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第74話 二週間でここまで!?天才弟子たちの急成長とリリアの“恋心”の目覚め

 銀の食器がカチャリと鳴る。

 香ばしく焼かれた肉、彩り豊かな前菜、きらめくスープの数々が長いテーブルに並び、ギルドとは思えぬ豪奢な空気が漂っていた。


「どう? 気に入ってくれた?」


 微笑みながらそう尋ねたのは、藍のドレスに身を包んだ魔族の女性――ライゼ。

 だがその表情に気取ったところはなく、自然体のままテーブル越しにリリアたちの反応を見つめていた。


「はいっ、すごくおいしいです!」


 フォークを手にしたフィリアが真っ先に声をあげる。目を輝かせてグリルされた魚を頬張っていた。


「盛り付けも綺麗で、目でも楽しめますわね。……ギルドでこれほどとは思いませんでした」


 セラフィナも少し驚いた様子で、グラスを傾けながら言った。


「でしょ? 実はこのギルド、食にはちょっと力を入れててね。都市ごとにギルマスの趣味が出るの。うちは“食いしん坊タイプ”ってこと」


 ライゼはくすくすと笑いながらも、ワインの注ぎ方や料理の取り分けにまでさりげなく気を配っている。

 リリアがパンに手を伸ばしづらそうにしていれば、すっとトングを渡してくれたり。

 エドガーがナプキンを落とせば、さりげなく手渡していたり。


 まるで姉のような、母のような。

 けれど、その正体が“北の魔王”だと知っている彼らにとって、それは不思議な感覚だった。


「……ほんとに、魔王なんですか?」


 リリアがぽつりと漏らしたその言葉に、ライゼは首を傾げる。


「ん? なに?」


「い、いえっ……! その、あまりにも気さくで、あの……すごく親しみやすくて……」


「あはは、気さくな魔王でごめんね?」


 ライゼは照れくさそうに笑いながらも、どこか誇らしげだった。

 魔族としての威厳は確かにあるのに、空気を読む力と、自然体の柔らかさで場を包み込んでしまう。


 セラフィナが小さく呟いた。


「魔王というより……親戚のお姉様のような印象ですわ」


「そうそう、それそれ。師匠よりよっぽど話しやすいっていうか……」


 エドガーが口にした瞬間、ロブがちらりと目を向けた。


「……ほう」


 その視線に気づいたエドガーは、そそくさと口を閉じる。


 しかし、ライゼは笑みを崩さず、ロブに話を振った。


「そちらの弟子さんたち、すごく礼儀正しくて素直ね。よく育てたじゃない」


「育てたってほどじゃない。こいつらは弟子入して二週間ぐらいだし」


「……二週間で、ゴブリンスタンピードを止めたの?」


 ワインを口に運ぼうとしていたライゼの手が、ぴたりと止まった。


 その穏やかな顔に、はっきりと驚愕の色が走る。


「五人全員でかかったとはいえ、なかなか派手だったな。初陣がスタンピードってのも、まあ不運っちゃ不運だが」


 ロブは平然とパンをかじりながらそう言った。


「……ちょっと待って。それって……この子たちだけで、対処させたの?」


「うん。まあ、いい機会だと思ってな」


「いい機会って……!」


 ライゼの声に思わず熱がこもる。


「それ、普通なら死んでてもおかしくないでしょ!? 魔族だって滅ぼされるレベルの災厄なのよ、スタンピードって!」


 彼女は信じられないという顔でロブを睨んだ。ピンと張った藍のドレスの袖が揺れる。


「命を賭けて戦ったっていうのに、そんな軽口で済ませるの、どうかと思うんだけど!」


 その言葉に、弟子たちはきょとんとした表情を浮かべる。だがすぐに、それが怒りではなく――自分たちを想っての言葉だとわかって、全員が背筋を伸ばした。


「……ライゼさん」


 フィリアがぽつりと呟いた。


 それは、小さな驚きと、感動のにじむ声だった。


(魔王って……もっと冷たいものかと思ってた)


