57.エルエル、四つん這いは嫌だ
案内図を確認してから探索は順調に進んだ。
しかし、良い成果を得ることができたかというと、なかなか判断が難しいところだ。
重要そうなものは多くが引き上げられており、警備室で施設全体の正確な地図と黒と白の鍵の板を入手したくらいで、施設の設備の具体的な情報は得られなかった。
「十分な収穫じゃねぇか」
「転移魔法の詳細が書かれた記録板でもあればよかったのですが」
「あるとしたら転移設備か、その近くだろう」
「そうですよね」
「普及している技術の説明を別に保管はしないと思う」
たとえば弓の打ち方だとか、騎獣の世話の仕方などの技術を直接関わらない場所に記録として置いておくかということだ。
仮にあったとしても、他の者がきれいに持ち出されているように、回収されているだろう。
ウィスタの言うように、あるとすれば設備そのものの場所だろう。
転移魔法の詳細がわかれば、遠隔で対処したり、設備を破壊しないで止める方法を見つけられたかもしれない。
しかし現状は、敵がその施設にいると推測され、じっくり調べることは難しいだろう。
施設の破壊による停止が現実的な手の一つと考えられる。
「相手は少なくとも転移先の位置指定を変更する方法を手にしています。どういう対処をするにしても、いくらでも情報が欲しいですよ」
「そうか……まあ仕方ないだろ。それより、壁はどうだ? 魔法は効いているか?」
グーフゥは自分の領分のことが気になるらしい。
壁を抜いて奇襲という作戦が選択肢にある以上、当然のことだ。
「魔法は働いています。どうやらちょっとした衝撃なら吸収するようですね」
ウィスタがそう言って壁を拳でノックするが、音が聞こえない。
「こうやっても手が痛くないです」
今度はおおきく振りかぶって拳を叩きつけた。
ぽん、と軽い音がして。
「あ痛」
「痛いの?」
「あ、いいえ、痛くはないですが思ったより衝撃がありまして。つい」
「ふむ……」
グーフゥが壁を実際に叩いてみている。
「確かにちょっとぶつかったくらいならなんともないようだな」
「例えば、病人が転んで頭をぶつけてもケガをしないようにしているのではないでしょうか」
「うーん、これなら壊せるか? 衝撃に強いのなら……」
グーフゥが壁に拳を押し付けている。
「寸断された場所を見ていいか」
「わかりました、戻りましょう」
エルエルたちは建物に進入した地点まで戻る。
一つの建物が、断層の位置で断ち切られるように途切れている。
「ここは感触が変わっているな」
「魔法が効力を失っているようですね。断層が出来たときの衝撃を受けてのものだと思います」
エルエルも触ってみたが、石に近い感触だった。軽く叩いてみるとやはり硬いものを叩いたときの手ごたえだ。
「魔法を解除できれば確実にいけそうだが」
「壁一枚でそれをすると気づかれるかもしれません」
「ならちょっと練習してくる」
グーフゥはそう言って魔法がかかっているあたりの壁の前に移動した。
「エルエルさん、どう思います?」
「なにが?」
「この建物を、オーガが探索できると思いますか?」
「しゃがんで探索した? 壁を破壊して取り除いたかも」
「そうでもしないと難しいですよね」
エルエルたちにとっては充分広いこの遺跡の通路だが、オーガの身長からすると、天井はおなかから胸あたりになる。
絶妙にいやな高さだ。
しゃがむか、四つん這いになるだろう。
エルエルなら長時間それで調べものなんてしたくない。
「そもそもオーガはそういう繊細な作業に耐えられるのだろうか」
「そこは個性で納得していただいて」
森が邪魔なので雑に破壊して歩く種族である。
「私は人間やエルフの大きさの何者かが相手になると思っています」
「別勢力の工作員という話をしていた」
「そうですね。ザッカーを狙うという行動からすると、そう考えれば自然ですから。オーガを従えるという点が引っかかっていたんです」
「なぜ?」
「オーガとゴブリンを従えられるなら、森を開拓するほうが利益が大きいと思うんですよね」
「組織として?」
「はい」
ザッカーが衰退して喜ぶのは、ザッカーが所属する国と接する国や、ザッカーが亡くなった際に選ばれそうな流通路候補の領地などが考えられる、とウィスタは言う。
しかし、それだけの能力を持つ人材を投じて行うこととしては見返りが小さいのではないかと。
「そういうのは本人の価値観によるのでは?」
「そうですね。ただですね、この遺跡の転移装置の発見は偶発的なことのはずなんです。超古代の施療院跡ですよ。仮に資料がどこかに残っていて狙って探し出したとしても、求めるのは医療知識であって転移装置ではないはず」
転移装置を狙って遺跡を探したわけではないはずだ、とウィスタは言う。
当時のことを知っているような人物であれば別だが。
施療院に転移装置があるなんて普通は知らない。人間の世界にはそんな資料は残っていないという。少なくともウィスタは知らなかった。
ウィスタが知らなかった、というのは根拠としては不完全だろう。
とはいえ、ウィスタの言うことはわからないでもなかった。
「偶然発見したとするとオーガの支配地域であることが問題になります。ですが狙って発見したというのも考えにくい。とすると」
「考えにくいことも、現実に起こることはある」
「……それはそうですね」
ウィスタがいろいろ考えている。
敵の正体に届きそうで届かないため、歯がゆく感じているようだった。
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