66.エルエル、急ぐ
グーフゥはエルエルが思っていた以上に強かった。
だが、オーガの道士が率いるオーガたちもまた強かった。
泥の雨の中、十体のオーガを相手に立ち回るグーフゥを見ながら、エルエルたちはお日様を待つ。
吸血鬼が頭の中に話しかけてくるが無視だ。
日光に当ててから考える。
そのうち雲に隙間ができる。
風の流れがようやくお日様を導いてきたのだ。
黒い空から差し込むお日様の光。
「目立ちますねこれ」
「何か寄ってくる前に、試さないと」
エルエルとウィスタは、念のため警戒しつつ、エルエルたちのもとまで届いたお日様の光の中に、吸血鬼を封じた水流球を動かしていく。
吸血鬼の声がますます騒がしくなっていく。
そして。
水流球への抵抗がなくなるのと。
吸血鬼の悲鳴が頭の中に聞こえなくなるのは同時だった。
「静かになりましたね」
「塵みたいなのが残っている」
「非常にしぶといという話ですけど……」
「そう」
エルエルは、残った塵を、風の精霊の内、お日様が大好きなものに預けることにした。
雲よりはるか上を飛び回り、お日様を追い続ける風だ。
一日中日光を浴び続ければ、仮に生きていても動けないと思った。
目を凝らさないと見えないような塵が上空へと流れていく。
黒い空を越えたのを確認して、エルエルはウィスタに伝えた。
「これでだめならもう手がないから帰ろう」
「この場を離れて……休める場所を探さないといけませんね」
森はずいぶん騒がしくなった。
その原因はエルエルが多くを占めるわけだが。
どちらにしても、移動は必要だ。
水流球を維持する必要がなくなったエルエルは、はしゃぎたがっていた水の精霊が遊べる対象を示す。
天から流れ落ちる泥水の流れを、グーフゥが切り結ぶオーガたちへ向け、好きにやっていいよと後押しした。
空から降ってくる質量がひとまとまりになってうねりながらオーガたちを巻き込んでいく。
グーフゥが大きく距離を取り、状況を把握してエルエルたちのところへ戻ってきた。
「片付いたか?」
「多分」
「とにかく移動しましょう。距離を稼いで休まなければ」
「そうだな」
こうして、エルエルたちは撤退を開始した。
森は騒然としており、獣たちはエルエルたちを気にしている様子はなかった。
流星雨から逃げるように、放射状に移動しているようだった。
周辺の森はオーガやオーク、ゴブリンが間引き続けているためか、大型の獣の大移動を引き起こすようなことはなかったようだ。
その可能性に思い至ったのはつい先ほどなので、エルエルとしては痛恨事であった。
森についての専門家としてこの場にいるのだ。
大規模な災害をきっかけとした暴走があることを認識していなかった。
例えば竜が飛来したときなどに起こることがあるという。
今回の流星雨など、竜の存在と比べれば些細なことなので大丈夫だったのかもしれない。
しばらく移動し、エルエルの判断で充分の距離を確保したとして休息を取った。
ウィスタの魔力を振り絞って地下に空間を作り、そこで休んだ。
一昼夜休んだのち、ザッカーに連絡を入れて作戦の成功と、ゴブリンやオークがどう動くか不明であることを伝えて改めて出発した。
まっすぐザッカーを目指すか、通りがかりに偵察を行うか、意見が分かれた。
オークとゴブリンの動向はエルエルとしても気になるところだったが、結局不要とグーフゥが決めた。
別の偵察部隊が出ているはずだからということだ。
ならばとエルエルは最短でザッカーを目指した。
往路の三分の一以下の日数で帰り着いた。
ザッカー周辺は荒れていた。
獣と人が戦ったような痕跡があり、門の前にとがった丸太を外向きにして組み上げられた簡易防壁のようなものが設置してあった。石の壁の上に見張らしい者たちが並び、手を振ってくる者もいた。
あれはエルエルの友達の猫獣人クーニャだ。今日は猫の日ではないらしい。
エルエルが手を振り返すと、近くの人間に話しかけてから、石の壁の上からこちらへ飛び降りた。
それを見た者たちから驚きの声が上がる。エルエルの隣でもウィスタが悲鳴に近い声を漏らした。
当然だが、ザッカーの街の石の壁は簡単に登ったり飛び降りたりできるような高さではない。
エルエルの身長の三倍はあるオーガたちよりも高いのだ。
しかし、クーニャは滞空中にくるりと身を回転させてから着地する。着地の瞬間に全身で衝撃を吸収する様は見事だった。まるで樹上に潜む肉食獣のようだ。
「お帰りにゃ」
クーニャはエルエルの前に駆け寄ってきて言った。
「飴ちゃん食べるかにゃ? 甘いにゃ」
「食べる」
横でグーフゥとウィスタが顔を見合わせていた。
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