21.エルエル、あっという間
エルエルは街を出発し、ホニ河へ船で出ていた。
街の中に流れる用水路ではなく、おおもとの河の方だ。
そこにエルエルができることがあった。
「上流にはそれらしい痕跡はないようだ」
「下流はわからないのだったな?」
「うん」
戦闘連絡船の船べりで、エルエルは船長と話している。
キノコとクーニャも同行しているが、船内で別行動していた。
ホニ川は水運にも利用されている大きな河だ。ということは渡ることが大変だ。
だが絶対に渡れないというわけではない。
頑張って泳げば渡れるし、そういう獣もいる。
空を飛んだり水の上を歩く手段もある。
それこそ、オーガの道士であればそういう魔法を使えるかもしれない。
とはいえ、大きな障害であることもまた確かで、流されてしまえば命の危険もある。
それでも渡るのであれば何かしらの痕跡があってもおかしくない。
特に森オーガであれば、森の沿岸から渡る可能性が高く、ならば破壊痕が見つかるかもしれない。
今回。オーガが河と街道を横断した可能性があった。
そういった痕跡を発見できれば調査が進むはずである。
無ければ無いという情報が得られる。
巡回騎士団がやってくるまでの時間が限られ、守備にも人手が必要な状況では、できるならやったほうがいいということで船が出た。
そこで、エルエルの能力が利用できるかもしれないので同乗したというわけだ。
「それにしても船乗り垂涎の力だなあ」
「そうかな?」
「そうだよ。あんた、水の流れを読むのは熟練した船乗りならできるだろうが、それとはまったく別の次元のことだ。船乗りになる気はないか?」
「今は冒険者になったばかりだからダメだ。人間の世界に慣れてきたら検討する」
エルエルが会議で、魔法で水の流れから情報を得ることができる、と伝えたところ、船での調査に参加する段取りが組まれたのである。
そして早速、上流にはそれらしい痕跡が見当たらないと報告したわけだ。
だが、船長が言うほど便利ではない。
下流の情報はわからないし。
上流でもあまり遠くまではわからない。
エルフや人間とは認識が違うので齟齬も起きやすい。例えばおいしいもの知ってる? と尋ねても理解してくれないだろう。
だから十分な情報を取り出そうとするとかなり疲れる。
「風からは情報を取れないのか?」
「あれは水よりも過ぎ去ったことを気にしないし、水よりも好き勝手だから」
風の流れは移り気すぎて、エルエルの手に負えない。
上手く扱えるのなら、地上のことなら何でもわかりそうだが。
それをやろうとした場合にエルエルにかかる負担はやる前から耐えられないとわかるほどに大きい。
エルフの魔法は万能ではない。
得意分野以外のことは特に難しい。
「なるほど。確かに水より風のほうが奔放な感じはするな」
「あまり広範囲でなければ多少は。目と耳と同じくらい」
「それじゃ、ないよりはマシってくらいには使えるわけか」
「うん」
全くないと不安になるくらいには。
さて、戦闘連絡船は川船としては大きめで、帆と櫂どちらもついている。
エルエルの上流調査が終わると、両者を使って加速した。
半日で通常の一日分を移動する計画である。
川船は通常、下る場合は徒歩と比べて何倍も早く移動できる。座礁を避けるために限度はあるが。
戦闘連絡船は、乗組員が精鋭なので倍は可能なのだ。
一方で、夜間移動は不可能ではないが地上以上に危険であり、船を停泊させる。
今回はさらに、沿岸の観察が必要なため、夜間移動は意味が薄いこともある。
エルエルは暗くても見える範囲は変わらないが、同乗している人間はそうではないのだ。
そういった予定で河を下り、目立つ痕跡は発見されないままに停泊予定地に到着した。
船が停泊する場所には船着き場があり、集落があった。
交易のため整備されているのである。
同時に、ホニ街道との接点でもあるので宿が整備されていた。夜を明かす場所は安全性が求められる。まとめられるならその方がよいのは、確かなことだ。
「船長たちは、明日もう一日河を下るのだな」
船長が報告の鳥を飛ばし、この日のエルエルたちの仕事は終わった。
予定では、エルエルたちはこれから七日かけてザッカーへ戻る。
戦闘連絡船はもう一日下りながら調査し、十日かけてザッカーへ戻る。
河を遡るには下るのとはわけが違う苦労があるはずだ。
流れを遡ることができるというだけでとんでもないことだとエルエルは思う。
「おう、そっちは陸路だろう?」
「うん」
エルエルたちは地上を帰る。
調査の意味はわずかにあるが、すでに役目を果たしたからというのも大きい。
地上は騎獣に乗って移動できるパーティが別に調査に出ているので、エルエルたちは彼らと接触して情報を共有すれば完全にお役御免となる。
接触できなければ帰還して報告までだけれども。
「ここまで何もなかったから大丈夫だとは思うが、気をつけろよ」
「わかった。船長も」
「おう」
そうして、エルエルたちは船を降りた。
「ずいぶん気に入られてたなあ、エルエル」
「そうか?」
「勧誘されてたし」
「遡り用の魔法使いが常に足りてないらしい」
キノコは別方向の警戒観察の目になっていたのでなかなか疲れている様子である。
漕ぎ手として勧誘もされていたから、勧誘が気に入られたことの証なら、キノコもそうなってしまうだろう。
漕ぎ手も大変な仕事だからか、なり手が少ないそうである。
「あちしは勧誘されてないにゃ」
「クーニャは寝てただけだからなあ」
「クーニャは冒険者のほうが向いていると思う」
クーニャはキノコとエルエルを見て、エルエルの手を取った。
「それじゃ、さっさと宿探すにゃ」
「うん」
「あ、ちょっと、置いていくな」
あっという間の船旅が終わった。




