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26話 狼たちの挽歌(ばんか)


 ライカンが見つめる小屋では銃声、魔法、斬撃(ざんげき)の音が響き渡っていた。ときおり術符による閃光が辺りを照らす。


「……しぶとい奴らだ」


 ちらりと傍らに控えるグレイハウンドらを見る。仲間たちがどんどんやられていくのを目にした魔獣たちは弱々しく啼くだけだ。

 弱腰の配下に(おさ)は舌打ちをくれる。


「まあいい。このまま待てばいずれ消耗する。その時がチャンスだ」


 腕を組みながら嗤い声をあげた。


 ◇◆◇


 目の前で魔獣が倒れたのを認めると、カチッと乾いた音。


「クソっ! またリロードしないと!」


 床にばらばらと薬莢(やっきょう)が落ち、シリンダーに弾を込めていく。慣れてきたおかげか装填は早くなった。

 その時、リリアが「ああっ!」と声を上げた。


「どうしたのじゃ!?」

「ボウガンが……弦が切れました!」


 見るとなるほど、ボウガンから切れた弦がぶら下がっている。こうなっては無用の長物だ。

 だが、そのあいだにも灰色の毛をした来訪者はお構いなしにやってくる。

 ぐるると来訪を告げたのちに数匹が一斉に窓から飛びかかってきた。


「ッ! 数が多いヨ!」


 すでにテンのボウガンは矢が尽きている。


「しかたないネ……!」


 テーブルに置かれた木箱を取り出し、中身の札をぶちまけた。

 すかさず指で印を結び、最後に()を描くように指で一周させる。

 灰色の来訪者の一匹が床に散らばった札の一枚に足をかけた途端――――

 

 轟音とともに大爆発が起きた。いや爆発というよりは花火と言ったほうが正しいか。

 爆竹のように連発しながら花火が四方八方へ矢のように飛んでいく。

 目の前の出来事を理解する前に矢と化した花火がグレイハウンドらの身体を貫いていった。窓の外にいた来訪者も例外なしに斃れていく。


「最後の切り札、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)だヨ!」


 その名のごとく、花火で小屋の中が極彩色に彩られていく。


「す、すごい……」


 リリアはじめ一行が呆然とする。だが、その時階段を降りる音が。

 エリザかと思ったが、グレイハウンドだ。

 一行が身構えると、グレイハウンドはぐるると唸り声を上げたのち、その場でどさりと斃れる。

 次いでエリザが降りてきたので一行は胸をなでおろす。


「会長、ご無事ですか? 敵は撃退しました……」


 首を元の位置に戻した女騎士はスコップを杖代わりにして息も絶え絶えだ。


「う、うむ。よくやった」


 会長が(ねぎら)いの声をかけると、エリザが微笑む。

 その頃、ライカンはテンの放った百花繚乱を目の当たりにして狼狽しているところだった。


「ば、バカな……あれほどいた手下が一瞬にして……!」


 だが、両耳をぴんと立て、鼻をひくひく言わせる。


「心拍数、汗の臭いからして疲弊しきっているようだな……それに奴らの会話からしてもう武器はあまりないようだ」


 だが、ここは念を入れておこうと画策を。


「聞こえるか! 俺はグレイハウンドの長のライカンだ! 取引をしたい!」


 びりびりと辺りに響く声で交渉を持ちかける。


「取引じゃと……?」


 窓から様子を伺う。


「そうだ! こっちは仲間がほとんどやられている! これ以上の無益な戦闘は俺としても避けたい!」

「さんざん襲ってきてよく言うわ! 何が望みなんじゃ!?」


 すると、ライカンがこちらを指さす。


「お前たちの持っている魔鉱石が欲しい! 石をくれれば見逃してやる!」


 会長が一行を見回す。エリザが首を振りながら言う。


「会長、これは罠です。石を渡しても大人しく見逃してくれるとは思えません」

「ワタシも同感だヨ」

「はい。私もあの手合いには渡さないほうがいいと思います!」

「ボクもだよっ! というかせっかくボクが造ったボウガン壊されたんだし……」


 一行の意見を聞いたヴェルフェは指を顎に当てながら考える。するとライカンから催促が。


「まだか!?」

「もう少し時間をくれ!」

「よかろう! 少しだけ待ってやる!」

 

