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五年で私を愛せなければ離縁してください(旧題 こだわりが謎である)  作者: 黛ちまた


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予想もしない展開

 今日は歌劇『紅の蝶』を観にシュテファン様と歌劇場に向かっている。


「原作を読んだのだが、女性の心理についての描写は詳細だが、男性側はないのが残念だった」


 この口ぶりからして、シュテファン様はまだ恋心が分からないようだ。私相手では無理だと思っているし、私もシュテファン様をそういう目で見れていないから、ある意味ではお互い様と言える。


「コルネリアは緋色がとてもよく似合うな」


 今日、私が着ているドレスは緋色の生地に、銀糸の刺繍が施されている。シュテファン様は黒のフロックコートだが、緋色のクラヴァットにチーフを胸に挿している。


「コルネリアの栗色の髪は緋色と相性が良い。緋色の品の良さを引き出している」


「そうですか? 私はシュテファン様と同じ髪の色に生まれたかった」


 私とアティカは父に似て栗色の髪だ。ユリアは母似の金色の髪をして、美しい。シュテファン様も金色の髪をしている。


「少し離れた場所から見ても艶やかなのが分かるし、美しい髪だと思うが」


 シシーたちが念入りに手入れしてくれているだけあって、髪は艶がある。指通りも滑らかだ。


「髪飾りを作らせようか」


「まぁ、どうなさったのです?」


 夜会用にだろうか?


「夜会の為でも良いし、日頃身に着けるのでも良い。私としては普段から使ってもらえるものの方が、着けている姿を目にすることが出来て嬉しいが……少しずつ、貴女の飾りを増やしていけるというのも、良いかも知れない」


 装飾品は嫌いではない。むしろ好き。いただけるのはとても嬉しいけれど。どうかしたのだろうか。恋愛小説の影響だろうか?


「嬉しいわ」


「夫や婚約者というのは良いものだな。堂々と贈り物が許される」


「恋人でも許されるのでは?」


「そうだろうが、節度を求められるだろう?」


 節度……?


「思うままに贈り物を出来るというのは、良いものだと思ったのだ」


 確かに恋人同士で贈り物をいただいてばかりいるとあれこれ言われる。婚約者や夫になれば羨ましいと言われる。

 まぁ、要するにただのやっかみというものだ。


「そうかも知れませんね」


「コルネリアは落ち着いた色味を身に着けているが、好みの色なのか?」


「明るめの色も好みではありますが、似合いませんもの」


 明るすぎる色も、淡い色も。

 それは美しい人、可愛らしい人にこそ似合う。


「人の目が気になるなら屋敷の中で身に着ければ良い。貴女の好みを他人がとやかく言う資格などないだろう?」


「そうですが……」


 そうは言っても似合わないのだ。


「コルネリアが日々、楽しく安らかに過ごせることが一番だ。だから気にせず身に着けて良い。それに、いつもと異なる色味をまとった貴女を見たいとも思う」


 それは少し狡い発言だと思う。そんなことを言っても、実際にその色味を身に着けた私を目にしたなら、言葉選びに困るだろうに。

 私の顔を見ていたシュテファン様は、少しだけ困った顔をした。


「すまない。困らせたかった訳ではない」


「いいえ、お気持ちはとても嬉しいわ」


「コルネリアはあまり表情が変わらないが、ようやく私も僅かな表情の違いが見分けられるようになってきた」


 笑顔は引き続き心がけているのだけれど、なかなかに難しい。


「少し、嬉しい」


 そう言ってシュテファン様は微笑む。


「貴女の僅かな表情の変化に気付けているのは、リヒツェンハイン家の家族と、侍女と私ぐらいかと思うと」


「嬉しいのですか?」


 何故?


「なんだろうな。貴女に少し近付けたような気がする」


 私に近付く?


