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朱の森のエルエル  作者: ほすてふ


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67.エルエル、生きる

 エルエルは人が増えたザッカーの街を歩いていた。


 転移オーガ襲撃事件が終息し、その後処理としては大きすぎる課題が残った。

 使用不能になったとはいえ古代の転移施設がきれいなままオーガの領域に地下に残っているということ。

 遺跡がその建物一つであるとは限らず、他にも類似の施設が埋まっている可能性はあった。

 ザッカーとしても、国としても放置できない問題だ。


 報告者が、古代の医療施設の資料の存在にこだわったことも後押しになった。

 森の奥、知恵を持つ魔物のいる領域にまだ生きている古代魔法時代の施設が残っていて利用される危険。

 すくなくとも病の資料が存在しているという利益。


 吸血鬼の出どころも不明なままだ。

 古代の言葉しか話さなかった吸血鬼。

 現代の文化圏から隔離されていた場所に潜んでいたのではないかという仮説が生まれ、ではそれはどこなのかというとまず考えられるのは件の建物か、同時代の遺跡が別にあるかというのが妥当な予想というところだろう。


 少なくともエルエルたちが調べた遺跡を専門家に調査させる必要性が認められ、さらに周辺に同様の遺跡がないかも調べるべきだという方向でまとまった。

 第二の吸血鬼が出現しないとも限らないのだ。


 この件については、エルエルたちの行動が問題になりかけた。


 吸血鬼からろくに情報を引き出せず、大規模破壊を起こして森を騒がせた。


 結果、吸血鬼の出どころ、目的もわからず、ザッカーの街にはイノブタが大量に押し寄せた。


 そう。

 エルエルたちが帰ってきたときに残っていた痕跡は、イノブタとの戦いの後だったのだ。


 イノブタは戦士として経験を積んだものなら正面から打ち倒せるくらいの獣だ。

 猪は英雄殺しとして有名だが、イノブタは一段落ちる。

 しかしそれが大量に群れて恐慌状態でとなると話は変わる。

 正面に立つなんて自殺行為だ。

 幸い、石の壁が役に立つ相手であるのでザッカーの街の内部に被害はなかった。

 しかし、周辺に広がっている畑は相当な規模で踏み荒らされたという。


 それでも、すべてがそうなったわけではない。

 エルエルたちが森に入っている間に、オーガ対策をしていた農場も多くあった。

 オーガ相手に戦えるものは限られるため、時間稼ぎのための落とし穴や防柵などが設置されており、これらがイノブタ相手にも役に立ったのだ。

 転移オーガの問題を軽く考えていた、自分たちのところに来るはずはないから大丈夫だろうという周辺の農場や農村は対応が遅れた。

 しかし、すぐに動いたところは程度の差はあれ、被害が抑えられているという。


 ザッカーとしては重篤だが致命傷ではない範囲に抑え込むことに成功したといえる。


 もちろん、起きない方がよかった事態ではある。

 そこでエルエルがやり玉に挙げられそうになった。

 しかし、事前にイノブタの大繁殖について報告していたことが功を奏したのだった。

 今回のイノブタの集団暴走は彼らの数を大きく減らすことにもなったのだ。

 さらに肉と皮が大量に供給され、適切に加工された皮はすべてザッカー領主が一定額で買い取るという宣言がなされた。

 同時に被害を受けた農地の持ち主に援助を行うことも宣言され、さらに遠く王都からも支援が決まったらしい。


 巡回騎士団が駐留し、ゴブリン、オーク、オーガを排除する戦力を終結させることが決まった。

 オーガの領域まで、森を切り開く気だ。

 ウィスタが主張したことが国まで動かしたことになる。


 どうも、オーガが壊滅状態であることも決断の一助となったようで、功罪相殺ということになったようだ。


『決死隊のつもりで送り込んでおいてよく言うぜ』


 グーフゥが会議の場でそんなことを言ったそうだ。

 彼は当面の間、ザッカー駐留部隊のまとめとして残るようだ。

 グーフゥは巡回騎士団の副騎士団長なので、では騎士団長はどうするのかといえば別の場所を巡回する任務に当たるという。

 それはそれとして、森林開拓の前線に別の騎士団が投入されている。なんでも騎士団は王国内にいくつもあるらしく、巡回騎士団はその中で最も腰が軽いらしい。その次の騎士団が開拓部隊の主力となっているそうだ。

