46.エルエル、うっかり
「今更だが、一つ気になることがある」
オーガの拠点までもう少しだろうという場所で、休息をとっているところ。
歴戦の戦士、巡回騎士団副団長であるグーフゥが、エルエルに向けて尋ねる。
「なに?」
「ゴブリンやオークは出兵の用意をしていたか?」
出兵の用意。
「その日思い立って出発というわけにはいかない?」
「そんなわけがないだろ」
「エルエルさんの案内でこの日数ですから。数を集めて攻めるならどんなに早くとも移動に十日はかかるでしょうし、その前段階として物資と兵を集めなければ」
なるほど。
エルエルとしては、ちょっと狩りに行こうぜ、行こう行こう、と集まって、みんなで数日かけて狩りをするようなことが当たり前だった。
森の防衛も、即座に動けなければ話にならない。
いつだって戦いや狩りに出る準備はできていた。
同じように森に棲むゴブリンやオークが、同じことができないというのは、エルエルの頭にはなかった。
だが、人間の街を攻めようというのなら、エルエルが狩りに出かけるのとは規模が違うのだろう。
考えてみれば、あの石の街を陥落せしめようというのであれば、多少戦力が街の外に分散していたとしても、多くの数が必要だろう。
ちょっと途中で狩りするだけで賄えないくらい。
一つや二つのゴブリンやオークの集落では足りない。
エルフの感覚で考えてはいけなかった。
うっかりである。
「でも、餓えて行進することもあったはず」
「それは餓えた結果だろう。順序が逆だ。エルエル、お前さん、そういう様子を見たか?」
「そうか。見てない。オークはゴブリンを食べようとしていなかったし、逆も。オーガとオークもそう。確かに、餓えてたら組めないかもしれない」
だとすると、おかしなことになる。
「進軍の準備がないのに、オーガをばらまいている?」
「そう見えるよな。森オーガを転移させるのがザッカーへの攻撃なら、二の手、三の手が必要だ。オーガをばらまくだけじゃ討伐されて終わりだ。被害は出るが、そのうち矢が尽きる。オーガは無限にいるわけじゃないし、一体ずつなら高位冒険者でもたいした損耗なしで勝てる」
「でも、それでザッカーの街は負担を受けていると聞いた。交易がとまると街が滅ぶと」
オーガに勝てる人間はいる。グーフゥたち巡回騎士団なら一人で倒せるらしい。
逆に言えば限られた強い人間以外には脅威であるので、転移攻撃の対象になっている範囲に進む危険が大きくなる。
そうなると護衛にかかるお金が高くなり、交易街道としての価値が下がる。
交易都市としての価値も輸出都市としての価値も失われ、ますます見向きもされなくなり、守る価値もなくなって、まず宿場町が、そしてザッカー自体が滅ぶ。
ということらしい。
エルエルにも理屈はわかる。
が、あまり実感がわかないのは事実だった。
朱の森は公益に深く依存していないし。
見落としの原因のひとつ。
人間の規模、数にまだ馴染んでいなかった。エルフ、朱の森基準で考えていた。
「森のオーガにそういう理屈がわかると思うか?」
人間の街を経験したエルフですらわからなかったことを、人間をろくに知らないだろうオーガが気付けるだろうか。
エルエルとしては気づけないと言いたいところだ。
だが、転移による攻撃は行われている。
「まさか。それほどの知恵をつけたオーガが生まれたのでしょうか?」
「あるいは、人間か、それに近い何者かが知恵を貸しているか」
「でも、それだと行軍の準備が進んでいないことと噛み合わないのでは」
「三つの種族が、余波がわからない形で共存していることもわからんところだ」
状況から推測できる事実がかみ合わない。
何が起きているのか。
「一応、現状分かっていることのつじつまが合う仮説はありますが」
「言ってみてくれ」
「三つの種族全てを統率できる上位者の存在です。例えば、魅了系の魔法を操る他国の工作員であれば、一応の説明が付きます」
「なるほど」
「魅了魔法?」
「文字通り、他者を魅了して言いなりにする魔法ですね」
ゴブリンが支配あるいは共存状態になった際に逃げ散らず、人間が予兆に気づいていなかったことがやはり問題だ。
見逃した説はあるが。
しかし、魅了魔法というものの効果、どの程度のものと想定するか。
魔法というのは、他者に影響を与えることは大変なのだ。
質と時間に限界があるはず。
いくつもの魔物の集落を支配下に置けるほどとなると、想像もつかない力量の持ち主になる。
それこそ転移魔法くらい使えてもおかしくない。
「まあそれでも、仮説だな。報告はしておこう」
「そうですね。外れていればよいのですが」
どうあれ、答え合わせは間もなくだろう。
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