25話 ライカンなんて怖くない
グレイハウンドの群れが左右に分かれるなか、入口の扉に突進した一匹がテンの貼った破雷の符によって弾かれたのを認めたライカンは舌打ちをひとつ。
「……妙な術を使うヤツがいるな……」
突き出た鼻をひくひくさせ、両耳をぴんと立てる。
「獲物は六匹か。それにこの感じ……魔鉱石を持ってやがるな」
胸に埋め込んだ石に手を当てながらぺろりと舌なめずり。
「弱ったところを一気に仕留めてやる。お前たちかかれ!」
後続が遠吠えをひとつすると、小屋目がけて駆けていく。
「皆殺しにしたら、石は俺のものだ」
にやりと牙を剥き出しにして嗤う。
◇◆◇
「ギャウッ」
放たれた矢を眉間に受けて倒れるなか、テンは矢を装填していく。
「さっきより多いヨ! キリがないネ!」
「ぬぅっ! このままでは魔力が尽きるのが早い!」
火の球を飛ばしたヴェルフェが額の汗を拭う。
「こっちも矢がなくなりそうです!」
「リリア、ボクのを使って!」
ヴィクトリアが自分の矢を数本渡す。
その時だ。馬のいななきが聞こえたのは。
「なんだ今のは!?」
一匹仕留めた真壁が振り向く。
「我々の馬車馬のようです!」
エリザが魔獣の頭蓋を貫いた剣を引き抜くところへ、ヴェルフェが窓に駆け寄る。
グレイハウンドに注意しながら外を覗くと、確かに馬車馬であるスケルトンホースがいなないていた。
見ると、留めてある場所の屋根をグレイハウンドが登るところだ。
「いかん! あやつら二階から入るつもりじゃ!」
振り向きざまに言うと、エリザが剣を鞘に納め、階段へ向かう。
「二階は私が! 皆は一階をお願いします!」
エリザと入れ違いにテンが彼女のいた場所の窓へ。そしてすぐさま札を取り出す。紫色の札だ。
二本の指で印を結び、呪文を唱えながら窓枠に札を張り付ける。
最後に二本の指で斜めに十字を切ると同時にグレイハウンドが飛び出してきた――だが、氷の壁が出現し、グレイハウンドは壁の一部となって凍りついた。
「氷獄の符! ここはしばらくはもつヨ!」
「でかした! 引き続き気を引き締めよ!」
一階にいるものがみな「おう!」と応える。
◇◆◇
エリザが物置になっている二階に着くと、ちょうど三匹のグレイハウンドがそれぞれの窓を割って入ってきたところだ。
ぐるると唸り声をあげながらじりじりと迫ってくる。
だが、それで怯む女騎士ではない。目を閉じ、剣の柄に手をかける。
「魔界流剣術――」
好機とみた三匹が同時に飛び出す。がばりと大口を開けながら。
牙が顔の目前まで来たとき、エリザがかっと見開く。
「――断頭斬りッ!」
ひゅんっと剣が半円を描いたかと思うと、三匹の頭が同時にごろりと転がる。次いでどうっと倒れる音に続いてぱちりと剣を鞘に納める音。
「……またつまらぬものを斬ってしまった」
だが、破られた窓からグレイハウンドが次々と入り込む。
「何匹来ようともここから先は通さぬ!」
じゃきんと剣を垂直に構える。
◇◆◇
一階の窓越しにグレイハウンドの死骸が落ち、続いてもう一体の死骸が落ちた頃、会長含め全員は疲労困憊だ。
「も、もう矢が……」
リリアが矢を装填しようとするが、指がぷるぷると震えてうまく出来ない。そこへテンが手伝ってやる。
「大丈夫だヨ。きっと撃退できるネ」
頭上から激しい戦闘の音がした。むろんエリザが闘っているのだ。
「エリっちも頑張ってるからボクらも頑張らなきゃね!」
だが、ヴィクトリアが放った矢はグレイハウンドの足元に刺さっただけだ。
「やばっ!」
慌てて装填しようとする。矢を手に持った瞬間、目前のグレイハウンドは口を開けたまま倒れた。
「大丈夫か!? ヴィック!」
横で真壁が銃を構えているのが見えた。銃口からは煙が立ち上っている。
「うん! だいじょぶ!」
ヴィクトリアが矢を装填するなか、真壁も弾丸を込めていく。
「このピストル、弾を込めるのがやりづらいな!」
