27話 慰めの報酬 〜温泉へ行こう!〜 前編
その日、ノワール地方にある村はしんしんと雪が降っていた。
村に一軒しかない宿屋ではこれまた村に一人ぼっちで住むヘラジカの獣人であり、亭主でもあるオラフセンがあくびをひとつ。
突然の来客に備えて帳場にはいるが、ここ辺鄙な村ではめったにしか客は訪れない。
最後に訪れた客といえば、昨日泊まりに来たパンデモニウム学園から来たという生徒会一行だ。
「……あいつら、無事かねぇ」
やはり無理にでも止めるべきだったかと頬杖をつきながら考えていると、ふたたびふわぁっとあくび。
目を擦っていると、宿屋の前で馬車が停まる音がした。
「珍しいな……すぐに来客が来るなんて」
よっこらせと立ち上がり、宿屋の外へと出る。目の前に飛び込んできたのは――
「亭主、無事に帰ってきたぞ」
馬車から降りたヴェルフェが来訪を告げる。彼女だけでなく、一行もボロボロの状態だ。
「……こりゃあ、たまげた……」
亭主がずれた鼻眼鏡を直す。
「宿泊代じゃ。約束通り受け取ってくれるな?」
「あ、ああ……」
金貨の入った小袋を渡され、「失礼するぞ」とヴェルフェを先頭にして一行が宿屋のなかへと入っていく。
◇◆◇
「するってぇと、やはり『まこーせき』のせいだったと言うのかね?」
「うむ。グレイハウンドが襲うようになったのはライカンによって操られていたのじゃ」
暖炉からぱちぱちと火が爆ぜる食堂にてヴェルフェが経緯を話す。
「どうりでなぁ……グレイハウンドは一匹狼なうえに無意味に襲わねぇしなぁ」
オラフセンがコリコリと立派な角を掻く。
「でももう大丈夫ですよ! ライカンは倒しましたのでもう襲ってこないはずです!」
リリアの隣でエリザも頷く。
「私も保証します。もっともライカンを倒したのはこちらの真壁殿ですが」
エリザがすっと真壁を手のひらで指し示す。
「たまげた! おめぇさんのような人間の若造がのぉ……」
「いやぁそれほどでも」
でへへと鼻の下を伸ばす真壁の頬をつねる者が。ヴィクトリアだ。
「ボクが造ったピストルのおかげだからね?」
「いたっ! 痛いって! そりゃ、ヴィックの造ったピストルがなければ勝てなかったんだし」
食堂はわいわいと賑やかな雰囲気に包まれていた。
「とにかくじゃ。グレイハウンドのことについてはもう心配はいらないし、これでこの村もかつての賑やかさを取り戻すじゃろう」
亭主の前でヴェルフェがふふんと自慢げに腕を組む。
「いやぁ……いきなりのことでなんてったらいいのか、わかんねぇけどよ。これで村のみんなが戻ってこれるようになるってわけだな。その、あんがとよ……」
ずずっと鼻をすする。そして思い出したようにがばっと顔をあげた。
「そうだ! お礼のついでにこの村の名物を味わってほしいだ!」
「名物?」
一行が首を傾げる。
◇◆◇
オラフセンに連れられてやってきたのは宿屋から少し離れた場所だ。目の前には小屋が。
「ここがこの村の名物、温泉だ」
「マジか!?」
温泉というパワーワードに真壁が反応を。
「んだ! この脱衣場の奥に温泉があるだ。露天風呂だからみんなにはぜひあったまってほしいだ。この脱衣場は男女にわかれてるから」
最後まで言い終わらないうちに全員が脱衣場へと。
「あっちゅーまにいなくなっちまったな……まぁ、いいや」
脱衣場を後にしようとしたオラフセンがふと立ち止まる。
「そういや、何か大事なことを言い忘れてるような……まぁええか。忘れるってことはたいしたもんでねぇだろうし」
そのまま宿屋へと歩く。
◇◆◇
「わあっ!」
真っ先に浴場に出たヴィクトリアが思わず感嘆の声を。しんしんと雪が降るなか、湯気の立つ温泉と相まって何とも趣のある景色だ。
一行が全員入ってもかなり余裕のある温泉である。
ヴィクトリアがたたたっと走るなり、いきなりどぼんと飛び込んだのであたりに水しぶきがかかった。
「うは〜っ! 疲れがほぐれていく〜☆」
「こりゃ! 湯船に飛び込むでない!」
生まれたての姿となったヴェルフェがたしなめる。
「わあっ。こんなお風呂初めてです!」
「学校の浴場よりは小さいけどネ」
これまた全裸のリリアとテンがちゃぽんと湯につかる。そしてふぅーっとひと息つく。
「あれ? エリっちはまだ来てないのかな?」
そこへ「失礼します」と凛とした声が。
「甲冑を外すのに手間取ってしまいまして……」
一糸まとわぬ姿ではあるが、手に剣を携えていた。
「お主は風呂場にも剣を持ってくるのじゃな……」
「申し訳ありません。剣士たるもの、いつでも肌身離さず持ち歩いておりますので」
剣を傍らに置き、ちゃぽんと入湯。
「……っ! コリがほぐれていく……」
ほぅっと思わず顔がほころぶ。
「エリザは一人でグレイハウンドの侵入を防いでくれたからのぅ。ゆっくり休むがよい」
「そうそう! エリっちのおかげでみんな無事に生還したんだし! あ、そういえばイタルがいないね」
見回すが、彼の姿は見当たらない。
「脱衣場がわかれていましたから、別のお風呂にいるのでは?」
「だよねぇ……」
リリアのしごく真っ当な意見にヴィクトリアが呟く。
その頃、真壁は温泉に配置された岩の裏側で身を潜めているところであった。
え? ちょっと待って、ここって混浴だったの!? あの亭主、そんなことひと言も言ってなかったぞ!
湯に浸かりながら真壁は冷や汗が流れるのを感じた――




