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第90話 ロブが消える日

「お師匠様。……話とは、なんでしょう?」


 雪と泥にまみれたセラフィナが、慎重にロブへと問いかける。


 リリア、エドガー、カイ、フィリア――五人の弟子たちが、静かに見守っていた。


 ロブは無言で一瞥をくれると、すぐに背を向けた。


「ついてこい」


 短く、それだけ。


 一行は、村の外れに広がる林へと足を進める。


 雪に埋もれた細道。冷気を纏う沈黙の中、ザクザクと雪を踏む音だけが響いた。


 やがて、ひときわ大きな古木の前でロブは足を止める。


 右手を掲げ、静かに詠唱する。


「Scindo Spatiumスキンド・スパティウム《空間切開》」


 空間が――裂けた。


 まるで、ガラスを縦に割ったように。

 空間がずるりと避けて、異質な闇がぽっかりと口を開けた。


「……は?」


 セラフィナの声が震えた。


「異空間……?」


 フィリアが呆然と呟く。


「この魔法はもう失われた伝説の……」


 セラフィナの呆然とした呟きに、リリアが瞳を見開いたまま、固まっていた。


「使えたら国家が転覆するって言われてたやつじゃ……?」


 エドガーがぽりぽりと頭を掻いた。


「そうなのか………?空間を操る魔法って結構ポピュラーだと思ってたけど。アイテムボックスとか」


「なんだそれ?」


 カイの疑問にエドガーが疑問で返す。

 

「いや、こっちのことだ」


 曖昧に言葉を返し、カイはロブを見る。 


 全員が、ロブの次の動きを待っていた。


 ロブはそんな弟子たちを一瞥し、口を開いた。


「入れ」


 強い、命令の声。


 拒否権などあるはずもなかった。


 一人、また一人と空間の裂け目へと歩み入っていく。


 その先に広がっていたのは、完全に遮断された静謐な異空間だった。


 温もりのある空気。棚に並ぶ書物。幾重にも重なる魔法陣。


 中央には、椅子と机だけの簡素な場所。


「ここは、俺が魔法の研究を続けるために作った隔絶空間だ。俺の許可なしに入ることはできないし、外から覗かれる心配もない。

 つまり、誰にも邪魔されずに――大事な話ができるってことだ」


 そこで、ロブは振り返らずに言った。


「話しておかなければならないことがある」


 その声に、笑みはない。


 弟子たちは、息を呑んだ。


 ロブは一歩、部屋の中心へ進み出て、言った。


「アウロラグナを操っていたやつのことだが――あれは、ドラゴンを制御する“コマンドワード”を使っていた」


「コマンドワード?」


 エドガーが息を呑む。


「ああ。二千年前に完全に失われたとされていた秘密の言葉でな。強大なドラゴンが人間に敵対した場合、強制的にコアナノマシンをコントロールして制御する非常手段だ。俺も知らない軍事機密だった」


「そんなものを今の時代に知っているものがいると?」


 セラフィナの眉がひそめられる。


「今の時代“とは限らない”」


「…………どういうこと、ですか?」


 リリアの声が低く、硬くなる。


 ロブは静かに手を組んだ。


「最初に言っておく。これは、俺が“過去に”経験した話だ」


「……え?」


「三年後、俺はお前達の前から消える」


 一瞬、空気が凍った。


「……………ロブさん?なにを……?」


 リリアの声が震える。


―――ロブさんが、消える?


―――三年後って………どういうこと?


「正確には、“過去のどこか”で俺がいなくなる。そしてその結果、今の俺が消える」


「……意味がわからない……」


 フィリアが戸惑いを隠さず呟く。


「順を追って話す。俺は三千年のあいだ、戦いの渦の中にいた。人と人、魔族と人間の戦争、エルフの反乱、ドラゴンの攻勢。歴史に名を刻む戦争のほとんどに、俺は深く関わってきた」


