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第31話 「約束どおり、結婚してください」③

 次の日のことだった。



【オト、今日の放課後は時間がありますか?】


 登校してきたエリスがそんな切り出しをする。


【プールデートをするにあたって、水着を選んでほしいのです。一緒に買いに行きましょう】


 昨日、美代が予想したとおりの内容だった。


【いいよ。しかし、ドイツから水着は持ってこなかったのか?】


【……オト、私のドイツの水着が見たいんですか?】


 白い肌をほんのり染めて、エリスが【オトになら……よろこんで……見せてあげます】とか言ってくる。

 その反応からして、何やら俺は会話の選択肢を間違えたようだ。


【ちょっと待ってくれ】


 俺は一旦エリスとの会話を打ち切って、教室の隅にしゃがみ込むと、スマホで連絡を入れる。





『何だい於菟?』


「謙吉、聞きたいことがある。ドイツの水着ってのはエグいのか?」


『若い人向けの水着はビキニが多いね。あと、布面積が極めて少ない』


「何だって?」


『濡れた水着が体温を奪ってしまうからだよ。ドイツは夏でも午後3時以降になると気温が下がって涼しくなる。その時の濡れた布の冷たさが体を苛むんだ。肌と接する部分が多い水着は、あまり好まれない』


「だから布面積を削るのか。っていうかドイツに温水プールってないのか?」


『あるけれど、ドイツは環境への意識が高い国民性だからね。化石燃料を燃やして水を温めること自体に批判が集中しやすい。だから温水プールの温度もめっちゃ冷たいんだよ。必然、体を冷やさないことを意識するとなると、水着の布面積はできるだけ少ない方がいいことになる』


「なるほど」


『そんな気候的事情から、ドイツでは「水着からの解放」を訴える女性が多いんだ。2年前には裁判所が「女性が公共の場で裸になる権利」を認めたよ。ひとまとめには括れないけれど、エリスさんの若い女性が持っている水着って、おそらく日本で着用するには少々刺激的なんじゃないかな?』


「情報ありがとう……ん? おい、なんでエリスの水着の話だって分かった? 俺はエリスの名を出していないぞ」


『君がこんなトンチキな電話をかけてきた時点で、エリスさん絡みでなにか困りごとがあったんだろ? 言われなくても察せるよ』


「……まぁ、そのとおりだ。とにかく助かった。ありがとう」


『お礼は言葉ではなく数字て頼むよ。生徒会選挙の票の取りまとめ、引き続きよろしくね』




 通話を切る。俺は考える。

 ……そっか。エリスの水着って、エグいんだな。

 一体どんな水着なんだろう。



【オト】



【なにも妄想していないぞ⁉】



 背後から声をかけられて、とっさに出た言葉がこれだ。

 ……やっちまった。俺、動揺し過ぎだろう。



 恐る恐る振り向けば、そこにはエリスのなんとも言えない表情がある。

 恥ずかしさと、悦楽。そして嗜虐心。

 そんなものをない交ぜにしたような表情だ。



【……妄想ですか。ふふっ、オトもやっぱり男の子ですね】


【ちゃ、ちゃうねんエリスはん。誤解してるで】


【あらあら。動揺のあまりアルザス訛りで喋り始めましたか。そんなオトも可愛くて好きですよ。だからこそ、私の自慢の水着を見せてあげたいのですが……】



 そこでエリスは蠱惑的な表情になり、溜めを作ってから、言う。



【それはオトと二人きりになれたときにとっておきます。私がいま必要としているのは、日本の公序良俗に恥じない水着です。選んでくれますね?】



 これを拒めば、エリスはきっと「オト君が私を『おかず』にしたと言っています。これってどういう意味ですか?」とかクラスのみんなに質問するんだろう。


 その展開の先に何が待っているか?

 考えなくても分かる。俺の死だ。



「じゃ、じゃあエリス……今日の放課後……一緒に行こう」


【うふふっ、楽しみにしています】



 俺がエリスに屈すると……屈してばかりな気がするが……とにかく屈すると、エリスは屈託のない笑みを浮かべる。



【それとオト、提案なのですが……】



 彼女の言う「提案」は、興味深いものだった。











 うだるような暑さの街並みを抜けて、俺たちは駅前の大規模商業施設『キマジメ』にやってきた。



 ここは生真面目な社長が生真面目な経営により一代で興した『キマジメグループ』の旗艦店であり、施設内部には食料品・アパレル・雑貨など生活に基本の店はもちろんのこと、ギフトセンターや託児所、さらには小さな水族館まで内包しているという至れり尽くせりな場所である。



 俺たちはここで水着を買う……のだが。

 エリスの提案が、俺たちの買い物にゲーム性をもたらす。


【エリス。建物のなかに入ったら、ドイツ語は封印……それでいいんだな?】


【はい。私の日本語の上達のためには、負荷をかける必要がありますからね】


 エリスは真剣な表情だ。


【もしも、もしもですが……仮に私がドイツ語を喋ってしまった場合、罰を受ける必要があります】


【そんなストイックにやる必要があるのか?】


【私が真剣だということを、オトに分かってほしいのです】


【見上げた根性だけど、肝心の罰はどんなもんにする気だ?】


【私が日本語ではなくドイツ語に頼ってしまった場合、私は敗北を認め、潔くあなたの妻になりましょう】


【うん……うん?】


【その代わり、私が勝ったらオトが私の伴侶になるのです】


【うん?????】


【では、人生を賭けた大勝負に臨みます。いざ!】


【待てよエリス全然よくねぇっての待てったらこんちくしょう!】


 俺は勝手に納得しているエリスの首根っこを捕まえ、勝手に定められた条件を破棄させる。


 そんなこんなで、プールデートの前哨戦である買い物デートがスタートした。

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― 新着の感想 ―
>ドイツでは「水着からの解放」を訴える女性が多い 第二外国語はフランス語だったけど、ちょっとドイツ行ってくる
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