第84話 英雄光臨《ドライヴ》、蒼翼竜討滅す
地鳴りのような咆哮が、谷を震わせた。
その中心――重力場に捕らわれながらもなお猛り立つ巨体、蒼翼竜が、眼前のロブを鋭く睨み据える。
地に縫い付けられているというのに、その威圧は微塵も衰えない。
いや、本性を剥き出しにした今だからこそ、底知れぬ凶暴さが滲み出ている。
「来いよ。飛べないだけで終わりなんて、まさか思ってないよな」
ロブが口の端をわずかに吊り上げ、低く挑発する。
一歩、後ろ足を引き、腰を沈めた。
直後――大地が爆ぜた。
尾撃。
山が唸りを上げて振り下ろされたかのような重撃が、ロブのいた地面を叩き潰す。
破片と土煙が天へ舞い上がった。
だが、ロブの姿はそこにはいない。
上空へと跳躍し、体を回転させながら優雅に着地する。その身の動きは、まるで舞踏の一幕のように滑らかだった。
すぐさま、鋭利な爪が突き出される。
数メートル先までを一瞬で薙ぐ殺意に満ちた一閃。
しかしロブは身体を捻り、ギリギリの軌道でそれをかわした。
風圧に揺れる前髪が、その間合いの狭さを物語っている。
その一連の攻防を、少し離れた岩陰から見守っていたリリアがぽつりと呟く。
「……あの、ライゼ様。飛べなくなるくらいの重力を受けているのに、なんであのドラゴン動けるんですか?」
ライゼは苦笑しながら肩をすくめた。
「それが分かれば、あたしも研究者になってたかもね。重力ってのは――強いのに、どこか頼りない。ほんと、変な力なのよ」
セラフィナが補足するように呟く。
「だからこそ、魔法で強くすれば飛べなくなる。でも、完全に止めるのは……難しい、ですわね」
『理論的には説明可能ですが、完全な解明には至っておりません』
クォリスの淡々とした補足が入る。
「要は、飛べないけど――暴れまわれるってことよ。面倒な相手ね」
ライゼが溜め息混じりに言った瞬間――
地響きと共に、戦況が一変した。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
咆哮が天地を割った。
山が震え、大気が悲鳴を上げる。
サンダイルが天に向けて吠えたその瞬間、世界の色が変わった。
リリアの肌が総毛立つ。冷気が骨の芯に食い込んできた。
空が唸りをあげ、嵐のような吹雪が吹き荒れる。
紫電――雷光が、空からではなく、サンダイルの全身を這うように走り始める。
「魔法を……撃つつもりだわ」
ライゼの声は、どこか諦めにも似た色を帯びていた。
『魔力反応を検出。先程の熱線の約七倍以上のエネルギー上昇を確認』
クォリスの冷徹な報告に、セラフィナが血の気を失った顔で叫ぶ。
「防護結界……っ、持ちますの!? ライゼ様!」
『推定される直撃時の熱量と圧力に対し、結界の耐久限界を大幅に上回ります。直撃すれば――リルダン山脈の地形が、地図から消える可能性があります』
「な、なにそれっ……どーしろってのよッ!」
フィリアが叫ぶ。声が震えている。
リリアも、エドガーも、カイも。誰一人、平静ではいられなかった。
あの巨体が吠えただけで、空が凍り、雷が奔る。
そして今、超弩級の破壊魔法が詠唱されつつある。
この状況を、まともに受け止めるなんて不可能だ。
『対処法は――一つだけ』
クォリスの電子的な声に、全員の視線が集まった。
それを、ライゼが引き取るように続ける。
「――撃たれる前に、叩き伏せるしかないってことよ」
『なお、対象を撃破するには、発動前の隙を狙い、かつ一撃で致命に至らせる必要があります』
「できるの?」
リリアが呟いた声に、誰も答えられなかった。
セラフィナでさえ、何も言わず拳を握りしめている。
だが、その空気を割って――ライゼが、ふっと笑った。
「できるわよ。あいつなら」
その笑みに、どこか楽しげな色さえ混じっていた。
