38.エルエル、キノコと話す
冒険者ギルドでルティとの面談を終え、エルエルはキノコと共に喫茶店なるものにやってきていた。
これは、人間の感覚でも最近広まってきた文化で、お茶とお菓子を食べながらお話ししたりする場所なのだそうだ。
食堂や酒場に近いが、もう少しゆっくりできる空間らしく、お金さえあるならば話をするのにもってこいなのだと、ルティが言っていた。
先日の件で少しお金が手元にできたので、新たな食べ物に手を広げたいと思い、ルティに尋ねた結果教えてくれたのだ。カップから湯気が出ている様子を意匠化した看板が喫茶店の目印なのだそうで、ザッカーにはいくつかの店と喫茶店ギルドがすでに作られているという。
「これは硬いな」
「ケーキが柔らかいだけじゃないか? クッキーと同じくらいだろ」
「いや、これは外殻のようなものかもしれない。中は見るからに柔らかそうだ」
「器のような役割があるんじゃないか。このまま一緒に食えるようだが」
キノコが周りを見てそう判断した。
「なるほど」
エルエルは手のひらより一回り小さな円形の、クッキーよりいくらかしっとり柔らかい器にクリーム状のものと切った果物がのせられたお菓子をそっとつかむ。
果物は切っただけではなく、何らかの加工がなされている。甘い汁に漬けたものだろうか。クリームは、先日のケーキの白いものとは違い、黄色かった。
ふんわり甘い香り。小麦とバター。果物。クリームは、わからない。
サク。
キノコ曰くの器部分はしっかりしていてサクサクだ。バタークッキーとは少し違って、やはりしっとりめ。
そして中のクリームにたどり着くと、これは乳と卵と、砂糖、風味づけに何か。まろやかで甘い。
サクサクの部分と合わせて口に入れるのもまた良い。触感が面白い。トロッとふわっとしたクリームがサクサク生地に絡む。
果物。本来の味に砂糖が加わっている。砂糖で作った液に漬け込んだのかもしれない。それだけで食べると果物の風味を砂糖が補強して甘くておいしい、というところだが、クリームと合わせると。さらにサクサク生地を加えても。
「この小さな中でいろいろな味や触感を楽しめるすごいお菓子だ」
「ああ、うまいな」
「一口で食べるんじゃない。組み合わせを楽しむんだ、キノコ」
「えぇ……?」
一口でパクリといったキノコに苦言を呈す。
うまそうにしてはいるが、もっと味わうべきだ。
「今度食べるときは、場所ごとに組み合わせて食べてみたらいい。二倍も三倍も楽しめる」
「一口で豪快にいくのが美味いだろ」
「否定はしないが、うーん。もったいないな。気が向いたら試してみてほしい」
「そ、そうか」
大変惜しいことだと思うが、本人に流儀があるなら仕方ない。無理強いするものでもないのだ。そういうのもあると知っていればあとは本人の判断だ。
知らないならぜひ知っておいてもらいたいが。
それにしてもこのお菓子もお茶と合う。
もしや、砂糖とお茶の相性はとてもいいのではないだろうか。
いや、乳や小麦や果物が関係しているかもしれない。
これは、時間をかけてもっといろいろと試してみるべきだろう。
エルエルは何年くらいかけようかと考える。
「そういえば、キノコはこの先どうするつもりなのだ」
「この先?」
「一人で稼いで、魔法を買うのにお金を使って、その先」
「ああ」
キノコはしっかりしているのでなにか考えがあるのだろうとエルエルは考えていた。
「買えそうな魔法を一通り買おうと思ってたんだ。だが」
「だが?」
「今後環境が変わりそうだからな」
キノコが言うにはまず森オーガとの戦いが起きるだろう。
そして呼んでいた巡回騎士団がもうすぐ到着するはずだ。
森オーガの件がなければ森のイノブタを狩りながら様子を見ることになっていただろうが、森オーガの転移が発覚したために本格的に対策をすることになるはず。
現状は彼らの到着まで被害を減らすために冒険者を展開している状況。
この後、森オーガの拠点探しが行われ、襲撃して転移の力を奪うことになるだろう。
確定ではないような話をしていたが、実際一番怪しいのはザッカーに近いオーガ集落というのは間違いない。
となれば、この後に控えるのは森オーガとの戦争だ。
それは既定路線。
さらにその後、ザッカー周辺の環境がどうなっているか。
今のように手ごろな獲物を狩って手軽に換金できる環境が残っているかどうか。
数年単位で森を休ませないといけないかもしれない。
そうなるとキノコはお手上げである。
反対の森があるとはいえ、こちらは農場はあるしほかの見習い冒険者たちも活動場所をそちらに移すだろう。
なんにせよ今まで通りとはいかなくなると考えられる。
どうやら年単位で活動が滞るというのは人間にとっては長すぎるらしい。
確かに十年、二十年程度の活動期間しかないとなると大きいのかもしれない。
「だから状況次第だな。拠点を移すか、新しいやり方を模索するか、もしかすると今まで通りにやれるかもしれないし」
「そうか。……? いや、それは直近のことでもっと先の話じゃない」
「ああ、そうだな。実はな」
「うん」
「魔法使いになりたくてな。それで地元にスクロールを提供したくて」
なぜか目をそらしているキノコ。心なしか顔も赤いようにも見える。
「なるほど、便利だものな」
魔法使いウィスタの話によると、魔法学校で学べば修得スクロールも作れるようになるはずだ。
自分で作って故郷に貢献しようというのだ。
立派なことじゃないか。
エルエルは感心した。
自身も朱の森の役に立つことをしたいと思った。
「まあ今回の件を生き延びなきゃだがな」
キノコが最後にぽつりとつぶやいた。
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