「帰ったら改良するよっ」
装填を終えたふたりが構えると同時に発射。これまた同時にグレイハウンドが倒れた。
◇◆◇
「……ッ! 数が多くなってきた……!」
血振りをくれながら言うエリザの前には数匹の魔獣が涎を垂らしながら詰め寄ってくる。
「しかし、ここでへこたれる訳にはいかぬ……!」
剣を構えようとするが、横から飛び出してきたグレイハウンドに片腕を咬まれた。
その隙に一匹が階段へ駆け寄る。
「ッ……! 皆、一匹がそちらに行きましたぞ!」
反撃の隙も与えずに正面からもグレイハウンドが突進し、その衝撃でエリザの首が転がり落ちた。
「しまっ……!」
だが、とっさに目の前のものを咥えたので床への落下は免れた。
リリアのマフラーを咥えて宙ぶらりんとなった首無し女騎士はすぐさま剣を構え、グレイハウンドを振りほどく。
首がないにも関わらず動く獲物にグレイハウンドたちは狼狽するが、考える暇もなくすぐに首が切り落とされた。
「ふひははふほも、ははへんひふほひはひ!」
逆さまになった頭部はマフラーを咥えたまま、剣を構える。
◇◆◇
「皆、一匹がそちらに行きましたぞ!」
「え?」
エリザの声で全員が上を見上げるが、それよりグレイハウンドが駆け下りるのが速かった。
不意を突かれた一行のなか、真壁に狙いを付けた魔獣は彼を押し倒す。
その衝撃でリボルバーがからからと床を滑っていく。
「ピストルが……!」
頬にぽたりと雫が落ちたので見ると、目の前でグレイハウンドが牙を剥き出しにしていた。
その時、視界の端に入ったものをとっさに掴む。そしてそれを目の前の口の中に突っ込んだ。
「これでも喰らえ!」
シチューで熱くなった鍋のお玉を喉の奥まで突かれたグレイハウンドは苦しそうに悶える。
「おかわりもありますよっ!」
リリアが放った矢が後頭部に突き刺さると、そのまま動かなくなった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……助かった」
リリアに助け起こされ、転がったリボルバーを拾う。
「イタル、だいじょぶ!?」
「ヴィクトリア! よそ見をするでない!」
「え?」
注意がそれた瞬間、窓から飛び出したグレイハウンドが赤毛の少女を押し倒す。
「くっ……このっ!」
手にしていたボウガンで防ぐが、目の前でめきめきとへし折られていく。
「武器! なにか武器は!?」
周りを見回すが、武器になりそうなのはない。何かないかと防寒服をまさぐっていると、硬い感触が。
ポケットにあったそれをすぐに取り出し、グレイハウンドの眉間に当てると、破裂音が二発。
脳天に弾丸を撃ち込まれた魔獣はそのままどうっと倒れ込む。
「うわっ、うわわっ! 重いよっ!」
「大丈夫か!? ヴィック!」
駆けつけた真壁が助け起こす。
「う、うん! だいじょぶ! ピストル造ってよかったよ! 今ので撃ち尽くしちゃったけど……」
ヴィクトリアが埃を払いながら立つ。その時、頭上で激しい戦闘音が。
「エリっちだいじょぶかな……?」
「二階は彼女にまかせてワタシたちはここで防ぐネ!」
テンの放った矢が眉間に命中する。
「……うん!」
◇◆◇
「ハァハァハァ……」
首なし女騎士が肩で息を整える。依然として首はマフラーを咥えたままぶら下がっていた。
頭蓋骨を一刀両断したものの、剣が半分に折れてしまっていた。
だが、体力の回復を待つグレイハウンドではない。ぐるると唸り声をあげると、一目散に階段へと駆ける。
「……くっ!」
逆さまになった視界であるものが目に入る。考えるより先にそれを手に取って投げつけた。
階段を駆け下りようとしたグレイハウンドの頭部は投げつけられたツルハシによって壁に縫い留められた。
残った魔獣はぐるると唸り声をあげ、エリザを睨む。そこに立つ女騎士は片手にツルハシ、もう片手にはハンマーを手にしていた。
「ひほほひふほほははひひひはふはひ!!」