 ふたたび一行を見回す。


「皆の言うとおり、石を渡しても全員殺されるじゃろう……なにか武器はあるか?」

「ボウガンは全部壊れちゃって使いものにならないよっ。壊れてなくてもそもそも矢がないし……ボクのピストルも弾がないし」


 ヴィクトリアがしゅんと俯く。


「エリザ、お主の剣なら倒せるのではないか?」


 女騎士はゆるゆると首を振る。


「申し訳ございません。私の剣は戦闘中折れてしまいました」


 鞘から抜いて剣を見せる。確かに半分折れてしまっていた。


「この剣ではあのライカンを倒すことなど厳しいでしょう。斬れ味はまだありますが……」

「うむ……テン、札はもうないかの?」

「ないヨ。百花繚乱はすべての札を使う術だからネ……」


 ぬぅ……と顔をしかめる。その時、ひと言も発していない真壁が手を挙げた。


「武器ならあるぞ」

「ま、真か……!?」

 

 全員が希望に満ちた目で見つめる。


「ああ、だが弾が一発しかないんだ……」


 真壁が最後の弾丸をつまんで見せたので、一行は落胆した。


「弾が一発では心許ないのぅ……手詰まりじゃ」


 溜息をつくヴェルフェをよそに真壁は辺りを見回す。壊れたボウガンが目に付いた。さらに窓の外を見るとあるものが目に入った。


「なぁ、ヴィック。二階は物置だと言ってたな?」

「う、うん。掘削作業で使うものがそろってたよっ」


 次にエリザのほうを。


「エリっち、二階にロープはあったか?」

「私の記憶している限り、一巻きありました」


 最後にヴェルフェのほうへ。


「ヴェルフェ、魔力はあとどのくらいあるんだ?」

「ごくわずかじゃ……それこそ火を灯すくらいの」

「OK。もしかしたらイケるかもしれないぞ」

「ど、どういうことでしょうか?」

「ボウガンをつくるんだ。俺たちの手でな」


 リリアの問いにウインクして答え、真壁が作戦を話すと、一行の表情がみるみる希望に満ちてきた。


「ちょ、ちょっと待て。それならボウガンは造れるかもしれんが、矢はどうするのじゃ?」

「矢ならあるぜ。それも()()のがな」

 

 真壁が窓の外を指差したので、全員がその方を見る。


「なるほど……それならいけるかもしれんな……」

「決まりだな。それじゃ作戦開始だ」


 それぞれ分担を決めると、すぐに作業に取りかかった。


 ◇◆◇


 時間にして五、六分は経ったろうか。いまだに何の応答もないので、ライカンはだんだんと苛立ちを募らせていた。


「おい! まだか!?」


 すると、入口横の窓から真壁が身を乗り出す。


「悪い! あとちょっと待ってくれ! 魔鉱石を取り出すのに手間取ってるんだ!」


 ライカンはチッと舌打ちをくれる。


「ダメだ! もうこれ以上は待てん!」


 そう言うと小屋のほうへと歩き始めた。


「来るぞ。まだかかりそうか?」


 ひそひそと小声で話す。


「あ、あと少しじゃ……」

  

 ヴェルフェが杖の先端に火を灯しながら作業を進めていく。傍らにはリリアが待機していた。

 次に位置についたエリザ、ヴィクトリア、テンの方を見る。三人とも頷いたので用意は万端のようだ。

 真壁も頷くと窓の方へ。


「わかった! 今から魔鉱石を持ってくる!」

「よし! ではここへ来い! くれぐれも変なマネはするなよ!」


 ライカンが腕組みしながら待機したのを確認し、ポケットに入れた魔鉱石の感触を確かめる。

 入口のドアの把っ手に手をかけ、もう一度振り返った。


「俺の合図を待つんだ」


 全員がこくりと頷く。

 

「気をつけよ。真壁」

「ああ、頼んだぞ」

 

 ドアを少し開けてから外に出、すぐに閉める。吹雪くなか、ライカンのほうへと歩く。


「遅かったな。何をモタモタしていたのだ?」

「それより、この石を渡したら本当に見逃してくれるんだな」

「もちろんだ。俺を信じろ」

 

