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朱の森のエルエル  作者: ほすてふ


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35/67

35.エルエル、帰る

 緊急報告。


 街道を移動中、認知範囲内に森オーガが単体で転移、これを撃滅。

 転移目標は森の中。高位の魔法使いであれば前兆を察知可能。

 先日のオーガ出現の件、同一事案の可能性あり。

 別の場所にも出現している可能性あり。

 最悪の場合大規模な攻勢の前兆の可能性。


 以下に魔法使いとしての見地から推測を付記する。

 推測一。オーガ道士が転移魔法を身に着けた。

 推測二。オーガが転移魔道具もしくは転移施設を発見。起動した。


 転移の性質上、近郊のオーガ集落のものである保証はない

 転移先隠蔽技術が未熟であった点を根拠に推測一を支持するが、別の想定は捨てるべきではない。


 戦闘で街道が破損したため応急修理を行った。修復の手配をされたし。


 剣の風 B級ウィスタ

 見習い エルエル






 エルエルと、キノコと、クーニャがザッカーへたどり着いたとき、門に配置される兵士が増えていた。

 外壁上にも見張りが増員されているだろう、というのはキノコの推測だ。


 街道でのオーガとの戦闘後、次の宿場町で冒険者ギルドの出張所に報告。その場で緊急報告書が作成され、各地に伝令が走った。

 剣の風との合流は予定通りに成功し、戦力維持のためきちんと休息を取った上で、エルエルたちに先行してザッカーへ出発した。

 後を追う形で徒歩のエルエルたちがようやく到着したわけだ。


「いつもより人が少ないな」


 街の中を歩く人が減っているという。

 エルエルからすると十分多く見えるのだが、エルエルよりも長く暮らしているキノコが言うならそうなのだろう。

 そう言われてみると、荷物を運ぶ獣車が少ないかもしれない。


 冒険者ギルドは、また待機中の見習いであふれて、はいない。

 むしろ閑散としていた。


「あ、ケイさん、クーニャさん、エルエルさん! お帰りなさい。会議室で報告を聞きます。疲れているだろうけど、大丈夫?」

「ああ、クーニャが居眠りしてもいいなら大丈夫だ」

「まだ居眠りしないのにゃ!」


 会議室に突くと、すぐにギルドマスターのビーズが現れ、続いてルティ、さらに別の職員がお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。


 今日のお茶菓子は丸く平たい焼き菓子だった。

 手のひらの半分ほどの大きさ。

 エルフの保存栄養食と似たような軽さだ。

 乳の香りを感じ取れる。


 口に運んでみる。

 サクッ。

 軽い口当たりとともに、口の中にバターと乳の風味が広がり、そして甘い。

 麦の甘味だけではない、これは先日のケーキに使われていた甘み。

 砂糖だ。


「バタークッキーも気に入ったようだな」


 バタークッキー。

 サクサクサク。

 疲れも吹き飛んでしまいそうだ。

 まあ、エルフの保存栄養食なら本当に疲れが吹き飛ぶのだが。

 この食べ物は、それに匹敵すると言っても過言ではない。

 いや、過言かも。

 エルフ薬師の秘伝をたとえに使いたくなるほどに素晴らしくおいしいということだ。


 とはいえ二枚、三枚と食べると感動が薄れてくる。

 おいしいのは間違いない。

 だが、ちょっとでいいかな、とエルエルは思った。

 味が濃厚で、均一なので少ない量で満足できるともいえる。


 一息ついてお茶を口にする。


「これは……!」


 お茶の苦みが口をすっきりさせて……。

 バタークッキーが!

 またおいしい!


 なんてことに気づいてしまったのだろう。

 お茶とバタークッキー。

 この組み合わせは無限に連鎖できてしまう。

 人間はなんてものを生み出してしまったんだ。

 エルエルは人間という種族の罪深さに涙した。


「話を始めていいか?」

「どうぞ」




 まず、城壁のある街には転移できないらしい。


 対策されているのだという。

 過去に転移魔法を使う高位魔法使いの暗殺者が暴れたことがあるらしく。

 対策が開発されたのだそうだ。

 なるほど、転移ならどんなに警備を増やしても意味がない。転移自体を対策しなければ、盗みでも、暗殺でも、やりたい放題だ。


 ともあれ、ザッカーの街の中に突然オーガが出現という事態は起きないということだろう。


「ほかの村や宿場町はそうじゃないと」

「うむ」


 一方でまったく安心はできない。

 人間はザッカーの街の外にもたくさん住んでいる。


「二件、君たちが関わっていないオーガが確認されている。報告が来ていないものもありそうだ。一日一回か、それ以上の頻度と思われる」

「大事ですね」

「転移の大本を抑えねば解決しない。が、それがわからん。調べられそうな手段を探しているところだ」

「方角くらいはわかるが」

「なに?」

「街道から見て北。だが、距離はわからない」


 魔力の流れは北からだった。

 だが、それだけでは正確な位置なんてわかりようもない。

 水鏡の占いでもできればいいが、エルエルは占術をまだ扱えない。

 人間にその手の技があればいいが。


「オーガの棲み処の方角ではあるが、それだけで判断がつかないな」

「うん。いろんな場所で転移の瞬間に遭遇すれば絞れるかもしれない」

「魔力察知に優れた魔法使いを招集してみるか? だが転移の瞬間でなければわからんよな?」

「生け捕りにして情報を抜き取るほうが現実的だろう」

「まあそうだな」


 転移の瞬間に偶然立ち会うよりは、強いパーティが遭遇するほうが可能性は高そうだ。


「よし。お前たちは一日休んでまた顔を出せ。おそらく他の見習いと同じ役目を頼むことになるだろう。ルティ、後を頼む」

「はい」


 ギルドマスターはそう言って退室していった。


「それじゃ、みんなはゆっくり休んでね。お菓子は持って帰っていいからね」


 そう言うルティの視線は卓に突っ伏して寝ているクーニャに向いていた。


「クーニャの分まで食うなよ?」

「そんなことはしない」


 あと、キノコが失礼だった。

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