「――ロブは、こういう時のためにいるんだから」
――好機到来。
マイラは氷の瞳を細めた。
「《カタストラ・アークⅣ》の照準、蒼翼竜に固定。あの男ごと、確実に沈めるわ」
ゼリオスが一瞬だけ視線を向ける。だが反論はない。そもそも最初からそれが任務だ。
ロッシュが小声で問う。
「……素材、燃え尽きたりしないんですか?」
「心配無用よ」
マイラの声は平坦だが、確信に満ちていた。
「《アークⅣ》は“魔力構造の破壊”に特化した兵器。生体そのものへの物理的な破壊力は抑えられている。内臓や魔核には多少の損傷が出るかもしれないけど、鱗、角、爪……そして血液までは焦がさない。素材は回収可能よ。全部ね」
「つまり……?」
「目的はすべて遂行できるってこと」
その断言に、沈黙が落ちる。
サンダイルの討伐――達成。
ドラゴン素材の確保――成功。
脅威の抹殺――完了。
マイラの頭の中では、すでに任務は終わったも同然だった。
(ただし――奴があの程度の兵器で死ぬなら、最初からこんな脅威にはならないってこと)
――心臓が妙に騒がしい。
マイラは視覚強化魔法を展開し、戦場の中心――黒髪の男を捉えた。
その男が、ふいにこちらを見上げる。
見た。間違いなく。
そして――口の端を吊り上げた。
にやり。
何かを知っている者の、何かを仕掛けた者の、それだった。
「っ……私たちに……気づいてる……!?」
ぞわりと背筋が凍る。
ロブは、ドラゴンと戦いながら、この崖上の存在にすら意識を向けている。
その瞬間。
黄金の光が爆ぜた。
空気が振動する。
ロブが、動いた。
勝負が、始まる――そして、終わる。
風が吠えた。
荒れ狂う吹雪の中、ただ一人、前に立つ男の背に、黒いマントが烈風を裂いてはためいていた。
その背中は、まるで――
世界が絶望を突きつけてきたその最前線に、一人で立ち向かう英雄のようだった。
「エドガー、よく見ておけよ」
振り返らずに放たれた声が、凍てついた空気を突き破る。
「お前が憧れてる――聖騎士ファルクが完成させた、闘気の最終形態を見せてやる」
はっと息を呑むエドガー。
脳裏に蘇る、ロブから教わった3段階の教え。
身体を守る“ヴェール”。
力を飛ばす“アーク”。
そして、己を灼き尽くすほどの力を纏う――第三段階。
ロブが、その言葉を呟いた瞬間だった。
「――ドライヴ」
世界が、変わった。
光が、爆ぜた。
ロブの身体を中心に、黄金の粒子が放射状に立ち昇り、らせん状の光の柱を作り出す。
その姿は、まるで神話に描かれる降臨者。
雪と雷と闇を弾き、ただそこに一筋の光として立っていた。
サンダイルが咆哮を上げる。
口元に膨れ上がる、超圧縮の雷熱魔法――
しかしロブは、
一歩、踏み込んだ。
否、跳んだ。
地を裂く爆音。
黄金の残光を引いて、ロブの身体が空を裂く。
雷光と咆哮が交差する寸前――
その拳が、蒼き竜の分厚い鱗を持つ腹部を穿った。
音が、消えた。
竜が――止まった。
巨体が宙に浮く。
瞳から光が抜け、開きかけた口から溜め込んだ魔力が霧散するように消える。
続けざまに、二発、三発。
拳が腹を打ち抜き――
最後の一撃が、頭部をぶち抜いた。
鞭のようにしなったその長い首が、力を失い、
硬直したまま、宙から引きずり落とされる。
ズン――
リルダン山脈の地を揺らすようにして、
サンダイルは沈黙した。その瞬間、空を覆っていた吹雪が、嘘のように止んだ。
暴風も、雷も、雪も――世界を狂わせていた全てが静まり返る。
空が晴れ、
リルダン山脈の尾根に、微かな陽光が差し込む。
ロブの全身を包んでいた黄金の螺旋光が、ふわりと風に溶けるようにして散っていった。
粒子の一つ一つが静かに消えていき、やがてその男の姿は、ただの黒マントの男へと戻る。
