56.エルエル、読む
「…………」
鍵がかかっていた部屋の中には、棚がずらりと並びみっしりと板が詰まっていた。
石のようにも見えるが、建物の壁とも似ているような気がする。
魔法はかかっていた形跡があるが、現在は機能していないようだった。
ウィスタが棚の間を見て回るが罠らしきものはなく、エルエルは板、石板を手に取って呼んでみることになり。
「どうですか?」
沈黙したエルエルに声をかけるウィスタだが、エルエルは眉間にしわを寄せてうめき声をあげた。
「わからない」
「読めないのか?」
「読めるけれどわからない」
「どういうことです?」
エルエルは少し考えてから二人に向き直った。
「知っている言葉ではあるけれど、使われている単語に知らないものがたくさんあるうえに説明が長くて迂遠」
「学術論文かなにかでしょうか」
「報告書かもしれないな」
「あるいは暗号化もしれません」
エルエルは役目を果たすために頭をひねった。
文章は正しいとするなら、わからない単語は置いておいて、わかる部分からどういったものかを類推するしかない。
こうしたらこうなるのでああなってこうなる。といったような感じ。
何言ってるかさっぱりだが、わからない部分をごまかすとこんなところだ。
せめて何について書かれているかわかればよいのだが。
「論文などであれば、最初に何についての論文であるかと結論を書きますね」
「なるほど」
文の流れを追うのではなく、始点までさかのぼる。
部屋の一番隅の棚の一番左上にたどり着いた。
抜き出して読んでみる。
「難しい病気、対処、記録、過程、見る、調べる、考える……難病の処置法とそれを導き出した研究記録の報告? あしたの、誰かへ? わざと石で残す……あえて石板で残す?」
「なんですって?」
「薬師の覚書をまとめたようなものらしい。魔法治療が通じない病気がいくつかあって、その研究結果。棚一つごとに別の病気について。ただ……」
「素晴らしいです! 人類の宝ですね! ここは病の研究施設だったわけですか!」
ウィスタが興奮している。
確かに大発見と言えるかもしれない。
今もそれらの病気があるなら大いに役立つことだろう。
「専門家が読まないとわからない。それから、この施設で研究していたものか、どこかから持ってきたのかはわからない」
「それより、今は一旦関係がないことだぜ」
「ううう、時間とお金が欲しい……!」
ここでの研究成果なのか、研究成果を参照するために持ってきたものかはわからない。
ほかの物は引き上げているのにこれらだけがここに残されているという謎もある。
どちらにしても、今、転移攻撃の問題には直接関係はないだろう。
ただまあ、この施設が病に関する施設であるという仮説は信頼性を増した。
であれば、あまり危険な罠などはないと思う。
金庫や管理者の部屋などはわからないが。
「いくぞ、ここは今触れるべき場所じゃない」
「うわぁん!」
後ろ髪を非常に強く惹かれているらしいウィスタを引っ張り出して、エルエルたちは探索を再開した。
しばらく進めると、建物の正規の入り口らしい場所にたどり着いた。
大きな吹き抜けの空間で、壁や柱にちょっとした装飾がされており、いくつか椅子らしきものが配置してある。
そして目立つところにそれがあった。
「いろいろ、治療、施設。の、地図」
建物を簡略化して描いてある地図がおおきく壁に描かれていたのである。
「こっちから入れれば簡単だったんだな」
「入れなかったんですから仕方ありませんよ」
「今までいたのは、ええと、病気の人がいるところ」
「施療院の病室のようなものでしょうね。問題の、分断された向こう側はどんな施設があるかわかりますか?」
「このあたりから先か?」
「位置関係からすると」
二人が境界を示す。
その向こうに書かれている案内の文字に、無視できない単語があった。
「緊急、運ぶための、転移」
「緊急搬送用転移施設、と言ったところでしょうか」
「転移か!」
手がかりが見つかった。
病人を運ぶために転移装置を使っていたということだろう。
オーガの関係者がそれを発見して再起動したのか、参考にして転移の魔法を編み出したのか。
そしてそれを使ってザッカーの街を攻撃しているというわけだ。
「停止させる手段はないのか?」
「こちら側は手つかずでしたから、向こう側だけで動いているはずですね」
「無いってことか」
「いえ、緊急停止手段は別にあるかもしれません」
「全部調べる必要があるか?」
「ありそうな場所だけでいいかと。エルエルさん、地図の案内の翻訳をお願いします。管理だとか警備だとかいう部屋があればいいですが」
遺跡の探索は次の段階に進んだようだ。
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