座るとガタつくので、二人で並んで座るのがコツなのだ。

 って、そんなことはどうもでいい。


 ぱくぱくっと、幸せそうにお団子を食べる横顔を、じっと見つめる。


「ユウナ」

「……ん、なに?」


 ユウナが穏やかな、無防備で幸せそうな顔をこちらに向けた。


 夕陽を浴びて橙色に染まっている二つに結わえた長めの髪。すっと鼻筋の通った、けれど愛嬌のある横顔も同じような色で照らされて、瞳には空と僕が一緒に映っていた。


「前から言おうと思っていたんだけどさ」


 瞳を瞬かせて、ごくんっと団子を飲み込むユウナ。


「え……、え!? いや、いきなりそんな……」


 ユウナは何故か慌てた様子で、ごしごしっと慌てて口の周りを拭き、そして手ぐしで前髪を整える。束ねた髪もしゅるっと梳いて、両膝をそろえる。

 

 その間、わずかに3秒。形のよい眉をきりりと吊り上げて、口を一文字に結ぶ。


「なんで『さぁ来い』オーラ出しているんだよ……」

 思わずすこし半眼になる僕。

「えっ? ……違うの?」

 明らかに落胆の色を浮かべるユウナ。

「いや、その、だから……僕は、あれ?」


 何を言おうとしていたんだっけ?


 そもそも、さあ来いオーラって、何がさぁ来い?

 

 完全武装していたはずの論理陣地が音を立てて崩れて行く。


 戦う前に何故か敗北する、いつもの自分。

 と、僕たちの目の前の道を、自転車が通りかかった。

 

「さよならーッス」

「きゃっ、ばか!」

 田中商店の前を、自転車に乗った白ヘルメットの女子中学生(・・・・・)2人組みが、あいさつをしながら通り過ぎて行く。

「「……あ、さよなら」」

 反射的に僕とユウナは返事を返してしまう。


 自転車に乗る一人はメガネのすまし顔、二人目は快活そうな女の子で、同じ地区の近所の子だ。

 2人はペシペシと肩を叩きあいながらキャッきゃと笑い、もう一度こっちを振り返ってから曲がり角の向こうに消えていった。


 なぜに、きゃっ! なのかと訝しむけれど、夕暮れのベンチに2人で見つめ合っていたら、それはつまり告――。

 

 僕は手に汗をどっとかいた。


「……帰ろっか」

 ユウナが立ち上がって言う。バランスの崩れたベンチがガタンと音をたてた。

 顔は見えないけれど、どこか力なく、怒っているような、そんな声色だ。


「……そうだ! 食べ過ぎると良くないよって言おうと……ぐぇー!?」

「――ふんっ!」

 ユウナがいきなり首を絞めてきた。しかも結構本気で。

 逆光で表情が見えないし怖いんですけど!? 

「ぐぇー!? やめ!」

「うるさいバカアキラ! 今それを言うかー!」


 店先で何故か首を絞められる僕は、こんな訳のわからない場面を、さっきの白ヘルの女子中生に見られなくて良かったなぁ……と、そんな事を考えていた。


【◆10月の夕暮 食欲の秋と2人がけのベンチ 了】

【さくしゃより】

 秋も深まり、2人の仲もぐっと……近づかないのがお約束w

えぇ、ヘタレ鈍感は主人公の証ですから(汗

 

(イラスト、実はミカリさん初登場でした)


※次回更新は来週末です。また読みに来てくださいね!


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