65.エルエル、お日様を求める
土砂が舞い上がって上空をふさいでいた。
風の流れが吹き飛ばそうとする。
「視界が通らねぇな」
エルエルたちが地下へ潜るための穴の入り口付近は樹木が無事だったが、すぐ近くまで吹き飛ばされた木々が積み上がっていた。
焦げた臭いも漂ってくる。
どこかに火がついてしまっているようだった。
「盛大に吹き飛びましたね。これなら」
「これなら?」
「オーガは一掃できたでしょうか?」
「どうかね」
雨が降り始めた。まだ上空は暗いままである。
泥のような雨だ。
エルエルたちの周りには降ってこない。しかし、お日様の光もまた届かなかった。
「失敗したかな」
「吸血鬼はまだ封じられていますか?」
「水の精霊がもっと派手に動きたくてうずうずしているらしい。雨が煽ってる」
「おいおい勘弁してくれよ」
ここまでのことになるとは思わなかった。
特に上空がふさがれるほどの規模になるとは。
先日使った際の手ごたえから考えても、これは張り切りすぎだろう。
しっかりエルエルたちへの被害はないようにしてくれているのが小憎らしい。
いや、他者のせいにしてはいけない。
頼んだのはエルエルなのだ。
問題は吸血鬼。
このままお日様に当てて滅ぼせるまで封じておきたいのだが、封じている水が、雨の水の影響を受けてもっと暴れたがっている。
要するにお願いするのにいつもより圧が必要なのだ。
お願いするのに。
そして仲介する流れの精霊もまた。
流れの精霊は、より激しい流れを好む。
エルエルのお願いはそれとして、もっとこの祭りを楽しもうという意思を感じる。
つまりはしゃいでいた。
こういう時にどうするかに、エルフの魔法使いの腕が出る。
あまり我慢を強いるのは関係を悪くすることもあるらしい。
だが、やりたい放題させるのは魔法使いとして失格だ。
吸血鬼を封じる水流球。
舞い上がった土砂を除くための風の流れ。
そして二次的に発生した泥の雨。
火の匂いはしなくなった。
泥の雨によって消えたのか。
やるべきことはそう多くない。
ただ規模が大きい。
そして同時に進めなければならない。
上空を開けてお日様を呼び込む。
それが今の狙いだ。
それまでに現状を維持して――
「――いや。来る」
「俺の仕事がなくならなくてよかったぜ」
「わたしは、ちょっとできることが少ないですね」
「まかせろ」
こちらへ向かってくる者がいる。
オーガの集落があった方向からだ。
地を震わすほどの流れ星の雨を生き残ったオーガがいる。
それが複数。こちらに向かっているのが流れる雨や風を通して伝わってきた。
グーフゥも何らかの手段で感づいたようだ。ウィスタはエルエルたちの様子を見て察したようで、困った表情をしている。
魔法が使われている。
これにはウィスタも気づいたようだ。
エルエルはかつて会ったオーガが言っていたことを思い出した。
『偉大なるオーガの道士マギの子』
オーガの集団の中にオーガの道士が、魔法使いがいると。
その恐れがあることはずっと考えの隅にあった。
ここで来るか。
流星雨をしのいだのはそいつの魔法によるものだろう。
吸血鬼が思念で知らせたのか。独自に反応して対応したのか。
ただ目の前にある現実は、泥の雨の中、オーガがこちらに向かっているというものだ。
エルエルは弓を構える。
ただのオーガだけならまだいい。
オーガの道士が居るならば援護が必要だろう。
だが。
「足止めをしましょうか」
「ウィスタがか? もう魔力もねぇだろ」
「最後の手がありますので。しかも、ここでしか使えません」
「ならやってくれ」
「了解です」
ウィスタが頷く。
すると、わずかな時間の後さらに地響きが、強くなってきた雨の音に重なった。
「なんだぁ?」
「ゴーレムを解除して地下の空洞を崩しました。巻き込めましたか?」
「数は減ったな。あとは斬ってくる」
「まだ崩れるかもしれません、気を付けて」
グーフゥが跳び出していき、エルエルとウィスタが残される。
「もう私はすっからかんですよ」
「ウィスタはすごく働いた」
「今も働いている人に言われるのは心苦しいですね」
「難しい」
爆音が響く。
グーフゥの雄叫びも。
オーガの咆哮も。
激戦が繰り広げられているようだ。
オーガの道士も生き残っているらしい。
エルエルは弓を構えた。
泥の雨の間を縫って撃つ。
オーガは大きいので狙いなんて不要。味方に当たる心配もない。
エルエルの矢ではオーガの皮膚を貫けないが、わずかに気を引いたようだ。
グーフゥが暴れた。
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