◆10月の空腹 ハロウィン、巨大カボチャコンテスト!
里山の木々は鮮やかに色づいていた。
紅葉の季節、木々の落葉樹は一気に色彩の変化を見せてくれる。赤や朱色、黄金色に少し混じった茶色と、一言で紅葉といっても様々な色があって、どれ一つとして同じものは無いように思う。
ぐるりと山に囲まれている僕たちの村は、太陽の高さや山並みの色、風が運んでくる草木の匂い、それらがまるで舞台装置のように季節を告げてくれる。
そう言えば交換留学生のセシリーさん曰く「ニホンの紅葉は、赤いのが綺麗ネー!」ととても喜んでいた。なんでも赤っぽく色づく葉が珍しいのだとかなんとか。
「よくもまぁ、隣に並んだものね」
「腐れ縁もここまで来ると怖いぞ」
小さな秋祭り会場の片隅で、僕とユウナは嬉しいような困惑したような視線を交わしていた。
足元には一抱えもありそうな「巨大カボチャ」が転がっている。
傍らには手書きの看板――『第6回、ハロウィン 巨大かぼちゃコンテスト』の文字。
ここは村役場の隣にある総合運動公園で、広いグラウンドやゲートボール場、その他は……トイレと自動販売機があるだけの広場だ。
いつもは閑散としているこの場所も、今日だけは大勢の人が行きかっていた。
村主催の「秋祭り」のメイン会場ということで、特産品の販売コーナーや、ちょっとした屋台、そしてステージイベントのやぐらと、なかなか賑わいを見せている。
今は聞いた事の無い演歌歌手が、知らないロックバンドの演奏の次に歌い始めたところだ。
「今年も私んちが優勝するよーだ」
学校指定の地味なジャージを着たユウナが、さほど無い胸を張って言う。
田舎くさい僕たちがジャージを着るとますます手に負えない感じなる。少なくとも渋谷とかに居るジャージを素敵に着こなす人たちとは違うと思う。
「ユウ……。色つや形に大きさ。どう見ても僕の『ぱんぷぅ』ちゃん一択だろ?」
「名前付けてるとかキモイんですけど!?」
「ははっ、何とでも言え」
僕が春先から家の庭の片隅で密かに育てていたカボチャ『ぱんぷぅ』ちゃんは元気に、とてもよく育ってくれた。
毎日米のとぎ汁をあげたり害虫を取ったり、時には話しかけたり……。高校生の貴重な青春の時間を費やして、丹精込めて育てたカボチャなのだ。
畑の隅で、片手間に育てられた他のカボチャとは違う! ……はずだと思う。
というわけで、広場の「特産品販売ブース」の横にあたるこの場所で、農家の人たちが片手間に育てたカボチャに混じり、僕とユウナのカボチャも並んでいた。
重さと大きさを競うだけのコンテストなのだけど、実は僕なりに闘争心を燃やしていた。
昨年はプロの農家を押さえて、ユウナの家で育てたカボチャが優勝していたからだ。
まぁ実際育てたのはユウナ母の詩織さんだけど、ユウナが表彰台に上ってインタビューをされたりチヤホヤされていた。
ちなみに、賞品は賞状と村特製のカボチャジャムだ。……ジャムはあまり美味しくないけれど。
「えー、ではご参加の皆様! 『ハロウィン』というお題なので顔を刻んでください!」
村役場のおじさんがメガフォン片手に会場を歩き、開始を告げる。この村には元々ハロウィンなんて無関係だとは思うけれど、マーガレットさんの出身地である米国のとある田舎町との交流行事も兼ねているので、向うの人も喜ぶべ……という発想なのだろう。
ナイフを持ち、カボチャに顔を掘り込んでいく。ハロウィンらしくジャック・オー・ランタンにしたつもりだけど、口や目から流れ出すドロドロが、なんだか臓物みたいでほとんどゾンビカボチャだ。
「うぅ、アキラ。毎度の事だけどこれ自体がホラーなんですけど」
「うう……許してくれ『ぱんぷぅ』ちゃん」
「だから泣くな!」