 やがてライカンの前へと着き、対峙する。それこそ手を出せば届くほどに。


「さあ、石をよこすんだ」


 ライカンが伸ばした手に淡く輝く魔鉱石を渡す。現物を確認すると、ライカンがにやりと口吻(こうふん)を醜く歪める。

 

「バカめ! かかったな!」


 手にした魔鉱石を胸に当てると、たちまち融合してひとつの石となった。


「おぉおおぉぉーっ! わかる! 力が(みなぎ)っていくのがわかるぞ!」


 両腕を天に向かって挙げ、雄叫びをひとつ。


「さて、石の御礼に貴様らを一人残らず喰ってやる」


 べろりと舌なめずり。だが、目の前の少年はいたって冷静沈着だ。


「……かかったのはお前のほうだ。みんな! 今だ!」


 合図と同時に小屋の扉がばたんと勢いよく開かれた。真壁が横に避け、ライカンの視線の先にはリリアが()()()()に魔力を込め、矢の先端に巻き付けられたロープの両端をそれぞれヴィクトリアとテンが掴んでいるのが見えた。

 

「エリっち!」

「承知!」


 これまた真壁の合図により、エリザが剣でロープを断ち切る。(いまし)めを解かれた矢は注がれた魔力によって発射された。

 ロープで押さえつけられた反動により、矢は電光石火のごとく吹雪のなかを駆け抜けていく。

 身体が、いや目の前の出来事を理解する前に矢はライカンの胸を貫いた。

 魔鉱石もろとも貫かれ、がくりと膝をつく。がくがくと顎を震わせながら胸に刺さったものに目を――――


「ご、ごれは……つら、ら……?」

 

 一段太い氷柱(つらら)を見ると、真ん中あたりに石――魔鉱石が埋め込まれていた。


「魔鉱石の法則その(いち)、『魔鉱石は魔鉱石同士引かれ合う』だッ!」


 真壁が発した声に、はっと顔を上げるな否や、口の奥まで何かを突っ込まれた。

 リボルバーだ。

 

この距離(ゼロ距離)なら外さねぇ!」

 

 トリガーを引くと、最後の弾丸は破裂音と同時に脳天を貫いた――。


 そのままライカンもろともどうっと倒れ、ごろりと横になると肩で息をする。

 作戦通りとは言え、無謀もいいところなのだ。


「や……やった。イタルがやっつけたよっ!」

「うむ! 見事じゃ!」


 生徒会一行が喝采を上げるなか、(おさ)を失ったグレイハウンドらは正気に戻ったかのように散り散りに逃げだした。


「どうやら、グレイハウンドたちはライカンによって操られていたようですね」

 

 真壁が声のしたほうを見ると、エリザが立っていた。


「それにしてもお見事です。屋根の氷柱を利用して、会長の火の魔法で空洞を作ってそこに魔鉱石を入れるとは……このエリザ、敬服しました」


 目の前に手が差し出される。一瞬、剣の稽古でしごかれた記憶が蘇るが、すぐに手を取った。


「さんきゅ、エリっち」

「どういたしまして」


 真壁を立たせ、エリザは鞘から剣を抜く。そしてライカンの(むくろ)に近寄るとすぐに胸から魔鉱石を取り出し始めた。

 慣れた手つきで取り出された石は真壁が差し出した石と融合して淡く輝きを放つ。

 

「さ、どうぞ」

「おう」


 その時、小屋から生徒会一行が駆け寄ってきた。全員が真壁の名を口にしながら。

 

「イタルー!」


 ヴィクトリアが駆け寄り、真壁を抱きしめる。


「ほんっとーによかったよー! 作戦うまくいってさっ!」

「お、おお……ま、まぁ俺にかかればライカンなんてひとひねりだし?」


 顔を赤くしながらぽりぽりと頬を掻く。


「やりましたね! これで元の世界に戻れる可能性画高まりましたね!」

「ワタシの計算によれば、18%アップしたヨ」

「なんにせよ、今回もみな無事でよかったのぅ」


 一行に囲まれるなか、石を握りしめ、そのまま天に向かって手を挙げる。


「魔鉱石ゲットしたぞぉおおーっ!!」


 吹雪のなか、真壁の歓びの雄叫びが辺りに響く――。


 現在の魔鉱石32%。満タンになるまで、あと68%――。


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