52.エルエル、運ばれる
玄関らしき場所は、強固そうな、見上げるほどの大きさの扉で封印されていた。
石と似ているが石とは違うようにも見える質感で、見た目の重厚感もやはり石に近い。
要するに物理的に重そうな扉である。
魔法の痕跡があるので、魔法的な何かで開け閉めしていた、あるいはしているものと思われる。
「窓に回りましょうか」
原型が残っているとはいえ、地の底に埋まっている遺跡である。
訪問は玄関からでなければならないということはないだろう。
「そうでもないんですよ」
「どういうこと?」
「玄関から入ることで客として認識して、ほかからの侵入者を排除する仕組みを採用している場合があるとか」
「見学客を示す腕輪をつけさせるようなものか?」
「やっていることは同じでしょうね。さて窓ですが」
ウィスタが窓と呼ぶ場所には傷ひとつない透明な板がはめ込んであった。
玄関の位置からするとだいぶ高い一、エルエルが手を伸ばしても届かない場所にある。
しかし、ウィスタがゴーレムを動かして階段としたので簡単に近づくことができた。
「これだけ地中深くに埋まるようなことがあっても傷もついていない窓とは」
「再現できれば売れそうですね、値段次第ですが」
内部を覗くと、真っ暗で広い空間があった。
多数の棚が並んでおり、板状のものがしまわれているようだ。
「板状? なにか書いてありませんか?」
「よく見えない。角度が悪い」
「粘土板か、石板かもしれません」
過去、紙や皮紙が使われる前に長期保存したいものに使う記録媒体として、年度版や石板が使われていたそうだ。
木材や皮と比べて経年劣化に強いことが特徴で、手軽さの点で大きく劣るため、現在は一部を除いて駆逐されているのだと、ウィスタは語る。
「貴重な資料になるかもしれません。どうにか破壊しないで進入できませんか?」
「無理を言うなよ、壊さないとここからは無理だ」
「ですよね。では向こうに回りましょう」
ウィスタの指示でゴーレム階段が動き出す。
「いや、自分で歩かせろ」
グーフゥはそう言って降りてしまったが、エルエルは小さなゴーレムが群れ集まってちまちま動くのが面白かったので身を任せた。
意外と揺れず、快適な移動でたどり着いたのは、建物の壁沿い、断層の部分である。
なぜわかるかというと、そこまでとはっきり土の色が違ったからだ。
そして、謎素材がねじ切られたかのように切断されていた。
「ここが切れ目ですね。ここから入れるはずです」
周辺の土が次々と小さなゴーレムになって歩き去っていく。
「ウィスタ、魔力は大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっとずるしてるので」
「ずる?」
「家門の秘密です」
「秘密なら仕方ない」
これだけのゴーレムを一度に扱うには結構な魔力が必要だと思い、エルエルは尋ねてみたが、大丈夫らしい。
ずるというからには、普通と違うことをしているのだろうけれども。
秘密だというのだから追求しない方がよいだろう。
ともあれ、土が取り除かれていくとこの場所が部屋の一部であっただろうことがわかる。
建物側に、人間が通るのに十分な程度の大きさの扉がついている。
玄関の物と比べればはっきりと小さいので、こちらの方が出入りしやすいだろう。
とはいえ。
「ここも土に押しつぶされたりしていないから相当に頑丈じゃないか?」
「蝶番がないですね。であれば」
扉は手前や奥に動く構造ではないようだ。
かといって手をかける場所もない。
「ここ」
扉の横の壁にある模様に手を当てると、ぐにゃりと溶けるように扉が消えて、通れるようになった。
「開いた」
「おお?」
「どうやって?」
どうやっても何も。
「ここに開閉ってかいてある」
「どれですか!?」
「これ」
「全然わからん」
装飾文字なのでわかりにくいが、人間が使っていた文字だ。
昔の。
「どこで学んだのですか? これは数千年以上前の遺跡でしか見られない古代文字です」
「人間の言葉を教えてもらった時に」
「エルフは人間の言葉といって太古の時代の文字を教えるんですか……」
「いや、三年くらい長老に習ったのだけれど、もう使われてないってあとからわかった」
「なんだそりゃ、ひでぇな」
エルフにはエルフの言葉があるので、人間の言葉を扱えるわけではない。
人間の言葉は、場所や時代で変遷するので覚えてもちょっするとわからなくなるらしい。
当時のエルエルはそういうことを知らなかったので、長老に習ったのだった。
その後、人間と会話する機会がある若手のエルフに教わりなおしたのだが、もしかすると、エルエルが使っている人間の言葉も、人間にとってはちょっと変かもしれない。
そこは仕方ないことだ。
ね。
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