33.エルエル、緊急事態
「それでね――」
ふと。
エルエルは足を止めた。
「どうした?」
「魔力の流れが変」
方角は北。
刈り払われた地帯の先、灌木や草が放置されている荒地の向こうに見える森の中。
エルエルは、おかしな流れを手繰り寄せた。
「あ、ちょっと」
魔法使いのウィスタもそれで気付いたようだ。
「ケイくん、クーニャちゃん、下がって警戒」
エルエルが引っ張り込んだ流れの着地点を睨みそう言うと、ウィスタはむにゃむにゃと小声でつぶやきながら、バタバタと手足を動かし始める。
話に聞く、人間の魔法使いの伝統的な魔法行使。
エルエルも弓を構える。
「おいおい……クーニャ気配を消して伏せておけ。なんか飛んできたらかわせるように気をつけろ」
キノコも、ウィスタの様子を見てか弓を構えた。
前に立てる戦力がいない。クーニャはエルエルと同じくらいと考えれば危険だろう。とはいえ、全員で距離を取って対応すれば大抵なんとかなるか。どうか。
流れて来ていた魔力が結実する。
すると、空間が歪み、そこに巨体が出現した。
その高さはエルエルの三倍ほどの人型。
「ぬ、森ではない?」
あたりに視線を走らせるそれは、しかし小さなエルエルたちよりも周囲の様子が気になるようだった。
「道士マギの係累と見受ける。オーガよ、何をしに来た」
エルエルはいつでも撃てるようにしながら声をかけた。
森オーガ。
先日交戦したものと同種の巨鬼。
先日との違いはここは森ではなく平地ということ。
有利もあれば不利もある。
「エルフだと。お前が何かしたのか」
「こちらが訊いている」
彼我の距離は決して遠くない。人なら隙を覚悟すれば飛び込んで切りつけられる。オーガなら一足。
見上げるエルエルに、オーガは手を伸ばしながら足を前に出してきた。
エルエルを掴み上げて話を聞き出そうというのだろう。
しかし。
「『生まれ出でよ』」
ウィスタの声と同時に森オーガの足元から拳をぐり上げながら何かが飛び出してきた。
それは大地の体を持つ人型。
森オーガに匹敵する大きさ。
「行けー!ゴーレムアッパァァァァァァァ!!!!」
ウィスタが絶叫する。
大地ゴーレムが大地から姿を現しながら、大股を広げた状態の森オーガの股間を真下から強打した。
「おごっ!?」
目を見開いて悲鳴ともうめき声ともとれる音を発する森オーガ。
エルエルは矢を打ち込んだ。
三本の矢が、両目と口に飛び込んでいく。
一本はエルエルのものではない。
さらにいつの間にか寄っていたクーニャが膝裏に短剣を突き立てた。
「う、硬いにゃ」
突き立てられていなかった。
ひっかくようにしてすぐに距離を取る。
「ウィスタ、生きて捕まえられるだろうか」
「こいつがどこまで抵抗してくるかね」
両目に矢が突き立ち、口からも矢を生やし、股間の痛みに悶えながらも、完全に姿を現したゴーレムに腕を振るう森オーガ。
雄たけびを上げないあたり、キノコが放った口への矢はいい仕事をしているらしい。
この森オーガを捕まえて情報を引き出せれば、ザッカーの町はずいぶん助かるだろう。
問題は、生け捕りにできる余力が、今のエルエルたちにあるかどうか。
ゴーレムと殴り合う森オーガ。
目が見えないだろうに、互角以上に戦っている。
股間を強打された痛みもあるだろうに、恐るべき精神力、忍耐力を備えた相手のようだ。
このままだとおそらくゴーレムが先に崩される。
しかし、エルエルたちにはこれ以上の打点が期待できない。
強固な皮膚が急所以外の場所への攻撃を拒む。
さっきから、三人で嫌がらせをしているが、文字通り嫌がらせにしかなっていない。
殺す気ならやりようがあるのだが、生け捕りとなると。
「魔法で何かないか?」
「ゴーレムを操作しながらだと……受け流せッ! そこだ! ゴーレムナックルッ! そちらは?」
「殺すのはできる。他は嫌がらせくらい」
「嫌がらせしてみまゴーレムヘッドッ!踏み込めッ!! ダメそうならスパっと」
「わかった。スパッと」
ちょっと試してみてダメそうならあきらめることになった。
いたずらに長引けば思わぬ反撃を受けることにもなりかねない。
情報はほしいが、すでに極めて重要な情報を得ている。
これは絶対に持ち帰らなければならない。
エルエルは水の流れを生み出して森オーガの口に注ぎ込んだ。
森オーガは嫌がるように首を振るが、こちらも執拗に追随する。
ゴーレムと戦いながら水攻めを受ける森オーガ。
「鼻のほうがいいか」
ゴーレムと戦いながら鼻に水責めを受ける森オーガ。
しかし、エルエルの嫌がらせに森オーガは負けなかった。
ゴーレムとの殴り合いはまさに激闘。
「ゴーレムクロスカウンタァァァァ!? 腕狙い!?」
ついにゴーレムの腕が折れてしまう。
ここまでだとエルエルは判断する。遅かったかもしれない。
「全員、全力で離れて」
危ないので指示を出す。
ゴーレムが、腕一本を失っても森オーガに絡みつく。
キノコが、クーニャが、そしてウィスタが距離を取る。
全力で、という言葉をきちんと理解してくれたらしい。
「流れ星」
空から破壊が落ちてきた。
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