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22話 グレイハウンドなんか怖くない


 馬車を宿屋の前で停め、ヴェルフェが宿屋の扉を叩いて出迎えたのは頭から立派な(つの)を生やした、ずんぐりとした体型のヘラジカの獣人だ。

 生徒会一行を認めるとぎょっとする。


「あんれま! 珍しいこともあるもんだ!」


 鼻の上に乗せたメガネを直す。


「突然の訪問で失礼する。支配人、わしらはパンデモニウム学園から来たんじゃ。泊めてもらえないだろうか?」

「そりゃわざわざ遠いところから! 支配人なんてそんな大層なもんじゃねぇッスよ。うちはしがない宿屋ですからねぇ……亭主のオラフセンと言います」


 オラフセンと名乗った宿屋の(あるじ)はどうぞこちらへと招き入れる。


「暖炉に火は入れてあるんでゆっくり温まってくだせぇ」


 通されたのは食堂だ。亭主の言う通り、暖炉には火がパチパチとはぜていた。

 すぐさま真壁が暖炉に駆け寄り、手を温める。


「あったけぇ!」

「すぐに食事の用意しますが、あんま期待はせんでくださいよ」

 

 そう言うと厨房の奥へと消えた。

 ヴェルフェをはじめ一行はそれぞれ長テーブルの席につく。


 ◇◆◇


「おまちどう!」


 十分後、オラフセンがトレーを持って出てきた。トレーには湯気の立つスープに黒パンが。

 皿が各自に配られ、めいめいがスプーンを手に取る。


「いっただきまーっす」


 真壁がおもむろにスープをすくう。だが、具はほんのちょっぴりとしか乗っていなかった。

 恐る恐ると口に運び、ごくりと飲み込む。


「なぁヴィック……」

「うん……あんまり言いたくないけど、味がうっすいね」


 残る一行も口には出さないものの、微妙な表情が物語っていた。


「味を期待しろってほうが無理な話でさぁ。なにしろ作物のほとんどをグレイハウンドのやつらに喰われちまったもんで……」


 ぽりぽりと角を掻く。


「それは(まこと)ですか?」

「へぇ。そのおかげでみんなビビっちまって逃げだしたんで……」


 エリザの問いにオラフセンが顔をしかめながら言う。


「亭主、なぜお主はまだここにとどまっているのじゃ?」

「そりゃねぇ……住み慣れた土地を離れるのは心細くてねぇ。今じゃすっかりさびれちまってるけど、ここだって昔は旅人がよく泊まりに来てて賑わってたもんっスよ」


 空いている席に腰かけ、さらに続ける。


「それに、たまに腕に覚えのある冒険者がグレイハウンドを討伐しに来るんでさ」

「それで、冒険者の方はどうなったのですか?」


 リリアの問いにオラフセンはゆるゆると首を振った。


「みぃーんなやられちまっただよ……危ないからやめとけって言っても聞きやがらねぇし」


 亭主の言葉に緊張が走る。しばらくしてからヴェルフェが口を開く。


「亭主、まことに言いにくいことなのじゃが、わしらはまさにそのグレイハウンドを討伐するために来たんじゃ」


 やはりオラフセンは目を丸くして会長たちを見回す。


「やめとけ! おらの話を聞いていなかったのか? 生きて帰れたものはいねぇんだ!」

「じゃが、どうしても行かねばならぬのじゃ」


 ヴェルフェが事の経緯を話す。最後まで話すとオラフセンの目が見開く。


「そんなことが……すると、グレイハウンドが襲うようになったのはその、『まこーせき』とやらの影響だって言うのかね?」

「うむ。確証はないがの」

 

 すると、パチパチと(たま)を弾く音が。言うまでもなくテンだ。


「ワタシの計算によれバ、73%の確率で魔鉱石が原因だと出たヨ。それにワタシたちが無事に生還する確率が68%ネ」

「し、しかしなぁ……」

「亭主、申し遅れたが、わしはパンデモニウム学園の生徒会長と同時に魔王の娘なんじゃ。わしらの力を信じてほしい」

 

 それでもオラフセンは「うぅむ」と唸るだけだ。


「副会長のボクも色々発明したから大丈夫だよっ! きっと!」

「俺もヴィックに造ってもらったピストルがあるぜ!」


 ホルスターをぽんと叩く。


「私たちはこれまで困難に打ち勝ってきたんです。ですから大丈夫ですっ」


 むんっと気合を入れるリリアの隣でエリザが勢いよく立つ。


「我々にお任せください。私もこの剣に誓って必ずや討伐してみせます!」


 どんと胸の甲冑を叩く。が、勢いが良すぎたのか、ぽろりと転がり落ちた首をリリアがすかさず受け止める。


「大丈夫ですか?」

「す、すまない……」


 元の場所に戻してやると、エリザがごまかすようにこほんと咳払いを。


「とにかく、我々のことを全面的に信じていただきたい」

「はあ……そこまで言うんだったら止めやしねぇがねぇ」

 

 オラフセンがのそりと立ち上がり、傍らの棚から丸められた紙を取り出す。そしてテーブルの上に広げる。


「ここらへんの地図だ。宿屋がここ」


 全員が見つめるなか、亭主が現在地を指さし、そのままつつと指を這わせる。


「やつらの住処(すみか)と思われる洞窟がここにあるだ」


 洞窟があると思しき地点を指さす。


「亭主、これはなんじゃ?」


 ヴェルフェが指さしたのは宿屋と洞窟の中間に位置する場所だ。そこには小屋らしき絵が描いてある。


「昔、洞窟の掘削(くっさく)作業で使われていた小屋だ。今は使われてねぇがね」

「となれば、ここを拠点にして作戦を練るのがいいかもしれませんね」

 

 エリザが指を顎に当てながら。


「うむ。明日この小屋に向かおう。作戦はそれからじゃ。まずは腹ごしらえといこう。腹が減っては戦はできぬと言うしな」


 全員がこくりと頷く。


 ◇◆◇


 翌朝。宿屋の前で停められた馬車に生徒会一行が乗り込む。


「亭主、世話になったな。これは宿代じゃ」


 金貨の入った袋を渡そうとする。


「いらんよ。おめぇらが無事に帰ってきたときにもらうでな」

「む、それもそうじゃな。じゃが、安心していいぞ。わしらはパンデモニウム学園の生徒会じゃからな」


 後ろの馬車からリリアの呼ぶ声が。


「会長、そろそろ行きますよ!」

「そうか。では行ってくる!」


 会長を乗せた馬車はエリザの手綱によって進む。生徒会一行がそれぞれ亭主に手を振って別れを。

 同じく手を振り返すオラフセンは複雑な面持ちだ。


「……無事に帰ってくるんだぞ」


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