「夫婦になったからと言って、全てを知ることなど難しいだろう。歩み寄らない夫婦もいる」


 確かにと相槌を打つ。


「貴女と婚姻を結んだ時はそう思っていた。それなりに良い夫婦でいられていると思っていた。

だが、貴女が屋敷からいなくなって、屋敷内はこれまでと変わりがないのに」


 そこでシュテファン様の言葉が途切れた。

 思い出しているのか、悲しそうな顔をしている。


「酷く、寂しさを覚えた。

私は貴女を愛さないと言って傷付けて、貴女を好きになりそうにないから選んだと傷付けた。

なんて傲慢なんだろうと、己を恥じて、貴女に申し訳なくて、消えたくなった。

選ぶ権利は貴女にもあるのに、自分に選ぶ権利があると恥ずかしげもなく言ってのけたのだ、私という人間は」


 自嘲するシュテファン様は、今にも泣きそうだった。

 男性だから泣きはしないだろうが、そう見えた。


「貴女に捨てられてしまうと思ったら、いてもたってもいられなかった。迎えに行っても会わせてはもらえなかった」


 当然だ、と苦笑いを浮かべる。


「許してもらえないとしても、謝罪したかった。許して欲しい気持ちはあるが、許されないことを言ったのは分かってる。それでも謝りたかった。貴女は何も悪くないんだと伝えたかった」


 手紙には己の愚かさと、私に非がないことがいつも書きつらねてあった。


「だから、貴女が私に機会を与えてくれた時、胸の中がひっくり返ったような気がする程、嬉しかった」


「ひっくり返る?」


 聞き慣れない表現に、思わず聞き返してしまった。

 きっと今、物凄く良い話というか、良い雰囲気だと思うのだけれど、口に出してしまった。


「なんというのだろう、初めての感覚だったのだが、心の臓が膨れ上がるというか、不快感はなく、こう」


 自身の左の胸に手を当てる。


「温かいというのか、気を付けなければ身体から出て飛んでいってしまうのではと思うような、浮遊感のようなものがした」


 ……それって……。


「コルネリアが同じ屋敷にいてくれることを実感するたびに嬉しくなる。貴女に何かしたいと思うが、貴女の表情はあまり変わらないから、不安だった。近頃は変化に気付けるようになって嬉しかったのだが、甘いものはあまり食べさせてはいけないと怒られてしまった」


 あの……シュテファン様……。


「他に何か好きなものをと調べていたら、コルネリアの好きな恋愛小説が歌劇になることを知ったのだ。思った以上の反応にまた胸がひっくり返るかと思ったよ」


 眩しそうに目を細めて微笑むシュテファン様を見ていたら、少し頭が痛くなってきた。


「……シュテファン様から見て、私の容姿は、心動かされないもの、なのですよね?」


 私の問いにシュテファン様の表情が曇る。


「好ましい容姿だ」


「美しくありませんよ?」


「私には好ましい。コルネリアの言わんとすることは、華美さがないということだと思うのだが、あれから私も己を見直してみて気付いた」


 はい、と私は頷いた。


「確かに美しい女性を見て、美しいと感じる。けれど、ずっと見ていたいだとか、側にいたいとは思わない。

私はコルネリアのような落ち着きのある容姿を好ましく感じるようだ」


 ……もっと早くにそのように言っていただきたかった。


「貴女の妹のユリア嬢は美しい。一目で分かる華やかさのある美人だ。姉のアティカ嬢は知性が滲み出た美しさを感じる」


 そこまで言ってシュテファン様は苦笑した。


「男というのは愚かで、分かりやすい美に惹かれる傾向にあると思う」


「では、私は?」


 意を決して尋ねる。

 シュテファン様は笑顔になって言った。


「貴女は心根の美しさが出ている。とても、私の心を満たしてくれる」


「……心根が美しいなんて思ったことありませんけれど」


「他者の方が気付くこともあるだろう。貴女の姉妹は口を揃えて貴女の気質を褒めていたよ」


 それは身内の欲目と言うものでは……。


「私はきっと、もう、貴女に恋をしているのだろうと思う」


 あまりに突然の言葉に、私の心臓がひっくり返るかと思った。


「貴女は五年と言った。私が貴女に付けた傷は深いと思う。私が貴女を愛したとしても、貴女が私を愛してくれるかは分からない」


 それでも、とシュテファン様は続ける。


「貴女に愛される為に、私は足掻きたい」




 歌劇の内容は、頭に全く入って来なかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あの最後の1行で締めるのほんとすこ。素晴らしい(語彙力
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