19話 それぞれの決意 真壁の場合 前編
「はぁ……」
真壁は生徒会から戻るなり、そのままベッドに倒れ込む。しばらくそのままの状態でいたのちにごろりと寝返りを打つ。
ぼんやりと天井を見つめ、生徒会にてヴェルフェの放った言葉が思い起こされる。
『真壁よ、お主は……そうじゃな。馬車に荷を積み込むのを手伝ってくれんか?』
「……しょせん、俺は雑務係なんだよな……」
ぽつりと零す。
「そりゃ、俺にはみんなのようにスキルがあるわけじゃないし」
会長であるヴェルフェは魔法が、副会長であるヴィクトリアは発明で魔鉱石を探すサポートを、会計係のテンは類まれなる計算力でピンチを救い、リリアもツナギや防寒服の作成でサポートしてくれている。
「それに比べて俺は……」
考えてみればこれまで自分ひとりの力で魔鉱石を見つけたことはほとんどない。あったとしてもたまたま運がよかっただけなのだ。
ため息をつき、右手を上に伸ばす。
「ステータス」
アニメや漫画でおなじみの能力値やスキルが表示される画面は出てこない。
「ステータス、ステータス、ステータス……」
何度呼んでも出てこない。やがてあきらめて、ぼすんと手をベッドに放り出す。
時間が経てば何らかのスキルか能力に目覚めるのでは期待はしていたが、いまだにその気配はない。
「何やってんだろな俺……」
元の世界に戻るために必要な魔鉱石を探すのに、なんの能力もない自分は周りに助けられてばかりだ。
もしこれがラノベや漫画なら、主人公はとっくにスキルを手に入れたり能力に目覚めたりしている頃だろう。
「剣と魔法のファンタジーとは言うけど、現実はこんなもんか」
そう言ってはたと気づく。そしてがばりと半身を起こす。
「そうか! 剣だ! 魔法が使えなくても剣を持てばいいじゃねぇか!」
我ながら良いアイデアだと思い、うんと頷く。
翌日――。
「なんじゃと? 剣の達人を教えてほしい?」
魔法の練習に行こうとして真壁に呼び止められたヴェルフェが首を傾げる。
「どういう風の吹き回しじゃ? いきなり剣を教えてほしいとは」
事のいきさつを話すと、指を顎に当てながらふむと頷く。
「それなら心当たりがあるな。ついてこい」
ヴェルフェに連れられてやってきたのは練兵場と呼ばれる場所だ。
そこでは制服の上に甲冑を身に着けた生徒たちが剣を手にして稽古に励んでいる。
そのなかの一人がヴェルフェに気づき、「それまで!」と声を掛けると全員がぴたりと動きを止めた。
「会長がお見えになった! 整列!」
無駄のない動きで横一列に並び、同時に剣を片手に垂直に構える。
リーダーと思しき、長い金髪を後ろでまとめた少女がヴェルフェの前へ進み出る。
「本日も麗しゅうございます。会長」
「うむ。相変わらず統制の取れた動きじゃな。これも日頃の訓練のたまものじゃな」
「もったいなきお言葉。我々は学園を護る立場でありますゆえ」
ぺこりと頭を下げると、兜ごと頭部が転がり落ちた。
「うわっ! くっ、首がぁッ!」
悲鳴を上げる真壁の横で会長が「落ち着け!」とたしなめる。
「彼女は首無し女騎士なのじゃ。名をエリザと言う。そして学園の風紀委員長でもある」
わたわたと自らの首を拾い、元の場所におさまるとすぐさま姿勢を正す。
「失礼いたしました。会長の申し上げる通り、風紀委員長を務めるエリザです。お見知り置きを」
きりっと表情を引き締め、首が落ちないよう軽く頭を下げる。
「して、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ、実はな……」
事の経緯を話し終えると、エリザがなるほどと頷く。
「私から剣を学びたいと……殊勝な心がけです」
「真壁です。よろしくお願いします!」
「まずは貴殿の実力を拝見したい。誰か彼に木剣を」
風紀委員のひとりが木でできた剣を渡す。手に取るとずしっとした重さが。
「ではまずは遠慮なく私に打ちかかってください」
「え、で、でも……」
エリザも木剣を手にしてはいるが、片手に持ったままだ。
「のぅ、真壁。大丈夫なのか? エリザはとてつもなく腕の立つ剣士じゃぞ」
「大丈夫だ。これでも元いた世界では剣道習ってたんだ」
体育の授業で習った構えを思いだし、剣を中段に構え、左足を後ろにずらして踵を上げる。
「ほぅ……見たことのない構えですね。貴殿の国の剣術ですか」
「日本の伝統ある武道、剣道だ! 行くぞ!」
きぇええと勢いよく掛け声を上げながらエリザめがけて剣を振るう――――!
