34.エルエル、反省
大地がえぐれていた。
オーガがいたあたりを中心に四つの円が重なり合うように。
エルエルが立っていた地点とその後方のみが何もなかったかのように不自然に残っていた。
「ウィスタが急に叫ぶから驚いた」
流れ星の衝撃で転んでいたクーニャとキノコ、ウィスタの無事を確認したエルエルは、素直な感想を述べた。
ゴーレムを出した瞬間、ウィスタが叫び出し、口調まで変わったのは実に驚いた。
「驚いたのはこっちだよ! 派手にやりすぎだ! 助かったけど!」
「とっさにつかえる手がほかになかった」
キノコが大声を出すのでエルエルは困った。
着弾の中心部には何も残っていない。
森オーガも、ウィスタのゴーレムもだ。
ついでに街道も少し削れてしまっていた。
「まあまあ、何が出るかわからなかったので、私もゴーレムを出したのです。オーガだとわかっていればちょうどいい攻撃呪文を使えたんですけど、転移ではね」
転移。
移動方法の一種。
空間を経由せず突然別の場所に現れる。
当然なにが来るかはわからない。
とはいえ、魔力の流れを欺瞞できていなければあのように感じられるのだとエルエルは知った。
転移先に魔力の流れが生まれるなら現場に居れば一手動けそうだ。
普通は隠そうとするだろうから、今回の相手以外には期待できないだろうが。
「これ、直せる?」
「このまま放置したら騒ぎになりそうにゃ」
それは置いておいて、報告にいかなければならないだろう。
しかし、この戦闘跡と少しだけ壊れた街道を放置してこの場を離れると別の騒ぎになりそうというのはわかる。
朱の森で初めて使った時も結構な騒ぎになった。
数が多い人間の世界なら、もっと騒ぎになるだろう。
今やっていることを考えると、それはよくない。
「ゴーレムたち、来い!」
ウィスタが小さなゴーレムを多数作り出した。
原料はその辺の土だ。
出てきたあたりが少しくぼむ。
現れたゴーレムたちはてこてこと歩いて街道の破損部分まで歩いて行って座る。次々に寄ってたかって、わちゃわちゃやって街道が修復された、ように見えなくもない。
「応急処置ですが。注意看板おいておきたいですね」
「地面はやる」
エルエルは地面を流して穴を埋めた。土も水や風ほどではないが流動している。流れ星を使ったばかりではしゃいでいるので若干の不安があったが、地面が盛り上がってくぼみは消えて行った。当然、生えていた茂みなどは戻って来ていないが。
最後に四つほどの塊が浮き上がってきたので拾っておく。エルエルの拳より少し大きな塊。まだ熱いが持てる程度にしてくれたようだ。
「ゴーレムを置いておけば警戒して注意しないかにゃ」
「警戒しすぎて引き返すかもしれないぞ」
「いい提案だわ。看板の形のゴーレムを作りましょう」
エルエルが作業している間に、看板は用意できたようだ。
『この先街道破損あり』という穴が開いている板が地面から生えていた。
「仮にゴーレムの魔法をスクロールで覚えても、こんな応用はできないだろうな」
「そうですね。きちんと学んで身につけなければできないこともあります。スクロールを作ること自体もそうですしね」
街道の前後に看板ゴーレムを設置して、一行は先へ進む。
次の宿場で剣の風と再合流し、ウィスタたちは騎獣があるので急いで報告に行くことになる。
合流に失敗するとまずいが、その時は宿場のギルドから急ぎの連絡を出せばよい。
なんであれ、今回の件は早くザッカーに共有しなければならない。
とはいえ、剣の風との合流場所と時間はあらかじめ決めてある以上、急ぐこともない。
いままで通りに進む。
戻る手もあるが、万一戻って合流できなかったら余計時間を無駄にすることになるため、進むことを選んだ。
「では反省会をしましょう」
ウィスタが言う。
おしゃべりのネタというだけではないらしい。
剣の風では戦闘後、反省会をしてより良い戦い方を模索しているのだそうだ。
「じゃあクーニャちゃん。よく動いて意識を散らしてくれたわね」
「全然傷つけられなかったにゃ」
いつも通りのふにゃんとした口調だが、どこか気落ちしているようにも感じられた。尻尾も元気がない。
「動きはよかった。オーガが捉えられていなかった。引く動きもよかった武器か、技か、何かを加えることができればいいと思う。威力が足りなかったのは私たちの弓も同じ」
「オーガはB級が戦う相手だ。攻撃も防御も足りないのは仕方ない。動きでついていけたことの方がすごかったと思う」
攻撃さえ通じればクーニャはオーガ相手に戦力に数えられるだろう。体が大きい分、死角が多い。クーニャはそこに隠れるのが上手い。無理やり薙ぎ払われるような対応に対処できれば死なずに済むだろう。
「そうですね。次にケイくんは、すぐにクーニャちゃんに指示を出したこと、口に攻撃をしたこと、距離を保って嫌がらせをしたこと、できることをしっかりやったと思うわ」
「的がでかくて、クーニャに当たる心配もなかったですから」
森オーガの咆哮を使われずに済んだのはキノコの手柄だとエルエルは思う。
ウィスタが言うように、キノコは自身の能力をわきまえて行動した。狩人の流儀だろう。
「エルエルちゃんは、まず転移の前兆に気付いていたわね?」
「うん。流れを感じた」
「さらに、出現位置をずらした?」
「できそうだったから」
「それはすごいことなのだけど、それはそれとして。もう少し、口に出して仲間に伝えてくれればもっとよかったと思います」
「わかる。気を付けてみる」
初めてのことだったので、エルエルとしても言いようがなかったこともある。
だが、ウィスタが居なければキノコとクーニャは対応が遅れていただろう。
全員無事だったのは結果論だ。
出現場所を引っ張ったことは、とっさだったが、結果的にも必要なことだったと思う。
手におえなければ?
その時はその時の対応があった。
「あとは、そうね。目を潰しても格闘できたあのオーガは手練れだったわね。何か気付いたことはない?」
「ある」
問われたので、エルエルは答える。
「あれは人間の言葉を理解していた。だから戦えた」
「ああ」
「にゃ」
「……あっ」
「次に何してくるか聞こえてたんだと思う」
それはそれで相手の力量だが。
ウィスタは赤くなった顔を手で隠していた。




