22.エルエル、一夜
「あまじょっぱい。これはあまじょっぱいと呼ぶのか。だが甘いのとしょっぱいのだけではない、もっと奥深い何と呼ぶべきだろうか、うまい? なにかがある。それとこの生姜。これを一緒に口に運ぶことでまた違った味わいになる。直接口にしなくとも、身に染みている汁に風味が出ているのも、全体を引き立てている」
エルエルたちは、船着き場近くの食堂兼宿屋にて、ただ飯をいただいていた。
一泊二日分の宿代と食事代を経費として冒険者ギルドが持ってくれるという話だったので、ちょっといい食事をと、名物の川魚をおいしく調理してくれるところを選んだのだ。
その代わり宿代は節約して、キノコは雑魚寝部屋、エルエルとクーニャは二人部屋。
ザッカーのギルドの援助付きで鍵付きクローゼットがあるの部屋が銀貨一枚だが、今回泊まったのはクローゼットはなく寝台があるだけで銀貨二枚だった。
まあそこはいいのだ。
ちょっといい食事である。
夕食として選んだのは川魚の煮つけ。
なんだか茶色い透明な汁に漬け込みながら煮たような料理だ。
一緒に煮られていた、薬草の一種である生姜も魚の上にのせられていた。
なんでも、上流の街の名物砂糖と、下流の街でよく作られている豆の加工品、さらに交易で手に入る調理用の特別な酒を使った料理なのだそう。
それらの材料を調合した汁によって煮たものだという。
水運と陸運の交点であるからできる料理なのではないだろうか。
エルエルは頷いた。
「お魚と言えば塩をたっぷり擦り込んで焼くのが一番おいしいと思っていたが、この煮つけというのもなかなかどうして。身にしみ込んだ汁の味がお魚の味をさらに引き出している。いや、だが塩焼きもやっぱり捨てがたい。しかしお魚の鮮度によってはこちらが圧倒するかもしれない」
「冷めてもおいしいからこっちがいいにゃ」
エルエルが煮つけの味を文字通りかみしめている間、ずっとふーふーしていたクーニャがようやく身を口に運んでにっこりと笑う。
クーニャは熱いのが苦手らしい。
塩焼きは焼きたてが一番なのは自明なのでクーニャの言っていることはわかる。
エルエルとしては方向性の違いにつき甲乙つけがたいと思った。
「塩焼きは野営でも選択肢に入るのがいいよな。塩は多めに持ってないとだが」
「そうだな。塩をぜいたくに使うのはなかなか勇気が要る。使いすぎると叱られてしまう」
「叱られるのにゃ?」
「うん」
朱の森では食料は共有資産だった。
こっそり持ち出して塩焼き魚を食べていたら限度を考えろと叱られたものだ。
叱られてからはちゃんと限度を考えて頻度を減らしたものだ。
「でもたっぷり使ったほうがおいしい」
「ならしっかり稼いで自分で塩を用意するこった」
「そうか……がんばろう」
見張当番を交代したりしなくても、お金を稼げば塩を手に入れることができる。
エルエルは、人間の流儀の利便性を理解しつつあった。
翌朝、船着き場を出発し、エルエルたちはザッカーへの陸路を行く。
旅程は七日。
途中、野営を挟むことになる。
「見習い卒業の条件の一つに野営の経験がある。エルエルには今更かもしれないが、冒険者や人間の間での作法もあるから、それを知っておくつもりで」
「うん」「はいにゃ」
ギルドとしてはエルエルを早く戦力として利用したいらしい。オーガ相手に単独で時間稼ぎができるなら、C級以上の戦闘能力があると見立てられるらしい。
しかし、ギルド所属の冒険者として十分な知識を持っていない者を見習いから昇格させるわけにはいかないのだという。
今回陸路で帰還するのはこの実績を積むためでもあった。
「ホニ街道を通るが、二日に一回は野営することになる。とても頑張れば毎日宿に泊まれるが、無理をして余計に休みが必要になるかもしれない」
「疲れたらたくさん寝たいにゃ」
「なるほど」
主に獣車の速度を前提に、宿場が整えられているらしい。
徒歩には厳しい。走れば届くかというところだと。
あるいは、難所の前後など。
「今回は整備された道を歩くだけだから経路上の負担は少ないが、異常がないかの確認しながらだからあまり早く移動するのは難しい」
「この道はよくできてる」
「道路整備技術はかつてのていこく? のものを引き継いでるって聞いたことがあるにゃ」
「そうなのか」
ちょっと昔、と言ってもエルエルが生まれるよりも前の話だが、大きな人間の国があり、それが分裂したり侵略されたりいろいろあって現在の国々が存在していると、エルエルは聞かされている。
ちょっと昔と言っていたのが長老だったので、実際どれくらいかはピンとこない。
千年よりは少ないと思う。
その大きな国が帝国と呼ばれた国で、道を作るのが上手だったらしい。
「ここは交易街道だからしっかり整備されてるけど、俺の故郷の村の方なんかひどいぞ。長雨が来たら泥濘でぐちゃぐちゃになるし」
現在、ザッカーの街が所属する王国は、クーニャの聞いた話だとその道の技術を継いでいるということだが、すべての道に反映できていないようである。
技術だけでは足りない何かがあるのだろう。人手か、物資か。はたまた時間か。
「細かい仕組みとかは、道の整備に参加すれば見ることもできるが、ひとまず壊れてたら報告するのが冒険者の義務だから、まずはそれを覚えておいてくれ」
ホニ街道の維持整備は多くの人が関わっているようだ。
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