第82話 海老男、最強のドラゴンと戦う
――ドラゴン。それは“意図されて造られた神話”である。
かつて人類は、自らの限界を知っていた。
老い。死。重力。熱力学第二法則。
宇宙における全ての“理”が、自分たちの敵であることを。
だが、知ってなお抗うのが人間だった。
神にはなれないと知った彼らは、神を創った。
名を、ドラゴンと呼ぶ。
その始まりは――初期の量子核融合炉。
平和利用の皮をかぶった、倫理なき楽園。
人類はその中で、“存在そのものが魔法を発する生命体”を生成した。
量子ナノマシンによって肉体を築き、
魔力場と連動する中性子制御核を心臓とした、超構造生命体。
その魂に宿ったのは、“理を超えたい”という傲慢。
この世界を縛る法則の外側で、なお生きる者。
それこそが、彼らに託された宿命だった。
最初の一体。
原型核龍――アトラ・ザルヴァ。
核融合を制御し、魔法を生み、空間を曲げる。
その存在は、神話の始まりであり、災厄の予兆。
やがてアトラを原点に、役割と目的に応じて七つの系譜が枝分かれした。
◆神話兵器――七系統
原型核龍:創造の始点。魔力制御と哲学の巨竜。
蒼雷竜:風と雷の王。空の支配者。
樹龍:森を統べる命の守護者。
金核竜:地の底に王国を築く黄金の要塞。
闇竜:影と毒を操る、堕ちた賢者。
融合竜:系譜を越えて生まれた禁忌の複合体。
時空竜:観測すら拒む、白の幻影。
そして、今――
そのうちの一体が、かつて封印された空域を割って現れる。
雷鳴を背に、蒼翼を拡げ、伝説が地を焼く。
蒼雷竜――再臨。
その咆哮は、空と大地の両方にとっての審判となる。
――空が、鳴いた。
雪嵐が一瞬、止んだように感じたのは錯覚だった。
だが、次の瞬間には天の裂け目から、巨大な影が滑り出てくる。
「来た……!」
リリアが叫ぶよりも早く、ロブの視線はすでに空を捉えていた。
氷の大地を裂くような咆哮が轟く。
雷鳴のような唸りとともに、蒼翼竜が天より急降下してくる。
漆黒の空を背景に、その身は青白く輝いていた。雪をまとい、雷を宿し――まるで嵐そのものが意思を持ったかのようだった。
「……魔力を解放しやがった」
ロブが低く呟くと、吹雪が狂ったように荒れ始める。
目を開けているのも困難な暴風が、リリアたちの体温と、そして希望すらも奪っていく。
「これは……竜が、天候を支配してる……?」
フィリアの声がかすかに震えていた。
その呟きが現実であることを証明するように、空気が軋み、大気が重くのしかかる。
サンダイルの胸部が明滅する。
青白い光が集束し、やがて喉元から一直線に凝縮された魔力が収束していく。
「来るぞ!」
ロブが一歩、前へと踏み出す。
そして――放たれた。
サンダイルの口から直線状の青い閃光がほとばしる。
空気を裂き、氷を焼き、全てを消し飛ばす滅びの奔流。
それは、かつて一つの都市を跡形もなく消し去ったとされる、あの伝説の兵器に酷似していた。
だが。
ロブの掌が、静かに宙を切る。
「Prae・si・dium En・tro・pi・ae《封魔障壁》!」
空間に魔法陣が次々と浮かび上がる。
幾何学的な紋様が幾重にも重なり、青白い光を放って展開されていく。
その全てが、一瞬の迷いもなく構築されていた。
そして閃光が、炸裂する――!
轟音とともに、蒼翼竜のブレスが魔法障壁に激突。
周囲の大気が爆ぜ、大地がえぐれ、吹雪が巻き上がる。
「きゃああああ!」
リリアの悲鳴が爆音にかき消される。
セラフィナとフィリアがロブの後ろで歯を食いしばる。フィリアの腕の中でハウルが毛を逆立てた。
エドガーは片目を瞑りながら、柄を握りしめ、カイは片腕で顔を庇い眉をしかめる。
ライゼはその場で仁王立ちをしたままドラゴンを睨みつける。
その中心に立つロブは、びくともせず。
ただ一人、蒼翼竜の双眸を真っ直ぐに見据えていた。
そして、口の端を引き上げる。
「おい、こりゃ弟子のレベルアップどころじゃねえぞ」
背中をみせたままライゼに投げる。
ライゼも皮肉げに言葉を返した。
「ちょーっと考えが甘かったわね。人里にふらっと来たワイバーンかと思ってたんだけど」
「正直、俺も驚いてる。ありゃあ、蒼翼竜だ」
「サ、サンダイル……?」
リリアが風にはためく髪を押さえながら、恐る恐る問い返す。
その問いに、クォリスの冷静な声が応じた。
『説明します。ドラゴンには、七つの属性系統――いわゆる“七竜種”が存在します』
「……七つ?」
フィリアが眉をひそめる。凍える空気の中で、なお研ぎ澄まされた視線が空を見上げていた。
『はい。さきほどライゼ様が言っていた“ワイバーン”は、七竜のひとつ――融合竜の遺伝情報をもとに、人類が創り出した人工の亜竜です』