 無表情で命令するだけの存在。  

 ただの強者。  

 どこか世界の外側にいるような、遠い存在。


 けれど今、目の前で怒ってくれているのは、自分たちの命を、本気で大切に思ってくれる“ひとりの大人”だった。


「……魔王って、もっと怖い存在だと思ってましたけど」


 リリアが小さく口にする。


「すごく……優しい人なんですね」


 その言葉に、ライゼは一瞬だけ言葉を失った。


 そして、視線を逸らすようにして、ロブの方にだけぼそりと呟く。


「……まったく、何考えてんだか、この人は……」


 口調は呆れているのに、目元はどこか優しかった。


「……で、君たちの魔法の才能は?」


 ライゼは話題を変えるように尋ねた。


 するとロブが、パンをもう一口齧ってから、さらりと答える。


「リリアに至っては、弟子入りした時は魔法がまったく使えなかった」


「えっ」


 ライゼの眉が跳ね上がる。


「まったくって……ゼロから?」


「ゼロから。基礎の魔素運用もできなかった。けど一ヶ月で、敵の足止めもこなしてた」


 その瞬間、ライゼの視線がリリアに向く。


「……ほんとに?」


「は、はい……! でも、ロブさんのおかげで……」


「へぇ……それで、スタンピード止めたんだ。すごいじゃない」


 ライゼの声は、完全に本物の称賛だった。飾り気も、建前もない、素直な拍手のような言葉。


 それを受けて、リリアの胸に小さな火が灯る。


(……嬉しい)


 ただ生き残っただけじゃない。  

 努力を見てくれる人がいる。  その価値を認めてくれる人がいる。


 それが、たとえ“魔王”でも。


 弟子たちは一斉に、ライゼの方へと視線を向けていた。


 尊敬と憧れ――そしてほんの少し、安心感を滲ませた眼差しで。


(ロブさん以外にも……こんな“大人”がいるんだ)


 リリアは、そんなふうに思っていた。


 そこに、セラフィナがしみじみと呟く。


「お師匠様に弟子入りする前であったなら、わたくしはゴブリンの群れになすすべもなく殺されていましたわ。けれど、この二週間で魔力が増えましたし、ましてやフィリアさんとカイさんとの合体魔法など、魔導学舎にいる時は絶対に組めませんでしたわ」


 その言葉に、ライゼは一瞬だけ目を見開いた。


「合体魔法? それ、すごく難しい技法よ。普通、二人が完璧に息を合わせるには、相当の時間と訓練が必要でしょ?」


 そこでふと、ライゼの表情に違和感が差す。微笑んだまま、しかし瞳は鋭く細められていた。


「――構文を書き換えたということよね?その場で?」


 場が静まり返る。セラフィナが小さく頷くと、ライゼはさらに口を開いた。


「通常なら、構文の一部を改変するだけでも数日……いえ、下手すれば数週間かかることもあるのよ? 魔法の相互干渉を避けるためには、細かい干渉係数の調整や発動順序、媒介素子の再計算が必要になる。それを三つの魔法を組み合わせるって……」


 ライゼは半ば呆れたように、けれどどこか感嘆のこもった声で続けた。


「状況から考えて、あなたたち、それを数分でやったということよね? ――ちょっと、ありえないんだけど」


 ぽかんとした表情で、それを聞いていたリリアが、ぽつりと呟く。


「そうなんですか? でもセラフィナさんなら、出来るんだろうなって思ってました」


「いやいやいや……」


 ライゼが思わず額に手をやる。


「魔族でも難しいのよ、そんな芸当。属性の違う魔法を組み合わせるなんて、下手すれば構文がぶつかり合って暴発するわ。普通はね、解析班を挟んで、何十回もシミュレーションしてようやく実用レベルになるのよ」


