23話 バトル・ウィズ・ウルブズ
ノワール地方は依然として吹雪いていた。それこそ目の前の道が見えないほどに。
「これでは何も見えませんね……」
慎重に手綱を取るエリザが呟く。
「でもあと少しで小屋が見えるはずだヨ」
女騎士の隣でテンが地図を見ながら。
「そうですか? この視界では……」
するとわずかにだが、小屋の屋根らしきものが見えてきた。
「見えてきました! 流石はテン殿。お見事です!」
計算だけでなく測量も得意な会計係がサムズアップで応える。
程なくして小屋の前まで来たので馬車を馬車置きに停めた。屋根があるが、一段太い氷柱が垂れ下がっている。
「うおっ。デカいな!」
「気をつけよ。頭に刺さっても知らんぞ」
ヴェルフェが真壁に荷物を小屋に運ぶよう指示を。小屋の入口は反対側なのでぐるりと回りながら運ぶ。
「よし、これで全部のはず」
最後の荷を置き、ふぅとひと息つく。あらためて小屋の中をみる。
居間にはテーブルと椅子、壁には暖炉が備え付けられていた。曇った窓ガラスを袖で拭うと、一面は雪景色だ。
「暖炉がありますからシチュー作りますね!」
リリアがいそいそと調理道具を取り出す。と、階段からとたとたと誰かが降りてくる音。ヴィクトリアだ。
「二階見てきたけど、物置みたいだよ。ベッドとかはないみたい」
やれやれと首を振りながら「ついでにお風呂もないみたいだよ」と付け加える。
「ご苦労。では皆、まずは食事じゃ。食べながら作戦を練るとしよう」
◇◆◇
暖炉からくつくつと煮だったシチューの良い香りが広がり、リリアが皿によそってテンとエリザがテーブルに並べていく。
「んまいっ!」
「野菜の旨味が効いてるよ☆」
宿屋で出されたスープと違って食料があるのでしっかりとした味わいだ。
「うふふ。ありがとうございます。まだまだおかわりはありますからね」
真壁とリリア以外のみなも満足そうに舌鼓を打つ。
食べ終えたヴェルフェがかたりとスプーンを置く。
「みな、明日グレイハウンドの住処とされている洞窟に向かうわけじゃが、闇雲では元も子もない。なにか案はないかのぅ?」
そこへエリザががたりと立つ。
「会長、我が剣は会長を御守りするためにあります。ここは私が先陣を切って、会長に刃向かう輩を斬って斬って斬りまくります!」
「それを世間では闇雲と言うヨ」
女騎士の隣に座るテンがしごく真っ当なことを言ったのでエリザが「む」と顔をしかめる。
「つーか、そもそも魔鉱石が本当にあるのかどうかもわからないんじゃ手の打ちようがなくないか?」
「それはボクに考えがあるよっ」
ヴィクトリアがじゃーんと自信満々に取り出したのは目盛が付いた円形状の物体だ。
「魔鉱石の距離を測る機械だよ☆ 名付けて魔鉱石距離計!」
「そのまんまのネーミングだな……で、それはどういう原理なんだ?」
「ふふん。魔鉱石の持つ魔力周波数と、この機械の中にある魔鉱石の周波数を共鳴させることによって――」
「あ、わかったからもういいわ。要はソナーの役目を果たすってわけだろ」
「まだ説明したいことがあるのに……」とこぼしながらヴィクトリアが機械の目盛を指さす。
「反応があったらこの目盛で魔鉱石がどのくらいの距離なのかわかるようになってるよっ」
「今のところ、まだ反応はないようじゃな」
ヴェルフェの言うとおり、針は元の位置から動かないでいた。
「これを持って移動すれば反応するかもしれないってことネ?」
「うん! 今回は全部の魔鉱石を入れているから、ほんのわずかでもあればすぐに反応するよ!」
ふむと会長が指を顎に当てながら。
「それとイタル。はいこれ!」