ユウナにツッこまれつつも僕は泣く泣くナイフで顔を刻み込んでやる。
僕は、切り取ったカボチャの肉厚のオレンジ色の果肉を眺めながら、ふとユウナに尋ねた。
「ねぇユウナ、ちなみにこれって食べられるの?」
「え……? ……じゃ今度カボチャパイにしてあげるね!」
「あ、うん!」
にこり、といつにも増して優しい笑みを浮かべる幼馴染を怪訝に思いつつも、ユウナの頬に飛び散っていたカボチャのタネを摘んでやった。
◇
結局――。
優勝したのは2年連続でユウナの家のカボチャだった。
スイカ作りが得意なユウナのお母さんの詩織さんが、謎の肥料を自作して施肥しているのが秘訣だとか。
僕は今、ユウナの家にお邪魔している。
築数十年のユウナの家の台所は、古びているけれど丁寧に掃除されてとても綺麗に掃除が行き届いている。
古びた家の匂いと、僕の年齢と変わらない年期の入った冷蔵庫のモーターの音がなんだかとても落ち着く。
母と娘の二人暮らしのユウナ家は、僕にとっても馴染み深い「第二の自宅」みたいな感覚だ。
幼いころはよく晩ご飯なんかも食べさせてもらったり。……って最近も食べさせてもらったばかりで申し訳ないです。
当の詩織さんは、流し台に寄りかかり僕たちを眺めている。パイを焼き終えて一息と言った風に、コーヒーを口に運んでいる。
その仕草は大人の女性の雰囲気だ。
詩織さんは長く艶やかな髪を茶色に染めた美人さんで、保険の外交員をやっている。……胸も大きくて、ユウナとは偉い違いなのだけど、目付きが鋭くてちょっと怖い。
「アキラ……、遠慮なく食えよ」
僕の視線に気が付いたのか、すこし低まった声で言う。
「そうそう、食べて食べて!」
ユウナは台所のテーブルの対面に座ってニコニコとしている。いつものツインテールにラフなトレーナー姿というまったく気取らない格好だ。
そんな母娘に薦められて、僕は何の躊躇いも無く焼きたてのパイを口に運ぶ。
「あ、はい、いただきまーす!」
香ばしくさくっとしたパイ生地と、口いっぱいに広がるカボチャの……
「う……ぐ?」
何というか、まるで「小麦粉に水を混ぜたような」味わいに絶句する。
甘くも無ければ味も薄い。おまけにモソモソして食感もよろしくない。
『アトランティック・ジャイアント』という品種名の巨大カボチャは、本来は家畜のエサ用で、とても人間が食べれるもんじゃないって事を知ったのは、ユウナと詩織さんが作ってくれたカボチャパイを食べた後だった。
「なにこれ――!? う、うぇ!」
「あはは! やーい」
やけに楽しそうに笑い転げるユウナに、クソ不味いカボチャパイを一欠けら差し出す。
「……どうせお前も去年『食べてみたい!』って言って食べたんだろ!?」
「ぎくっ!」
食いしん坊のユウナの事だ。見事な果実の誘惑に負けて、お母さんの詩織さんに「食べてみたい!」と言ったのだろう。そして結果はこの通り。
僕にも同じ目にあって欲しかったのだろう。
詩織さんがくくくっ! と肩を揺らして笑っている。
「……どうせ、そんな事だろうと思ったよ」
「だって、なんだか悔しいじゃん? ほらほら、遠慮なく食べて、あーん!」
「た、食べるけどさ!」
テーブルの向こう側からユウナが腕を伸ばして僕の口に押し付ける。
しょうがなく食べてやると、詩織さんが、ニヤニヤと僕とユウナを眺めていた。
「あ、あれ? ちゃんと食べると少し甘い……かな?」
僕は訳のわからない事を言いつつ、本当は褒める所の無いパイを無理やり飲み込んだ。
【◆10月は秋高し ハロウィン、巨大カボチャコンテスト 了】
【さくしゃより】
アキラとユウナの住む村の季節は更に進んで10月です♪
巨大カボチャ、あまり馴染みがないかもしれませんが、
ぐぐってみてくださいねw
次回更新は未定ですっ!




