40.エルエル、騎士と会う
巡回騎士団とは。
常設で王国内を巡回し、武力が必要な問題に対処するという王直属の組織であり、その権限は領主に匹敵するものとされている。
これはたいへんなことらしい。
例えば朱の森にやってきて、長と同等のふるまいを認められるようなものだと。
なるほどそれは大変なことだとエルエルにもわかった。
つまり本来であれば、領主は他の干渉を受けない立場にあるのだろう。
そこに武力を保有して介入を認められている。
自宅に抜き身の刃を持った者が入ってくるのと近い。
それは仮に友人だとしても怖い。
その抜身の刃が会議室にいた。
「半分休暇だって聞いてたんですがね」
巡回騎士団副団長黒嵐のグーフゥ。
黒塗りの鎧で身を固めた巨漢であった。
顔にある傷跡は魔物のものだろう。
普通、顔面を攻撃されるような状況では生き残れない。
魔物の膂力で爪牙を当てられれば首ごとポロリする。
本当にギリギリでなければ傷跡どころではないのである。
傷が残って生き残れているというだけで、相当な窮地に追い込まれ、そして切り抜けたという証明なのだ。
「なにもなければ、ということだよ、グーフゥ殿」
「いやあ、いつもそんなもんなんでいいんですが、転移ですか。信じたくない情報だ」
「こちらも偶然や誤解ならと思っている。紹介しよう、二度遭遇したエルエル殿だ。冒険者としては登録したてだが、外界見聞使だ」
「私はエルエル。朱の森のエルフ。エルオーの系譜、エルエムの子、エルエルだ」
副団長とギルドマスターの会合に同席させられた見習い冒険者エルエルは正式に名乗った。
「外界見聞使?」
「外交の使者に準ずるものと考えてくれ」
「それはそれは」
ギルドマスターの説明に、なぜ使者が冒険者なんてやっているのだという疑問を抱いたようなので、一言。
「勝手に見聞しているだけだから、気にしないでいい」
「スパイじゃないのか?」
「グーフゥ殿、『王の友』ですぞ」
「ええ? そうか。失礼した、エルエル殿」
「気にしないでいい。私よりも問題の話が重要」
「そうだな、その話をしよう」
エルエルは王の友ってなんだと思ったが、今は関係なさそうなので気にしないでおいた。
「一度は移動中の個体を、一度は転移の瞬間に立ち会った。どちらもB級冒険者の助力で討伐された。河の南北の別の場所だった。前者はオーガの道士の存在を口にしていた」
「ほかの個体も前触れなく現れ被害も出ておる。状況から、転移を扱う術をオーガが身につけた可能性が濃厚だと冒険者ギルドとして判断する。現状は毎日一体程度。ザッカーの掌握範囲外ではまだ情報が来ていない。対処としてオーガを倒せるB級を要地に配し、それ以下のパーティを斥候、伝令としてさらに展開させている」
「ザッカー伯は?」
「領軍の一部を率いて被害が出た村の手当てに出た。連絡はすぐにつけられる」
「軍を分けたんですな」
「ザッカーは街だけを守っていればいい領地ではないのでな」
交易街道の途上の街だと言っていたか。
そして農作物の加工品が名産になっている。
街道の安全も、農地も守らなければならない。
転移を使う外敵に狙われるというのはあまりにザッカーに不利な状況ではないだろうか。
「戦力を散らしたところに正面から攻められたらまずいんじゃないですかね」
「そのための巡回騎士団だ。一番戦力が必要な部分ですな」
「我々にザッカーを守らせると? だが攻め手は?」
「正面から叩き潰しては、転移使いは逃げてしまう」
「居場所を突き止めて暗殺しなければ、ってことか。できるんですかい?」
「やらなければホニ街道が終わる」
転移使いが転移で逃げる、というのが今回戦闘に勝利した場合の最悪と言えるだろう。
転移が施設によるものならまだいい。
繰り返し使える道具や、道士が転移を身に着けていた場合、生き延びさせてしまえば補足は難しくなるはずだ。
まともに戦って優勢になり、勝ってしまうとその過程で逃げてしまうだろう。
そんなことになったら、どうしたらいいのかエルエルはちょっと思いつかない。
朱の森の長老がつかう水鏡の魔法で追跡するか。場所が遠いので捕捉が難しい。
その瞬間の場所がわかっても、その場所に行くまでに相手も移動するだろう。転移もするかもしれない。
今回、逃げられてしまうとオーガの敵である人間世界全体の強敵が増えることになる。
そして、神出鬼没の敵がザッカーやホニ街道に執着した場合、街道の安全は失われることになるだろう。
宿場町の中に突然魔物が現れるかもしれない。
もちろん街道や農場などにもだ。
今の状況と変わらず、今以上に捕捉できない。状況は悪化するわけだ。
「まず転移元を捕捉する。そして、実際に行ってみて施設なら破壊、道具や道士なら倒して身に着けているものは破壊か回収して離脱する。もちろん見つからず、奇襲で。優秀な魔法使いと斥候、確実に倒せる戦力が必要ですな。A級は?」
「ザッカーのA級は細やかなことは向いていなくてな」
「使えそうなB級以下から選抜か。戦力なら騎士からも出そう。全員が守りにつくことはない。ただ、魔法使いが転移を捕捉できるかは聞いてみないとわからん」
エルエルが口を挟まずとも、調子よく状況を共有していたビーズとグーフゥだったがここでエルエルに視線を向けてきた。
「転移元の捕捉には協力できると思う。運よく現場に遭遇すれば方向くらいはわかる。そうでなければ難しい」
「距離まではわからんということかね」
「どうしてもわからなければ、エルエル殿が遭遇した場所からまっすぐ進んでみるしかないかもしれん。協力してもらえるだろうか?」
「かまわない」
この時、若干の齟齬が起きていたことにエルエルは気づかなかった。
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