真壁の前に出されたのは小箱だ。開けてみると45口径の弾丸が規則正しく並んでいる。
「弾丸の予備だよっ。全部で24発あるからね」
「おお! さんきゅっ!」
小箱から弾丸を取り、それらをガンベルトの筒状の弾丸入れに入れていく。
「くぅ〜っ! これでますますガンマンらしくなってきたぜ!」
「カッコいいです! 真壁さん!」
リリアがパチパチと拍手をしたので真壁がふふんと自慢げに腕を組む。
そこへいきなりヴィクトリアが真壁の頬をつねった。
「……ピストルも弾丸造ったのもボクだからね? ボクとしては造った人の苦労に感謝しながら使ってほしいんだけどね?」
笑顔だが、頬がぴくぴくと引きつっている。
「いてっ! いててっ! わかってるって! 大事に使うってば!」
賑やかな雰囲気にエリザがきょとんとした顔を。
「討伐前だと言うのに、呑気なものですね……」
「じゃろ? じゃが、これが我ら生徒会なんじゃ」
呆れるエリザにヴェルフェがにかりと笑う。
その頃、小屋から遠く離れた丘の上で十、いや二十数匹のグレイハウンドがよだれを垂らしながらぐるると唸り声を。
そしてその群れの中で腕を組みながら小屋を見下ろす者がひとり――
「……美味そうなシチューのにおいだ。そしてこれまた美味そうなやつが数人」
狼の獣人――いわゆるライカンと呼ばれる、群れの長は突き出た鼻をひくひくさせながら、ぺろりと舌なめずり。
「お前たち、行け」
長の命令の下、斥候を務める数匹のグレイハウンドが丘を勢いよく駆けていく。
「久々の獲物だ。お前らも思う存分痛めつけていいぞ」
おおぉーんとグレイハウンドが呼応するかのように遠吠えを。
ライカンも組んでいた腕をほどき、一際高い声で啼く。露わになった胸には淡く輝く石、魔鉱石がきらりと光った。
同時刻、小屋では遠吠えに全員がざわつく。
「なんじゃ今のは!?」
「グレイハウンドの遠吠えです! それに別のモンスターの遠吠えも聞こえます!」
「なんじゃと!?」
会長の横でエリザが鞘から剣を抜いて構える。
「まって! 距離計が反応してる!」
見ると、確かに距離計の目盛のなかで針が動いている。端まで来たかと思うと、そこからだんだん元の位置に戻ろうとしていた。
「100、90……いや80メートルまで来てるよっ!」
「ということは、群れの中に魔鉱石を持つ個体がいるってことネ!」
テンが自分の荷物へ向かうなか、ヴィクトリアが窓の方へ向かう。そして額のゴーグルを下ろす。
レンズ部分を回して測定を。
「やっぱりグレイハウンドがきてるよっ! 一、二、三……ううん! まだいっぱいいるみたい!」
「ヴィクトリア! 窓から離れよ! みな、予定が早まったが、ここで迎え討つぞ!」
ヴェルフェが魔法の杖を取り出し、エリザが剣を構え、真壁がピストルを力強く握った。
テンが荷物からボウガン三丁と木箱を持ってテーブルに置く。
「リリア、ヴィクトリア、ボウガンだヨ!」
「はいっ」
「OK!」
二人がボウガンを手にし、テンが木箱の蓋を開けると、見慣れない文字が書かれた色違いの札が入っていた。そこから黄色の札を取り出す。
すぐさま入口の扉に貼り付けたテンは目を閉じて指を二本立てながら呪詛を唱える。
最後にすばやい動きで扉の前で十字を切るのと同時に、扉を突き破ろうとしたグレイハウンドが感電したかのように弾き飛ばされた。
ぶすぶすと煙を立てる同胞にグレイハウンドは動揺するばかりだ。
「呪符のひとつ、破雷の符だヨ。これで入口は塞いだネ!」
「でかしたテン! みな、気を引き締めるんじゃ!」
ヴェルフェの掛け声に全員がおう!と応えた。