 セラフィナはそんなライゼの驚きに、少し得意げな笑みを浮かべて言った。


「お師匠様にナノマシンの基本構造と、量子力学との関係を教えていただいてからですわ。それからは、魔法というより“現象の操作”として捉えるようになりまして。理解が進めば進むほど、構文の読み解きも早くなりましたの」


「うわ……ガチの理論派……」


 とライゼがぽつりとこぼす。


 そこでエドガーが笑いながら話に割り込んだ。


「俺も闘気ブレイズを覚えてからは、いろいろ腑に落ちたな。体内の巡りがわかってくると、魔法は使えなくても皆が魔法を使うタイミングに合わせられる。ゴブリンキングとも正面からぶつかれたしな」


「ふむ……」とライゼは真剣な眼差しで弟子たちを見渡し、少しだけ口元を緩めた。


「知は力、ってやつね」


 唐突な言葉に、リリアがきょとんと目を瞬かせる。


「えっ?」


 ライゼは肩をすくめ、続ける。


「例えば……エドガー。あなた、いい身体してるわよね」


「へっ……え、ど、どうも……?」


 唐突な褒めに戸惑って赤くなるエドガー。その隣で、セラフィナがじと目を向けている。


 ライゼは気にした様子もなく、真面目な口調で問いかけた。


「で、体を鍛える時、何を意識してる?」


「えーと……腕なら上腕二頭筋、足なら大腿四頭筋ですかね」


 返答が妙に具体的すぎて、一同が微妙な空気になる。

 フィリアが思わず吹き出しそうになりながら視線を逸らし、カイは呆れ顔で小さく頷いていた。


 ライゼはくすりと笑いながら頷いた。


「そう、それよ。“意識する”ってことが大事なの。つまり、“観測”すること」


 場の空気が変わる。ライゼの声が少し低くなり、魔導士としての顔になる。


「ナノマシンは量子に作用する。というより、ナノマシン自体が量子的な存在でもあるの。だから、ただ魔力を流すんじゃなくて――それを“意識する”こと。どこにあるのか、どう動いているのか。認識した瞬間、魔法は段違いに精密になるのよ」


 リリアが目を丸くして頷いた。


「なるほど……“感じる”だけじゃなくて、“見ている”ことが大事なんですね」


 フィリアがぽつりと呟いた。


「……ロブより分かりやすい」


 その言葉に、リリアが「コラッ」と肘でつつくも、フィリアはどこ吹く風で小さく笑っていた。


 まるで、新しい憧れを見つけた少女のように――


 そして気づけば、リリアはすっかりライゼのファンになっていた。


(知的で綺麗で、強くて、優しくて……こんな女性になれたら、ロブさんにもっと近づけるのかな)


 そんな憧れと羨望を抱きつつ、心の呟きは続く。


(……これで、ロブさんのことを好きでなければ、よかったのに)


 そんなふうに思った瞬間、自分の中に湧き上がった言葉に、リリアははっとした。


 その声に戸惑いが走る。


 でも、すぐに否定できなかった。ライゼを見て「素敵」と思った。憧れた。けれど――


 思い浮かべるのは、あのとき手を取ってくれた人。涙を拭ってくれた人。自分の弱さを受け入れてくれた、ロブの姿ばかり。


 胸がきゅっと締めつけられる。


(……あれ?)


 目を見開いた。


(私……ロブさんのこと、好きなんだ)


 静かに、でも確かに、リリアの中でその想いがかたちを成した。


 それは突然の気づきだったけれど、どこかずっと前から知っていたような、そんな優しい真実だった。



【リリアの妄想ノート】


ライゼさんって……めちゃくちゃかっこいい。

魔法のこと、ナノマシンのこと、なんでも知ってて、

おまけに気遣いもできて、話も面白いなんて……あれ?


これって、もしかして“運命の出会い”なんじゃ――


……ううん、違う。ライゼさんを見て思ったの。

私、ああなりたい。ロブさんのそばに立てるくらい、強くて頼れる人になりたいって。


……だって私、

ロブさんのこと――

本当に好きなんだ。


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