第32話 「約束どおり、結婚してください」④
『結果』だけだ‼
この世には『結果』だけが残る‼
俺がエリスの水着を選んであげたという『結果』だけが残る。
途中は全て消し飛んだ――
「あなたが突然叫んで、私は驚きました。どうしましたか?」
「ちょっとイベントをショートカットしようかと」
「?」
「気にしないでくれ」
インチキをしようとしたが、ダメだった。
エリスの水着を俺が選ぶという気恥ずかしいイベントは、どうやら避けては通れぬ道らしい。
考えてみれば、エリスが不慣れな日本語を懸命に使おうとしている場なのだ。
これは付き合ってあげるというのが人情だろう。
「じゃあ、水着を売っているところに行こう」
「はい」
俺たちはエスカレーターで目当ての階層に向かう。
その途中、キャイキャイと子どもたちの声が響いてきた。
子どもたちにとっては、ここは素敵で溢れた場所だろう。
キッズスペースもあるし、食べ物屋もある。確か最上階にはボールプールもあった気がする。
「子どもの声がしますね」
「そうだな」
「……オト」
「聞かない」
「私たちの――」
「聞かない!」
「子どもは……あっ、エスカレーターを走るの、いけません!」
エリスの言葉が終わる前に、急いで場を離れた。
これは水着売り場にエリスをエスコートするための前進であり、断固として逃亡ではないのだ。そう自分に言い聞かせながら、走った。
そして。
俺がたどり着いたのは、テナント『キマジメリゾート』だ。
レジャー用品に強く、利便性とお洒落を両立させた品ぞろえ。
生真面目な社長が男性用・女性用問わず全て試着し、商品としての出来栄えを確かめているという都市伝説がある。
「ここはお洒落な水着を売っているんだ」
「ではオト、私に水着を選んでください」
エリスの日本語縛りも順調な滑り出しだ。
自分から言い出すだけあって、かなり研鑽を積んでいたらしい。
「選ぶために教えてくれ。エリスはどんな水着が好き?」
「私の好きな水着は、オトの好きな水着です」
「じゃあ好きな色は?」
「私たちの未来のような色です」
「ええと、黒い水着……黒い水着……光を通さぬ漆黒の水着……」
エリスからペチペチ叩かれつつ、俺は水着を物色する。
「むぅ、パレオタイプか。スカイブルー……うーん」
違うな。俺は手に取った水着を元に戻し、また頭を捻る。
「……オレンジ、イエロー、違うな。違う……なんでしっくりこない?」
「ふふっ」
「何?」
「私のために、真剣になってくれてる。嬉しいです」
その言葉に、水着選びに熱を入れ過ぎていた自分を自覚する。
「…………」
「私、からかい過ぎました。私は別の方向、見ています」
顔から火が出そうな俺を見て、エリスは余裕げに別の方向を見る。
一瞬だけ「背後からくすぐって無理やりドイツ語で悲鳴をあげさせようか」という外道な考えが浮かんだが、どう考えても照れ隠しなイジワル以外のなにものでもなく、それをやったら俺の負けのような気がした。
俺は水着選びを再開する。
どのみち、気恥ずかしい思いをしたので、こうなったら自分が納得のいくものを選び抜いてやる。そういう気になった。
それにしても。
どうして俺は色選びに苦戦しているのか。
エリスのことだ。どんな色の水着でも似合うんだろう。
だけど俺の中で、エリスのカラーというのが決まっているらしい。思考ではなく感性が、俺の中のエリスのカラーを決定してしまっている。
ふと。
赤い水着に手が触れた。
これは流石に派手すぎるだろう……そう思ったが、俺の手が水着を掴んだまま、元に戻そうとしない。
――あっ。
俺は思い出した。
この赤、クリスマスの色だ。
エリスと出会ったクリスマスの日。
ドイツは白と赤で満ちていた。
その時に目に焼き付いていた赤い色が、この水着とそっくりなんだ。
「…………」
悩む。
正直、エリスに着てもらいたいのはこの水着だ。
俺の理性が「止めろ! エリスに弱みを握られていいのか!」と叫ぶ。
俺の感性も「エリスと出会った街並みの色なんて、エリスに知られたら恥ずかしいだろうが!」と叫んでいる。
だけど俺の魂が「これがええやん」と言ったので。
俺はエリスに打診してみた。
「なぁエリス。この水着、どうかな」
「ダメです」
「なんで⁉ 着てもらいたいのに!」
つい本音が口から漏れて「あっ」と慌てる。
それを見て、エリスはそよ風のように笑って、言う。
「クリスマスカラーは、私たちの思い出の色です。だから私、赤い水着を選び、日本に持ってきました。赤が二つになるので、別の色がほしいです」
そう言って、エリスは小さな声で付け加える。
「私たちの気持ち、一緒でしたね」
…………。
俺は色々と真っ赤になってしまって、落ち着く色を求めた挙句、最初に手に取ったスカイブルーを選択した。
その後、フードコートで軽食を楽しんだのだが、結局エリスは最後までドイツ語を出すことがなく、努力の滲む日本語で最後まで通しきった。
すごいと思う。
そして、今。
俺はプールサイドにいる。
「お待たせしました」
俺がプレゼントしたスカイブルーの水着を身に纏ったエリスが俺の横に並び。
今、プールデートがスタートするのだ。




