第93話 嘘と真実のディスコード
村に戻ると、アウロラグナがうずくまるその前で、リリアたちとゼラン、ライゼが顔を突き合わせていた。
「終わったのか?」
ロブが声をかけると、ゼランが振り返ってニッと笑った。
「ああ。今回の“討伐劇”の台本は、ひと通り吐いてもらったよ」
芝居がかった口調に対して、ライゼは真顔のまま続ける。
「きっかけはリンダル山脈。あの場所で“ドラゴンがいる”という情報が魔導公会に持ち込まれた。彼らはすぐに転移で現場に飛び、アウロラグナの存在を確認。報告を上げたら、こう返ってきた――“村人の死をドラゴンのせいにしろ”と」
リリアの顔が曇る。フィリアも目を伏せた。
「村長を買収して、討伐依頼を捏造。それが芝居の始まりね。私が調査に動くことも、見越していた。タイミングが良すぎたもの」
ライゼが一つ息を吐く。
「お前がドラゴン討伐に、はいそうですかと乗るわけがない」
ロブが引き取るように言えば、ライゼはわずかに頷いた。
「ええ。だからこそ、私とたまたまバルハルトにいたあなたを一緒に始末する。ついでにアウロラグナの素材も手に入れる。殺して、盗って、口封じ。……そういう筋書きだったみたいね」
その言葉には、怒りではなく冷たい観察者の声色があった。
目の前の現実を、ただ冷静に語る――北の魔王の眼差しだった。
「ちょっと、お待ちになってくださいませ」
横からするりと割って入ったのは、セラフィナだった。立ち姿は正すでもなく、それでいて空気を一瞬で締める気品がある。
「それが魔導公会のやり方……なのですか? なんというか――随分と、杜撰ですわ。この計画、どの段階でも破綻する可能性が高すぎます。現にこうして露見していますし」
言葉の端々に皮肉がにじむ。エドガーがちらりと彼女を見たが、口を挟む隙はない。
「それでいいのよ」
低く切り返したのはライゼだった。声の温度が一段、下がる。
「え……?」
セラフィナが眉を寄せる。
「彼らにとっては、失敗も“成功”の一つ。
むしろ、こうして失敗すれば、人間と魔族の間にまた火種が撒かれる。一度冷えた戦争の土壌が再び燃え上がれば、魔導公会はそこから利益を吸い上げることができる」
「なんて……外道……」
リリアがぽつりと漏らす。ライゼは淡々と続けた。
「さらに言うならドラゴンの怒りを買えば、戦争は激化する。魔導公会は自分たちは安全圏に身を置いたまま、その混乱を上から眺めるつもりだった」
一拍、置いてから静かに肩をすくめる。
「ただ――計算違いだったのは、アウロラグナが誰かに操られていたこと。そして、アウロラグナとロブが知り合いだったことよ」
「……っ!」
セラフィナが小さく息をのむ。ライゼの言葉は冷えた刃のように、空気を斬る。
「結果として、アウロラグナが証言し、村人の死が偽装だったと判明した。そこにロブが絡んでいたことで、魔導公会のシナリオは崩れた」
静かに、だが確実に沈みゆく陽のような声色だった。
「だけど、それでもマイラはよく白状しましたよね」
フィリアが首をかしげた。髪の先がゆらりと揺れる。
「魔導公会の制裁を、恐れなかったんですか?」
「そりゃあな」
ゼランがニヤリと口の端を吊り上げる。
「考えてみろよ。今ここに、魔導公会よりよっぽど怖ぇお方がいらっしゃるだろうが」
その言葉に、周囲の視線が一斉に向かう。
どっしりと座り込んだ蒼の巨体――アウロラグナ。本人は静かに目を細めていたが、その背後、尻尾のあたりでは村の子どもたちがキャッキャと遊んでいる。絶賛アスレチック扱いだ。
「ふむ。許しがたい愚行だったな」
アウロラグナが静かに口を開く。声は低く、それでいて滑らか。
「本来であれば、八つ裂きにして臓物をえぐり出してやるつもりでいた」
あまりにも物騒な発言だが、背中の方では「次おれー!」「待ってアウ兄のツノのぼるー!」と元気な子どもたちの声が響く。
まるで一種の矛盾が成立している空間だった。
「……その脅し文句で一発だな」
ゼランが肩をすくめる。
「俺がマイラでもさっさと口割るわ」
「妥当ね」
ライゼが淡々と返した。
「しかし、マイラも情報提供する代わりに、交換条件を出してきた」
ゼランの口調は軽いが、その内容は重かった。
「交換条件?」
エドガーが眉をひそめる。
「マイラには妹がいるらしい。今は魔導学舎に通っている学生だ」
「つまり――」
リリアが言いかけたところで、カイが無言で頷いた。
「そう。いつ“手”が伸びてくるか分かったもんじゃない」
ライゼが腕を組み、静かに言った。
「妹を守ってほしいってことか」
ロブが要点をまとめると、ライゼが短く頷く。
「そういうことだ。それで――お前たちに頼みがある」
一拍、間を置いてから、ライゼは弟子たちを見回した。
「お前たち、魔導学舎に潜入して、妹の護衛についてくれ」
その言葉が落ちた瞬間だった。
「――ぜっっったいにいやですわッ!!」
セラフィナの絶叫が、凍てつく寒村に木霊した。
鳥が一斉に飛び立ち、アウロラグナの尻尾に登っていた子どもがビクッと身をすくめた。
「声でか……」
エドガーが耳を押さえながらつぶやくが、セラフィナは一切意に介さない。
「退学した魔導学舎にノコノコ戻れなどと、正気の沙汰ではありませんわ!!」
その瞳は、冬の嵐のように鋭く、怒りの光を宿していた。
立花 黒 様よりレビューいただきました!
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