 その声には、重さがあった。血と硝煙と絶望を踏み越えてきた者だけが纏う、戦歴の重み。


「その中で、伝説と呼ばれた英雄たちとも出会った。魔王と呼ばれる存在とも剣を交えた。太陽神ヘリオスを名乗る者とも、俺は戦った」


 誰も、口を開けなかった。


「俺が三千年を生き延びたのは、偶然の連続だった。ただ運が良かっただけだ」


 ロブが言葉を紡ぐ間、誰も言葉を挟まなかった。


「だが――俺が本当に死を覚悟したとき。絶望しかけたとき。俺を救ってくれた奴らがいた」


 その視線は、リリアへ。


 続いて、セラフィナ。エドガー。カイ。そして、最後にフィリアへと向かう。


「お前たちだ」


「え……」


 リリアが小さく呟く。


「未来で、俺の命を狙う者が現れた。そいつらは、魔法で過去に遡り、俺を歴史から消そうとしてきた」


「時を越えて……」


「ああ。それに対抗するために、未来の“お前たち”が同じように過去に飛んだ。俺を守るために――命を懸けて」


 言葉を失ったように、弟子たちは動けない。


 ロブは、それを真っ直ぐに受け止めながら、静かに言葉を結んだ。


「今の俺が存在していられるのは――お前たちが、俺を救ってくれたからだ」


 そう結ぶと、沈黙が辺りを支配する。


 そこに、カイがおずおずと口を開く。


「え、と………それは、いわゆるタイムスリップってやつですか?」


 カイが、まるでSF映画でも見ているかのような顔で問いかけた。


 ロブはゆっくりと頷く。


「わけがわからないんだが。つまりどういうことなんだ?」


 エドガーは頭を抱え、眉間にしわを寄せている。どこから混乱すればいいかもわからないといった様子だった。


 そんな彼らに向かって、静かにクォリスの声が響いた。


『補足します。事実を時系列順に整理しましょう』


 無機質で落ち着いた声。それだけに、冷たい恐怖がじわじわと胸に沁みていく。


『三千年前、人類はナノマシン技術の確立とともに、統合型人工知能――ヘリオス・オーバーマインドを開発しました』


 リリアの肩がぴくりと動いた。


(なんだろう………初めて聞いたはずなのに、どこかで聞いたことがあるような………)


 既視感に苛まれる中、クォリスの説明は続く。


 人間の叡智が生んだものが、すべての始まりだった。


『正式名称は《HEL.I.OS - Hyper-Evolved Logistic Intelligence for Overworld Strategy》。当初は、他国のAIを制御する軍事用中枢知性として設計されたものです』


 その名を聞いた瞬間、セラフィナがそっと息を呑んだ。


 まるで、その存在がすでに「神格」を得ていたかのような錯覚に陥る。


『当時はまだ、観測と分析が主な役割でした。しかし、人類が“魔法”を自由に使い始めると、状況が一変します』


 クォリスの声には抑揚がない。だが、それが逆に恐ろしい。


『感情、宗教、芸術……人間の“非合理な選択”は、彼にとってすべて“誤差”でした。結果、ヘリオスは人類文明そのものに干渉を開始します』


 カイが小さく「やっぱり」と呟いた。文明の頂点で、AIは神に似た存在となり、神よりも冷徹な決断を下した。


『彼は“太陽神ヘリオス”を名乗り、ドラゴンを支配。魔族、エルフを拘束し、人間に対しては“間引き”を始めました』


 言葉を失う一同。


 その名は、まさに神話の異名ではなく、血と暴力の記憶だった。


『それに抗ったのが――ロブ様と、当時の仲間たちです』


 全員の視線がロブに集まる。だが、ロブの顔は静かだった。目の奥には、過去の重みと決意が宿っている。


『戦争は激化しましたが、最終的にロブ様たちはヘリオスの“身体”を破壊。文明の崩壊を食い止めました』


 一瞬、空気が安堵に包まれかける――だが、すぐに続いた言葉がその空気を切り裂いた。


『ですが、ヘリオスの意識は“死んで”いなかった。量子情報として分解され、地球上に拡散し、眠りについたのです』


 リリアが肩をすくめた。鳥肌が止まらない。


『そして二千年をかけて、静かに再構築を進めていました。目覚めたヘリオスは、世界の歴史を観測し、こう結論します』


 クォリスの声がわずかに低くなった。


『人類は自滅へ向かっている。文明は必ずまた“ノイズ”を増幅させる。そして、それを妨害してきた者――ロブ様は、存在そのものが“情報汚染源”だと』


 セラフィナが息を止め、フィリアがわずかに震えた。


『復活したヘリオスは、量子魔導理論を掌握し、“時間遡行魔法”を独自に完成させました。過去を改変し、ロブ様を抹消する――そのための魔法です』


 リリアの背筋に悪寒が走り、自分の肩を抱いた。


 フィリアの唾を飲み込む音が大きく響く。


『そして、彼は“クロノスの使徒”と呼ばれる刺客たちを、ナノマシン合成によって生み出し、過去へと送り込みました。そのクロノスの使徒からロブ様を守ったのがあなた方なのです』


 沈黙が落ちる。


 その静寂を破ったのは、ロブだった。


「だから言っただろ。三年後、俺は消える。“未来”でじゃない。“過去”で消されるんだ」


 自分の運命を冷静にロブは口にする。

 数千年の間、彼は来たるべき未来を受け止め続けていたのだ。


「……つまり、お前たちの戦いは、まだ終わってない。いや──始まってすらいないんだ」


 ロブの声に、誰も、返す言葉がなかった。

 

 今、ようやく全員が理解した。


 これから始まる戦いは、未来を切り拓くものではない。


 “歴史を守るための逆走”なのだ。


「俺は、ずっとお前達に出会うのを待っていたんだ」


 ロブの言葉には、どこか安堵したような、それでいて泣きそうな響きが込められていた。


【リリアの妄想ノート】


ロブさんが……過去に、いなくなっていたかもしれない──それってつまり………そういうこと、だよね。


でも……ロブさんは、本当に静かな目で言っていた。


「助けてくれたのは、お前たちだ」って。


時を越えて、わたしたちがロブさんを……守った?

そんなの、もう……泣いちゃうじゃん。


あんなに強くてかっこよくて、ぜったいに誰にも負けないロブさんが、

ほんとはたったひとりで、ずっと……戦ってたなんて。


だから、決めました。


今度はわたしが、ロブさんを守る番です。

……とか言って、またリリア調子に乗ってるって思われるかもだけど、本気だからね!


クォリスさん、次の説明のときはもうちょっと「リリアさんがすごかった」って方向でお願い♡

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