63.エルエル、ちょっと怒る
『会話の意志があるのか』
エルエルは心の中で答えた。
『解け、戒め。後悔する』
これは一方的に語りかけてくるだけだ、とエルエルは判断した。
言葉を発しても、水流球の中まで届かないだろうし、聞き流そうと決める。
『人間、長命研究、末路。焦がれる、エルフ』
しかし、この吸血鬼の思念通話がどこまで届くかが問題だ。
オーガのいる場所まで届くなら、出口に追手を配置されるかもしれない。
こうして語り掛けてくること自体が時間稼ぎかもしれない。
エルエルは改めて戦闘になった時に備えておく。といっても消費した物の確認くらいだが。
グーフゥとウィスタがそう時間をかけず合流できるはずだ。
吸血鬼を滅ぼして森を脱出する。
後者はなんとでもなる。
『エルフ。操る時間精霊。人間羨む』
エルエルは時間の精霊を操ったりしていない。
まずエルフの魔法は精霊を操るものではないし、そういう表現の間違いを無視しても、エルエルと仲が良い精霊は時間の精霊ではない。
流れの精霊。
ゆえに、流れるもの、水や風の精霊は話を聞いてくれる程度に関わりがある。言ってみれば家族の友達のようなものである。
そこにエルフの魔法のむずかしさがある。
又聞きで意図を伝えると、往々にして齟齬が出る。
風を吹かせてくれ、と頼んだ場合、流れの精霊が風の精霊に伝える。
風の精霊はどのくらいの風を吹かせてほしいのかと聞き返すが、流れの精霊はそんなことは聞いてないし興味ない。じゃあとりあえずやるわ、と風の精霊がその時の気分の強さの風を吹かせる。
エルフが吹き飛ぶような強風が吹いたりする。
こういった齟齬は精霊と懇意にすればするほど小さくなる。
仲の良い家族の考えていることがある程度わかるのと同じだ。
しかし、まったくなくなることはない。
精霊はエルフや人間とはまるでちがう存在で、自身の領分以外のことに基本的に興味がない。
エルフの魔法、精霊魔法とも呼ばれるこの魔法の使い手は例外なのだ。
エルフと懇意な精霊とも十全な意思疎通は難しい。
精霊同士も、仲はよくても興味の範囲が違うので理解し合うことはない。
それでいて、仲の良い精霊のお願いにはものすごく気軽に力を貸そうとする。
どうも、力をふるう場所に餓えているらしいのだ。
普段は決まった役割を果たすばかりの存在であり、もっと暴れたいと感じているようで。
精霊の力は大きいが、非常に扱いが難しいのだ。
そして対価もまた必要になる。
基本的には懇意にしている精霊、エルエルであれば流れの精霊に対するものになるが、強力な魔法を使うとそれは大きくなる。
特に切り札なんて呼んでいる魔法が、別の精霊の力も借りる必要があったりすると機嫌を損ねてしまったりする。
自身の時の流れを早める魔法。
時間の精霊が大物であることと合わせて、極めて大きな代償が必要となる。
それは寿命。
この魔法を使った分だけ、死が早まるのだ。
他者に使えばその相手の死も早まるが、それだけ動けてしまうので攻撃には使えない。
そうそううまくはいかないのである。
今回、三度もこの魔法を使うことになった。
長命なエルフという種族であっても、あまり頼るわけにはいかないために、切り札と位置付けて濫用しないようにしている。
流れの精霊も、そして流れの精霊にお願いされる時間の精霊も、あまりないことなので一緒になって張り切ってしまいそうなのもあまりよろしくない。
警告。
流れの精霊が、思考の流れに干渉されていると警告してきた。
エルエルは水流球を睨みつけ、思考を切り替える。
『人間、変える。世界。都合いい』
ゴーレムたちが道を作ってくれている。
大きさの都合、オーガが通るには狭く、追跡されれば邪魔になる。
ウィスタはよく気が付くし、この魔法だけでも非常に有能だと思う。
今回の件はあまりに状況にあっているとはいえ、これがウィスタのすべてではないだろう。
オーガと殴り合うゴーレムをとっさに生成したこともあった。
B級冒険者パーティを支える魔法使いとして実績を残しているのだ。エルエルが見ていない、今回生かせない類の技も持ち合わせているに違いない。
B級冒険者の水準の高さがわかるというものだ。
これだけ出来なければ、B級冒険者の魔法使いは務まらないということだろう。
『我も。エルフも。変える、いい。都合いい』
グーフゥは今のところ出番に恵まれなかった。
しかし、B級冒険者でウィスタのパーティであるエクスを差し置いて選抜されただけの実力はあるはずだ。
実際、魅了状態のグーフゥと向かい合って、正面から勝てそうになかった。
あの時剣の狙いがエルエルであれば状況は違っていただろう。エルエルは、一度は攻撃を受けることになっていただろうから。
オーガに単独で勝てる近接戦闘力の持ち主として選ばれた人間だ。
ここからの脱出で、オーガに遭遇しても対応できるはず。
主目的である転送の無力化はうまくいっている。
あとは生還。
そのためにもこのうるさい吸血鬼を確実に始末しなければ。
エルエルは少しだけ怒っていた。
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