雪原に舞う氷片の間を、雷光がちらつく。上空の巨大な影が、確かに“格”の違いを見せつけていた。
『ただし、彼らは核エネルギーを持っておらず、真のドラゴンに比べて戦闘力・寿命ともに大きく劣ります』
「なら、あれが本物ってわけかよ……」
エドガーが苦々しく呟き、剣の柄に手をかける。だが、その手が震えているのは寒さのせいだけではない。
『そして今、我々に攻撃してきた個体――それこそが七竜の一角、蒼翼竜です。飛行性能に特化し、雷と氷の魔法を自在に操る高次存在。討伐推奨戦力は――
金龍10名以上、白狼50名以上』
「勝てるわけないじゃないですかっ!」
リリアの叫びが、吹雪の中にかき消えそうなほど響いた。
その頬を、容赦ない氷風が打ち据える。
凍てつく空に、蒼の巨影が舞う。
それを睨みつけていたロブが、ちらと後ろを振り返る。
「リリア。何度も言ったよな? 勝てるかどうかじゃ――」
「言ってる場合じゃありません!!」
リリアの叫びが、風を裂いた。
青い瞳を潤ませたまま、彼女は真っ直ぐにロブを見据えている。
「お、おう……」
まさかの反撃に、ロブの眉がわずかに跳ねた。
「……ま、確かに。地上最強のドラゴンを前に“試練”ってのも、洒落にならんか」
ロブは苦笑し、ライゼへ視線を向けた。
「ライゼ。結界、引き継いでくれ」
「……あんたは?」
「ここは、俺がやる」
その言葉と同時に、二人の男がロブの横に並ぶ。
「師匠、俺も行きます!」
「俺も!」
エドガーとカイ。
言葉に力はあったが、顔には微かな怯えが滲んでいた。
それでも――引かず、立った。
ロブはそんな彼らに、静かに微笑んだ。
「気概は買う。だがな、蛮勇ってのは、自分を殺すだけだぞ」
「でも、一人じゃ……!」
カイが食い下がるが、その声はロブの視線ひとつで止まる。
「俺は、戦い方を知ってる。それに――」
蒼翼竜が再び天を裂き、降下姿勢に入ったのを見て、ロブは言葉を継いだ。
「……たまには、師匠らしいとこ見せとかなきゃな」
光の結界が張り直される。ライゼが詠唱を終え、構文を閉じた。
その防御の内側から、ロブが一歩踏み出す。
風が唸り、雪が舞う。無防備にも思えるその姿に、仲間たちが言葉を失う。
「ロブさ――」
声をかけかけたリリアを、ライゼが手で制した。
「見てなさい。かつて“魔族最強”と呼ばれ恐れられた北の魔王ライゼを、ボッコボコにした男の戦いをね」
皮肉っぽく笑いながらも、その瞳には確かな敬意が宿っていた。
その言葉に、リリアも、セラフィナも、カイも、エドガーも――目を見開く。
魔王が、倒された?
信じ難いその事実が、目の前の“男”の背に重なっていく。
そして、弟子たちの視線を背中に受けながら、海老男は、呟いた。
「――久々に、本気でやれそうだ」
その声音は、楽しげで。
そして、どこまでも凶暴だった。
【リリアの妄想ノート】
……もう、ロブさんってばズルいですっ!
あんなにカッコよく戦って、ひとりで全部背負って、みんなを守って……!
そりゃあ確かに私、ちょっとビビって「勝てるわけないです!」って叫びましたけど! けどけどけど!
「ここは俺がやる」とか、「久しぶりに本気で戦えそうだな」とか、言い回しがもう、反則ですってばああぁぁぁ!!
あの時の横顔、雪と風の中で決意に満ちたあの表情、永久保存版です。脳内スクショ完了しました。
……はっ!? まさか私、今のロブさんに惚れ直してる!? やばい、タイムトラベルしてでももう一回見たい……!
【ライゼの妄想ノート】
……ハァ。
あの男は本当に、規格外だわ。
ドラゴン相手に真正面から立って、「師匠らしくしてくる」だなんて、こっちのセリフを全部持っていくなんて、ずるいじゃない。
……しかも何よ。私のことを、頼った上で安心して背中を預けてきたその感じ……。
……まったく。
魔王が惚れるわけよね、うん。私に限らず。
でも――絶対に勝たないと、殺すわよ?
ふふっ。冗談よ。ちょっとだけ、ね?
【リリア&ライゼからお願い】
リリア「ここまで読んでくださった皆さんっ、本当にありがとうございますっ!」
ライゼ「ふぅん……読んだだけで終わるつもりじゃないでしょうね?」
リリア「え、あっ、はいっ、そうなんですっ。よければ――」
ライゼ「ブックマーク。していきなさい」
リリア「そ、それと……よければ感想も! ロブさんのかっこよかったところ、ぜひ教えてくださいっ!」
ライゼ「“可愛い”って言われたら、ちょっと照れるけど、嫌じゃないわよ?」
リリア「あっ、今ちょっと嬉しそうでしたね!?」
ライゼ「言わないの。とにかく、ブクマと感想。待ってるから――覚悟して書きなさい」
リリア「えぇ~!? そんな言い方したら書きにくくなっちゃいますって~!」