だが、剣はエリザの頭上で受け止められ、そのまま弾かれる。真壁は諦めずに次々と打突を繰り出すが、いずれも片手で受け止められた。
「まだまだぁ!」
「遅い!」
エリザの頭めがけて振り下ろされた剣はしかし、弾かれ、真壁の木剣は弾き飛ばされた。
「……ッう!」
弾かれた衝撃で手がびりびりと震える。すると眼前に木剣の切っ先が突きつけられた。
「遅い。そして剣筋が正直過ぎます。どうやら貴殿には剣の才能はないようです」
「……ッ!」
エリザが溜息をつき、さらに続ける。
「貴殿のケンドウとやらの剣術と私の剣術の違いがわかりますか?」
「え? それはえーっと……」
パァンッと乾いた音。エリザが平手打ちを喰らわせたのだ。
「あべしっ」
そのまま地面に倒れ込む。
「判断が遅い」
「んなこと言ったって……俺、元の世界じゃただの高校生だし……」
叩かれた頬を押さえながら。
「真壁殿。いいですか? 貴殿の剣術は見る限り、ルールに則った試合をするための剣術とお見受けします」
「そ、そりゃ剣道はスポーツだから……」
「試合と実戦は異なります」
ぴしゃりと遮られる。
「もしこれが実戦だったら貴殿はすでに何度も死んでいます。そのような甘い覚悟で剣術を学ぼうとは笑止千万!」
そう言われてはぐぅの音も出ない。落胆していると目の前に手が差し出された。エリザの手だ。
「さ、手をどうぞ」
「あ、ああ悪い」
手をつかむと同時に真壁の頭に木剣が振り下ろされた。
「痛ってぇ! なにすんだよ!?」
「甘い! いったい貴殿はどこまで甘いのですか!? 戦場で助けの手があるとは限らないのですよ!」
ふたたび木剣が振り下ろされ、真壁の身体のあちこちを痛めつける。
これにはさすがのヴェルフェも閉口だ。
「の、のぅエリザ。もう少しこう何というか、手心というか……」
「痛くなければ覚えませぬ」
ふたたびきっぱりと。
稽古(?)を終えた真壁は学園までの帰路をふらふらと歩く。エリザにしごかれた真壁の身体はあちこち打撲とすり傷だらけだ。
「くっそ……あのドS女騎士め……」
「エリザは超がつくほどの真面目な学生なのじゃ。気を悪くしないでくれ」
「こんなボロボロにされてもまだ同じことが言えるか! いつか『くっ、殺せ!』と言わせてやる!」
拳を握りしめながら鼻息を荒くする。
「のぅ真壁。剣を覚えようとするその気概はわかるが、みなそれぞれ不得手というものがあるんじゃ。かくいうわしも魔法の練習を……」
ぴたりと真壁が歩を止めたので慌てて会長も止まる。
「ど、どうしたのじゃ?」
「いや、まだ手はある……俺でもやれることが」
そう言う真壁の傷だらけの顔は自信満々だ。




