第75話 海老男、まさかの名言炸裂!?リリア、恋心が限界突破!
ライゼは、グラスを手にしたまま、ふとフィリアに目を向けた。
「……あなた、セレニアの娘さんね?」
フィリアはすぐに立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。
「はい。フィリアと申します。母から、お名前は伺っております」
その答えに、ライゼはふっと微笑んだ。
「すぐわかったわ。よく似てるわね」
そう言ったあと、ライゼは少しだけ目を細めた。
グラスの中でワインがゆっくり揺れる。
「セレニアとはね、ぶつかることも多かったのよ」
フィリアがそっと目を上げる。ライゼは、懐かしむように口元を緩めた。
「魔族とエルフっていう、いろいろ面倒な因縁もあって……最初の印象は、お互い最悪だった」
その語り口に、どこか苦笑が混じっていた。
「でも、不思議よね。気づけば、一番遠慮なく意見を言い合える仲になってた」
言いながら、ライゼはグラスを口に運ぶ。
その動きはゆっくりで、どこか丁寧だった。
「気がついたら、すごく仲良くなってたの。……あの人、ほんとに頑固だったけど、一本筋が通ってた」
静かに、そこだけ少し熱のこもった声だった。
「……母も、同じことを言ってました」
視線を落としながら、でもその声ははっきりしていた。
「“とても大切な友人だった”って。言葉にはあまりしませんでしたけど……話しぶりで、すごく伝わってきて」
ライゼはしばらく黙ってフィリアを見ていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。
「……そう。嬉しいわ」
会話が一段落したころ、ライゼの視線がふと横へ流れた。
じっと黙って座っていたカイに、視線が止まる。
「……あなた」
ライゼがぽつりと呟いた。
「オーバーマナシンドロームね?」
カイが小さく目を瞬かせる。
「……分かるんですか?」
ライゼは肩をすくめる。
「もちろん。あなたの体内、尋常じゃない数のナノマシンが凝縮してる。しかも、あれだけ密度が高いのに――暴走もせず、きちんと制御されてる」
声には驚きと、わずかな評価が混じっていた。
「ロブの教え?」
「はい」
カイは短く答える。語調は控えめだが、芯のある声だった。
「もともと、オーバーマナシンドロームの治し方を探すために、冒険者になったんです。でも、ロブ師匠に出会って、ナノマシンのことを教えてもらって……」
言いながら、グラスの水を一口含む。
「今は、だいぶコントロールできるようになりました」
ライゼはしばらくカイを見つめていたが、やがて静かに息をついた。
「……それは、すごいことよ。本当に」
その言葉に、テーブルの空気がひと息ぶんだけ静まった。
その余韻の中で、ライゼはゆっくりと視線を移す。
リリア。
セラフィナ。
エドガー。
カイ。
そしてフィリア。
ひとりずつ、その目を見ていく。
目元に、ほんのわずか――けれど確かな笑みが浮かんでいた。
「……有望な子たちが、よくもまあこれだけ集まったものね」
言葉に嫌味はなく、むしろ感嘆すらにじんでいた。
そしてそのまま、正面のロブに向き直る。
「ロブ。……大切に育てなさいよ」
ロブはグラスを置き、ほんの一拍だけ目を伏せ――そして、短く答えた。
「もちろんだ」
その声には飾り気はなかった。
だがそれだけで、十分だった。
和やかに流れていた空気の中で、リリアがふいに声を発した。
「あの……」
ライゼを真っ直ぐに見つめる。
少し震えるような声だった。
皆の視線が自然と彼女に集まる。
リリアは椅子の縁を両手でぎゅっと掴み、伏し目がちに――けれど、まっすぐに言った。
「……私、ロブさんみたいな冒険者になれますか?」
それは、明らかに“覚悟”を込めた問いだった。
ロブが思わずぽかんとした顔になる。
「……リリア?」
いつものように軽く受け流せる雰囲気ではない。
その言葉に込められた温度の違いに、ロブですらわずかに戸惑っていた。
次に口を開いたのは、ライゼだった。
彼女は冗談めいた口調ではなく、まるで心を射抜くような視線でリリアを見つめた。
「どうして、そんなことを聞くの?」
その問いは、優しさと鋭さが入り混じっていた。
リリアは俯いたまま、胸の奥からせり上がるものを押し殺すように、唇を噛みしめた。
でも、それを抑えきれるほど器用ではなかった。
ひと呼吸置いて、静かに口を開く。
「……私、ずっと考えてたんです」
声はかすれていたが、確かだった。
「ロブさんって、不老不死で、強くて……きっと、誰よりも遠くへ行ける人で……」
少しだけ視線を上げる。その先には、黙って見守るライゼの姿がある。
「そういう人の隣に立てるのって……きっと、魔王みたいに強くて、長く生きられる人なんだろうなって」
言葉の端が少しだけ震えた。
「だったら、私には……強くなるしか、ないんです。せめて、ロブさんと並んで歩けるくらいには」
テーブルの上に落ちる沈黙が、逆にその言葉の重みを浮き彫りにする。
リリアは拳をそっと膝の上で握りしめていた。
口にした途端、自分の声がやけに大きく響いたように感じた。
言葉の意味が、遅れて胸に降りてくる。
――わたし、何言ってるんだろう?
――こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
どこかで冷静な自分がそう呟いていた。
けれど、それすらもうまく押さえ込めなくなっていた。
目の前にいるライゼの存在が、どうしようもなく胸を締めつける。
気高くて、強くて、美しくて。
何もかも、自分とは違う。
そんな彼女がロブの隣にいても、何ひとつ違和感なんてなかった。
むしろ、あまりにも“お似合い”に見えて――
それが、リリアを焦らせていた。
どうしようもなく、惨めなほどに。
「リリア――」
ロブが何かを言いかけた。
けれど、その言葉は途中で止まる。
横から伸びた手が、彼の腕をそっと制したからだ。
ライゼだった。
ロブの方は見ず、ただ静かに、リリアを見つめていた。
紫の瞳が、真っすぐにリリアを射抜く。
そして、やがて口を開く。
「私が、“なれる”って言ったら……どうするの?」
リリアは言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「……なれないって言ったら?」
ライゼの声に、余計な感情はなかった。
けれど、その分だけ言葉の輪郭が鋭く響いた。
「あなたの“ロブに並び立ちたい”って気持ちって、私に何か言われたくらいでコロコロ変わるような、そんな軽いものなの?」
「そ、そんなこと……!」
リリアは顔を上げ、思わず声を上げていた。
ライゼはそれを確認するように、頷く。
「ないんでしょう?」
その一言が、優しくリリアの胸に触れる。
「だったら、くだらないこと考えないで。黙ってロブの言うこと聞いて、黙って強くなりなさい」
そこまで言って、ふっと微笑む。
「自分の価値なんて、今はわからなくてもいい。でもね――“隣に立ちたい”って願える人がいる。それだけで、あなたは十分、強くなれる」
リリアは、息を詰めたまま、ライゼの顔を見つめ返していた。
そして、ゆっくりと、震えるまま頷いた。
「……はい」
リリアが絞り出すように言った。
そして今度こそ、ロブが口を開いた。
「お前を弟子にすると言ったのは――俺だ」
その声は静かだったが、どこか迷いのない確信に満ちていた。
「前にも言ったよな。“やれるかやれないか”じゃない。“やれ”ってな」
リリアが、ハッと顔を上げる。
「お前が望むことを、全力でやれ」
ロブの声は静かだったが、どこか芯のある強さを帯びていた。
「周りがどう言おうと、うまくいく保証なんてなくてもいい。……それでも、お前が本気で進みたいと思うなら――」
リリアが、はっと顔を上げる。
ロブはその視線を受け止めながら、ためらいもなく言葉を重ねた。
「俺は、それを全部、受け止めてやる」
重ねた言葉に一拍の間を置いて、さらりと続ける。
「逃げたりしない。恥ずかしくても、怖くても、傷ついても――どんな結果になっても、お前が選んだなら、俺は最後までそばにいる」
その瞬間、時が止まったような空気になった。
リリアの頬がみるみるうちに真っ赤になる。
「え……」
ぽつりと漏らし、目を丸くしながら、言葉を失った。
セラフィナは感極まったように手を胸に当てて目を輝かせている。
「お、お師匠様……素敵……!」
フィリアも「やば……今言う?それ?」と目をキラキラさせていた。
エドガーは珍しく真顔で、ロブをじっと見つめていた。
その眼差しには、いつもの皮肉も突っ込みもなかった。ただ、純粋な敬意があった。
「……マジで、師匠すげぇ」
そして、カイ。
手にしていた水の入ったグラスを傾けたまま、こぼれていることにも気づかず――完全にフリーズしていた。
全員がそれぞれの思いで固まる中、当のロブはというと――
きょとんとした顔で、周囲の反応を見ていた。
「…………俺、なんか変なこと言ったか?」
自覚、ゼロ。
沈黙が流れる。
そして。
「――この天然ジゴロが」
ライゼが、しらけたように溜息をつきながら、グラスを置いた。
その一言が静まり返った部屋に響いて消えた。
【リリアの妄想ノート】
《全部受け止められてしまった件について》
……あの瞬間、わたし、たぶん世界で一番真っ赤だったと思います。
トマトよりも、リンゴよりも、ボイルしたロブスターよりも!
だって、「全部受け止めてやる」って――
え、ちょ、待って、それ、言い方ひとつで完全に告白じゃないですか!?
しかもですよ? その直前に「どんな結果でも」って――
それって、“どんなわたしでも見捨てない”ってことじゃないですか!?
言った本人は、きょとんとしてるし……
フィリアさんは「やばい」ってずっと小声で言ってるし……
セラフィナさんは「まぁ! プロポーズですわね」って興奮してるし……
エドガーさんはロブさんを“すげぇ”って見つめてるし……
カイくんはコップ倒しても微動だにしてないし……
……わたし? 動けなかったです。
というか、なんかもう、魂が抜けかけてました。
ロブさん、あなたほんと、罪な人……。
でも。
でも、やっぱり――嬉しかったです。
“そばにいる”って言ってくれて。
“全部、受け止めてやる”って、言ってくれて。
それだけで、泣きそうになるくらい、心が救われたんです。
……結果。
その夜、発熱しました。
セラフィナさんには「お熱が出るほどご執心ですのね?」って笑われて、
フィリアさんには「これは不治の病だね。病名は恋」って真顔で言われて、
わたしは布団の中で転がるしかありませんでした。
ということで、読んでくださった皆さまへ。
感想、ブクマ、ぜひぜひお願いしますっ!
あなたの応援が、恋の特効薬になりますように――