 想定ではゴブリンの集落、オークの集落を平らげ、拠点を作る構想だという。

 投入される人間の数が総量でどれくらいになるか知らないが、二十年ほどで森を平らにして整備できるだろうか。

 ウィスタのような魔法使いが多数参加すればさらに短くてすむかもしれない。



 そのウィスタは参加しない。

 剣の風の一員として冒険者として活動を続けるという。

 彼女は仲間がいるので当然ともいえるし、大事業に関与するために離脱する選択肢もあったといえる。

 ただ、仲間を選んだということだ。

 時々エルエルと会っておいしい店を教えてくれる。

 畑の被害によって、一年はザッカーの名産である砂糖の生産量が減るため甘いものの店はどうなるかと思っていたのだが、消費量を抑えつつもおいしい食べ物が新たに開発され続けているらしい。

 どうやら比較的砂糖が手に入りにくい場所で生まれたレシピを逆輸入したようだ。

 人間は思った以上にしぶといようである。



 そしてエルエルだが。


 新米冒険者に森歩きの知識を伝える仕事を得た。

 十年から二十年ほど関わる予定だ。


 キノコが地元で十年かけて知識と技術を手に入れたのだから、何も知らなくともそれだけの時間をかければ一人前になれるということである。

 人間の体の最盛期は短い。

 だからより派手だったり目立つ成果を上げるために強い魔物を討伐して成り上がろうと望むらしい。

 だが、知識は体力が落ちてもなかなか失われないものだ。

 さらに、伝える役割を仕事とすることもできる。

 現実的に生きる糧を求めるなら十年かけてもいいはず。

 キノコが実際にそれで結構な稼ぎを出していることもある。


 イノブタ暴走の被害によって、冒険者が増えたこともある。

 農村出身の彼らは街出身者よりは野歩きに慣れている。キノコやエルエルから見れば大差ないかもしれないが、本人たちは行けると判断するのだ。

 無理した結果帰ってこないこともよくあるらしい。


 なので、キノコを巻き込み、クーニャを第一の参加者筆頭として森歩きを教えるパーティを作ろうと提案したところ、冒険者ギルドから声がかかったのだ。


 エルエルとしてはザッカーで人間のことを見聞し美味しいものを調べることをしつつ、安定して生活できる方法を一生懸命考えた結果だった。


 そして教える新人を探すため、冒険者ギルドの受付、ルティに相談したところ、あっという間に冒険者ギルドの事業となったのだった。


 森歩き、森の恵みの採取方法などを含めた知識を持つ冒険者は不足しているのだという。

 キノコやエルエルのような存在は例外的で、すぐに斥候としてパーティに囲われるのが通例なのだそうだ。

 その結果特に何もなく体一つで始めた新人が命を失うところまで説明され、伝える気があるのなら是非と言われたのだった。



 キノコは森の状況が変化したので次に何をするか考えているところだった。

 クーニャは猫の日を理解する友人と、森歩きのに向いているという言葉に乗ってくれた。


 こうしてエルエルは、ひとまず安定した生活を送ることになった。

 今日もザッカーの街で、美味しいものを求めている。

 仕事と、仲間と、友が出来た。

 次は人間の食べ物を持ち帰るため、料理を学びたいと思うのだった。






第一部終わり

ここまでお読みいただきありがとうございました。

エルエルのお話は第一部完ということで一旦完結とさせていただきます。

応援ありがとうございました。

次の作品はまだ考えていませんが、またよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
凄い面白いのですが、Vtyuberにエルフで通称エル、挨拶とかでエルエルエルエル言ってる人が居るので引っ張られるかなと。
[一言] 完結お疲れさまでした。 精霊関係の設定、上手く伝えないと思わぬ結果が出て、主人公も苦労してるところ面白かったです。
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