25.エルエル、見張りする
「つまり、旅の荷造りで重要なのは、“あったら便利なもの”をいかに減らせるかということだ」
美味しかったがまだまだ工夫の余地がありそうな肉焼き用調味料を使った鳥の丸焼きを食べながら、キノコが移動、と言うより旅の荷造りについて語っていた。
だが、聞いているのは一人旅の実績があるエルエルだけで、クーニャはお眠の時間だ。
猫人は睡眠を多く必要とするらしいので仕方がないと思うが、エルエルが数日かけて観察したところ、どうも熟睡している時間が少なくなにかあればいつでも動き出せるような浅い眠りのようだった。
エルエルがまだ警戒されているのか、そもそも猫人がそういう性質なのかはまだ判断がつかないが、なるほどそれでは睡眠に時間が必要だろうと思う。
エルエルも、一人旅の時は眠りが浅かった。
何かあれば自分で対応しなければならないのだから当然だ。
「その点、エルエルは有利だな。絶対の必需品である水も出せる」
「人間の魔法も便利だと思う。水を出したり火を起こす魔法もあるだろう?」
旅の中で調達できるものは個人の技能に依存する。
その中で、可能だが手間がかかるものは荷物にするか、時間を使うかを選ぶことになるだろう。あるいはあきらめるか。
キノコが言うには、油断するとすぐ荷物が増えてしまうらしい。
確かに、エルエルもつい先ごろ調味料を買って荷物が増えた。
「水を浄化する魔法のほうがだいぶ安くてな」
獲物の皮を剝ぐなんて魔法があるくらいだから、もっと身近で必要とされそうな魔法もあるだろうと思ったが、実際あるようだ。
だが、キノコはお金の都合で流用の利く別の魔法を買ったらしい。
水の浄化ということは、水がなければ役に立たない。
水がある場所か、水を持ち歩く必要があるわけだ。
荷物を減らすという視点からするとあまり貢献しないだろう。
「いや、毒を予防したりいろいろできるんだぞ」
毒入りの飲み物に使うことでただの水にできるらしい。
食べ物だと魔法違いで効かないようだ。
また、水を出すよりも多くの水を浄化できるため、大勢いたり、騎獣がいる場合はこちらが良い場合もあるとか。
「お茶も水になるのか」
「そ、そうだ」
「お酒も?」
「……そうだ」
「そうか」
そうらしい。
なぜか打ちひしがれているキノコを横目に、エルエルは両手で持ったカップの香茶を飲む。
これは十年ほど愛用している品で、自作である。
お茶もそうだ。
朱の森で用意した分は使い切っていたが、藍の森まで移動している間に採集したものを加工してある。
エルフの薬師としては及第点をもらっていないエルエルではあるが、お茶くらいは自作できるのである。魔法もあるし。
日が暮れて、月が一つと星が出る。
クーニャは天幕でお休み、キノコも毛布にくるまって丸くなっている。
夜間は見張りが必須だという。
獣などに対してもそうだが、なにより危険なのは人間だ。
暗ければ視界を失うくせに、よくも動くものだと思うが、月が明るければそれなりに動ける者もいるらしい。
そしてそれよりなにより、きちんと見張りを立てていると示すことで、ただの旅人の心に魔が差して盗賊になるのを防ぐことが大事なのだとキノコは説明した。
睡眠はどんな生き物も無防備になる。たぶんだいたい。
石の壁どころか、木の柵にすら囲まれていない場所であるのだから、人力で防衛しなければならないのだ。
エルフも石の壁は持たないが、やり方が違うだけで防衛機構はしっかり備えている。
一人旅の時はどうかと言うと、樹上で気配を消し、さらにダメ押しで深き森のマントまで身に着けているのだから、
「ん?」
深き森のマントは今も身に着けている。
これは森の中では特に効果を発揮するものの、森の外でも着用者の印象を薄れさせる力を発揮してくれるようで。
だとするとこれを身に着けたまま見張りをしても、ちゃんと見張りをしているという示威行為にならないのではないだろうか。
エルエルは弓に矢を番えて放った。
「ぎゃっ!」
硬いものがぶつかる音と悲鳴がわずかな時間差で響く。
「どうした」
毛布で丸まっていたキノコが素早く身を起こす。
クーニャも天幕の中で気配をうかがっているようだ。
「矢を射てきたから反撃した。一人。あっちのパーティと一緒に食事をしていた男。大きく迂回して野営場の外から。あっちの見張りに大きな動きはないが、声が上がってからこちらの様子をうかがっている」
「そうか、面倒なことになったなあ」
キノコは毛布を周囲に意識を向けつつ、毛布をたたんで片付け始めた。
「クーニャ、出る準備をしておいてくれ」
「にゃ」
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