深い沈黙の中。
仲間たちの誰もが息を呑んだまま、ただ彼を見ていた。
ロブは肩を回し、片手で首を軽く鳴らすと――
静かに、けれど確かに言い放った。
「……以上。蒼翼竜の止め方講座、実践編でした」
ロブの口からさらりとこぼれたその一言は、
なぜか妙に整っていて、妙にキメていて、妙に――鼻についた。
弟子たちは、誰も返せなかった。
あまりに現実離れした光景を見せられ、思考停止していたのだ。
その沈黙を、最初に破ったのはリリアだった。
「実践できるかッ!!」
叫びながら、一歩踏み出す。
敬語なんて、とっくにどこかへ吹き飛んでいた。
それほどまでに、目の前で繰り広げられた光景は――非常識の極みだった。
――最強の生物、ドラゴン。
空を統べ、雷を纏い、魔法すら砕く、神話級の存在。
それを、人間が。
たった一人で。
しかも、素手でぶん殴って沈めた。
……理解不能にもほどがあった。
誰も想像しない。できるわけがない。
この世界のどこに、そんな講座の実践者がいるのか。
そもそもその講座、誰向けなんですか。
だというのに――
そのとんでもない所業を、わりと当然のようにこなしてみせたのが、自分たちの師匠だった。
無表情。無言。無駄なし。
その背中から立ち上るのは、英雄のオーラでも聖人の気配でもない。
ただひたすらに――
“やりきった顔”である。
なんだこれ。
なんなんだこの人は。
言いたいことが多すぎて、リリアは口を開きかけては閉じ、また開いて――やめた。
叫んでも、突っ込んでも、
ロブにはたぶん「ん?」って顔で返されるのがオチだ。
……本当に、もう、呆れるしかなかった。
【リリアの妄想ノート】
『え、好き。無理。TUEEEEEEEEEEEE!!!!』
……なんなんですか、あの人。
カッコよすぎて、逆にムカつくんですけど!!!(照)
飛べなくなってもあのドラゴン、普通に暴れてきて、しかも魔法詠唱しはじめたとき、
正直――終わったって思ったんです。
これ無理だなって。ギャグじゃなく死ぬやつだなって。
そしたら……
そしたら……
ロブさんが、黄金に光り出したんですけど!?!?!?
なんなの!?突然の発光!? しかも無言でドヤ顔とかしないでくださいよ!!
マントはためかせて、背中で語って、周囲全部吹雪なのに、ロブさんだけ神域なの!!ずるいでしょ!!!
ていうか。
拳でドラゴン倒すな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あれ魔法じゃないですよね!?物理ですよね!?
雷も氷も全部ぶち抜いて、頭までぶち抜いて……え、なにそれこわい(尊い)
しかもですよ。
終わったあと、ちょっと肩回して、「以上。蒼翼竜の止め方講座、実践編でした」って言いましたよね!?
そんな授業ある!?単位何単位!?受けたい!!!いや、嫁として受講したい!!!!
あの一瞬で、空気が変わって、わたしの心が何回バク転したか数えてください誰か!!!
いや無理。もうわたし限界です。
好き。無理。TUEEEEEEEEEEEE!!!!
あの人ほんとずるい。
何あの安心感。
圧倒的な力なのに、なんで怖くないの。
なんで、あんなに優しい背中してるの。
あんなの、惚れないほうが無理って話ですよ!!!
ロブさん、かっこいい……。
なんでわたしの隣にいるの?
(最高か!!!!)
追伸:
ロブさんTUEEEEEEEEEEEEEEEEE!!に心打たれた方、
ぜひぜひブクマ&感想で一緒に盛り上がってくださいっ!
あの一撃に震えたあなた!!
あのマントのなびきに惚れたあなた!!
語りましょう、ロブさんのヤバさについて!!!
妄想ノート、ネタ考察、なんでも大歓迎ですっ!
「強い男って……最高じゃない?」(真顔)
お待ちしてます♡




