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朱の森のエルエル  作者: ほすてふ


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53.エルエル、一歩も動いていない

「個人の識別はしていないようですね。この先は通路ですか。『真の目』」

「その魔法はなんだ?」

「暗闇を見通し、幻影や魔法的隠ぺい、魔法効果を視覚化して見分ける魔法です。自身にかけるので、建物に影響しない分トラップが反応しにくいです。魔法によらない隠ぺいは見通せませんので、何か気付くものがあったら教えてください」

「わかった」


 通路はのっぺりした壁で、継ぎ目も見えない。

 しかし、壁際になにか円柱に近い形の膝くらいの高さの物体が置いてあった。

 複雑な文様が描かれており、魔法的な効果はありそうだ。

 その陰に何かあるかもしれない。

 エルエルはじっと見つめたが、よくわからなかった。


「わからない」

「暗くてわからん」

「あれは鉢植えですね」

「鉢植え?」

「観葉植物ではないでしょうか。保存用の鉢植えは時折発掘されますから。さすがに何千年もは保てなかったようですが」

「鉢植えって?」

「鉢植えは鉢植えですよ」


 鉢植えとは。

 土がない場所に植物を置きたい時に使うらしい。土を詰めて植物を生やすのだという。

 鉢植えのほかに、花瓶というものもあるそうだ。こちらは水を詰めて切った植物を切り口をつけるように差し込み、保存するらしい。


「石を使って植物がない環境を作ったのに、植物を?」

「あー」

「うーむ」


 グーフゥとウィスタが変な顔をしている。

 まるで苦い薬を飲んだようだ。


「ええと、あ、人間も植物は必要なんですよ。ただ、力強く根付いていると邪魔になるので持ち運べるようにしたんです」

「なるほど」


 大地の力を吸い上げられない植物はあまり強い力を持たないのではないかと思うけれども。

 人間は石の防御力を優先するだけであって、植物の力が全くいらないわけではないようだ。

 代償として森の恵みから縁遠くなるが、縁遠いなりに必要としていると。

 効果の低い薬草の類を利用していることと、同じようなことかもしれない。

 小さな草なら鉢植えなどでも育てられるだろう。


「いえ、人の身長ほどの植物を育てることもありますよ」

「えぇ……」


 人間は時折信じられないようなことをするものだ。

 エルエルは人間とエルフの感覚の違いを実感しつつ、淀んでいたものを開放していった。


「どうやら一万と四千八百八年前に地の底に埋まったらしい。何百年か前に二つに別れたって」

「なんで古いほうが正確なんだ?」

「彼らは関係ないことは強く認識しないから」

「彼ら?」

「私たちが精霊と呼んでいる存在のことでしょう」


 人間が精霊と呼ぶ彼らは非常に身近でどこにでもいる存在なのだけれど、エルフとは違う感覚をしているし、付き合い方もいろいろと違う。

 たいていのエルフは一種類の精霊と懇意にする。

 その精霊も相性がいいもの、悪いものが居て、精霊を介して別の精霊とも交流出来たりできなかったりする。場合によっては嫌悪されることもある。


 エルエルの場合は、風や水とはそれなりに仲が良く、大地は話を聞いてくれるくらい懐が広い。

 そんなような関係だが、当の相手がなかなか難しい。

 しかし、地下に封じられたことで淀んだものを開放することは得意分野といえる。

 何事もなく静まったので大変よかった。


「地下に埋まったことの方が、二つに別れたことよりも大きなことだったのだと思う。彼らはエルフとも、おそらく人間とも認識が違うので、理解するのは難しいし理解したつもりになるのは危ないから、深く考えないように」

「精霊は人間が思う以上に力が強くて異質なので不用意にかかわらず、専門の精霊術師に任せるのが定石ですよ」

「そういうものかね」

「それより一万五千年近い過去の遺跡ということが確定ですよ。胸が躍りますね!」

「不安が募るがな。いまの感覚で調べていいものか」


 まだ一歩も踏み込んでいないが、三者三様の心持ちのようだ。

 エルエルとしては現代の街も過去の遺跡も異なる世界のものという感覚だ。

 同じかというともちろん違うけれど。案内してくれる誰かの有無はとても大きいとは思う。


 そのうえで、人の手による魔法の施設がどのようなものか。やはり未経験なので不安はある。

 もしかすると奥の手を使うことになるかもしれない。

 そう考えると彼らが期待して張り切ってしまうのでできる限り平静であることを努めているが、どれほど効果があるものか。


 この建物の探索で消耗するようでは本末転倒と言える。

 あまり使うと感づかれるかもしれないという懸念もあるので二重によくない。

 ウィスタの知識と経験が頼り。

 ここまで人に頼らなければならない状況は朱の森を出て初めてかもしれない。


 エルエルは自覚している以上に緊張していた。

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