39.エルエル、クーニャと寝る
「明日の宿代と御飯代を稼げるようになってから考えるにゃ」
夜。
今日もクーニャと同室のエルエルは、お話をしていた。
クーニャにも将来のことを尋ねたところ、このような返答があったわけである。
「今や明日の心配がなくならないともっと先のことなんか考える余裕ないのにゃ」
「クーニャも同じだけ報酬もらってるはず」
クーニャもここ数日でまとまった額をもらっているはずだ。
森オーガ発見、確認任務、森オーガ遭遇、討伐。情報提供の報酬。
財布の中には金貨が何枚か隠れているはず。
財布以外に隠しているかもしれないけれど。
「あぶく銭は計算に入れてはいけないにゃ。自分で安定して稼げるお金でないとすぐ餓えるにゃ」
なるほど。
言いたいことはわかる。
いつも同じだけ稼げるのでなければ、先のことを考えるのは難しいだろう。
わかるが。
「冒険者というのは安定とは程遠い職業なのでは」
「だから先のことを考えられない冒険者が多いのにゃ」
キノコですら、安定とは遠いと思っているようだった。
街を巻き込む規模の災害が起きているのだから仕方ないと見ることもできるが。
森の恵みと襲撃してくる獣や魔物相手。
場所を移すわけではなく、街を拠点に。
森の恵みは漸減するだろうし、獣や魔物は受け身なことだ。
積極的に手付かずのものを獲りに行こうとするには相当の実力が必要だろう。
クーニャであればあといくつかできることを増やすか、仲間が必要だ。
おそらくB級、あるいはC級パーティくらいになってようやくか。
並みの者では入れない狩場に踏み込んで希少な植物や獲物を持ち帰る。
エルフの森の近くで採れるような薬草を安定して確保できれば、収入という点では安定するだろうか。
三十年ほどエルフに学べば大抵の者はその域に届くかもしれないが。
冒険者の活動期間は特別な例外を除けば二十年くらいまでというのが一般的という。
人間や猫人では三十年は長いのだろう。
そう考えると、一人前以上に進むには相当才能や運、環境に恵まれる必要があるのではないだろうか。
B級冒険者というのは皆逸材なのでは。
今までの評価からすると、エルエルはB級かそれに近い能力があると見られているようで。
三十年のエルエルと同程度に、十年以内にたどり着けるとなれば、それは何かに恵まれていることになる。
三倍才覚があるとか。
あるいは冒険者という生活が、朱の森で先達に学び実践する時間よりも成長できるのか。
どちらにしても、生き残り、力を手にしているのだから、敬すべき相手だと思う。
エルフじゃないのがもったいない。せめて数百年でもいい、もっと長く活動できれば、とんでもない高みへ到達できるのかもしれないではないか。
クーニャだってそうだ。
近接戦能力はエルエルと近い。身体能力はエルエルを超える。
種族の特性だとしても、最近まで荷運びを生業としていたはずで、そうでなくても年齢からして長くて十年かそこらだ。
惜しいことだ。
だが彼らにとっては違う。
エルエルが短いと思う時間は彼らにとってはすべてなのだ。
森を出る際に念を押された。
憐れむな。舐めるな。彼らには彼らの生と矜持がある。エルフのそれと同じように。踏みにじれば報復を受けることになる。
他種族と関わるエルフへの伝統的な警句だという。
昔から、今のエルエルのような気持ちになったエルフがいたのだろう。
「クーニャは、できるとかできないとかと関係なく、やりたいことはないの?」
「あるにゃ」
「どんなこと?」
「時間を気にしないでゆっくり眠って、食べたいときにご飯を食べて、時々遊びに行って、そんな生活がしたいのにゃ」
なんと怠惰な生活だろうか。
だが。
「たくさんお金が必要そうだ」
「そうなのにゃ」
「だが、クーニャは他の人間より休みが必要だ」
「そうなのにゃ……」
休みが多く必要ということは、その分働けない時間が増えるわけである。
休みの日にも宿代、食事代はかかるのだから、貯められるお金は他より少なくなるわけで、それがずっと言っている猫人の不利。
「世の中ままならんのにゃー」
「エルフの森に来れば休みはもらえるが働かないといけないな」
「なんの話にゃ?」
「あ、思い付きのことだ。気にしないでくれていい」
エルフの森ではクーニャの夢はかないそうにない。
エルフの森、少なくとも朱の森ではそれぞれ役目を負って働くのだ。体質ということなら多く休むことは受け入れられるだろうが、ずっとそうあるものに慈悲を与えるほど甘くなかった。
残念なことだ。
「お水を出す魔法とか覚えてみるかにゃ。猫人でも魔法覚えられることを知らなかったにゃ」
「それはいいと思う。水はいつだって必要だ」
「だよにゃ、だよにゃ。今度ケイに売ってるところ訊くにゃ」
「お肉を出す魔法はないかな」
「あったら牧場がなくなるにゃ」
「それはそうか」
夜が更けるとともにだんだんしょうもない話になっていき、そのうち二人は目を閉じた。
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