第73話 ギルド大注目!“ドレスアップ海老男”と恋の香りと晩餐会
夕陽がギルドのステンドグラス越しに差し込み、広いロビーの床に赤金の影を落としていた。
その光を受けながら、ロブと弟子たちの一行が上階へと向かって歩き出す。
その瞬間――
冒険者たちの視線が、まるで磁石に引き寄せられるように集中した。
「……あれ、なんか……すごくね?」
「ドレス? しかも三人とも違う系統の美人とか反則……」
喧噪は一瞬で熱を帯び、視線とざわめきが津波のように押し寄せる。
普段は泥と汗で彩られるこの空間に、場違いなほど洗練された五人組。特に女子三人の華やかさは、ギルドの空気すら別の場所に変えてしまっていた。
リリアは、突然浴びせられた熱い視線に小さく身を縮めた。
(な、なにこれ……見られてる、すごい見られてる……!)
頬を赤く染め、視線を泳がせる彼女の横で、セラフィナは背筋をぴんと伸ばし、優雅に歩いていた。
「……あの金髪の子、気品ヤバくね? なんか……オーラあるよな」
「貴族だよ、絶対。立ち方が“高位存在”のそれ」
「しかもめちゃくちゃスタイルいい……」
紫のドレスに身を包み、微笑を浮かべるセラフィナに、感嘆と羨望が混ざった息が漏れていた。
さらに、白銀の髪を揺らして歩くフィリアにも、別種の熱が飛ぶ。
「……エルフ!? 本物か? うわ、顔ちっさ」
「あれ……私たち、一生勝てないタイプの女子じゃん……」
白基調のドレスに身を包んだフィリアは、涼しげな笑みを浮かべながらも、視線の集中に慣れていないのか、耳がほんのり赤かった。
だが、その人気は女性陣に限られなかった。
「なあ、あれ……あの後ろ髪の結び方……」
「マジで……海老の尻尾じゃね?」
「えっ、あれが“海老男”の由来……!?」
(そこだったの!?)
リリアが目を丸くして驚く横で、セラフィナとフィリアがこっそり肩を震わせて笑っている。前方を歩くエドガーとカイも、何とも言えない表情で目をそらしていた。
しかし、ロブ自身にも視線が集まっていた。
「いや、実物……めちゃくちゃイケメンじゃない?」
「しかも銀獅子でしょ? 強くてイケメンとか、なにそのチート構成……」
「え、あの人……アリかも……」
(……アリかもじゃない!)
リリアのこめかみがぴくりと引きつった。ぷいっとそっぽを向きつつ、しっかり耳は総受信体勢。
一方、エドガーとカイにも別種の注目が降りかかっていた。
「……あの背の高い男子、鍛え方ガチじゃない?」
「ちょっと待って、あの背筋……あ、やば……ってか惚れる……」
「脚もだけど、お尻すご……」
(……お尻……!?)
明らかに妙な方向で評価されるエドガー。彼はその場でカクンと肩を引きつらせた。
「……ぜんっぜん嬉しくない……」
真っ赤になった耳でつぶやくエドガーの横で、セラフィナが楽しそうに笑う。
「モテモテですわね、エドガー様」
(あ、ちょっと不機嫌になってる)
リリアは気づいて、つい笑ってしまった。
そして――カイ。
「……あの子、絶対人気出るやつ……!」
「人形みたい。無口そうな感じ、逆に尊い……」
「……ねえ、連れて帰りたい……」
(えっ、連れ……えっ!?)
その声に気づかないのは、当のカイだけだった。
「……褒められてる、俺……?」
ぽつりと漏らしたその声に、リリアは生ぬるい微笑をこぼした。
だがそのリリアにも、ついに声が届く。
「……あの赤毛の娘、素朴系ヒロイン感あるな」
「将来絶対化ける系……可愛いな」
(わ、私が……可愛いって……!?)
村でもあまり言われたことのない言葉に、顔が綻びかけたその瞬間。
「……でも、ぺったんこだったな」
(ぺ、ぺったんこじゃないし!!)
ぎゅっと胸元を押さえたリリアは、決意のように背筋を伸ばした。
そんな彼女たちを、受付奥から現れた一人の魔族女性が迎える。
黒髪をまとめ、ぴたりとした制服を着た長身の女性――その名はミルディア。ギルドマスターの秘書である。
「皆さま、お待ちしておりました。ご案内いたします」
冷静なその声音に、一同は背筋を正し、彼女の後を静かに上階へと進んでいく。
やがて、特別室の扉が開かれる。
そこには――藍色のドレスを纏った、ライゼの姿があった。
その部屋の空気は、まるで一瞬、違う時間に切り替わったようだった。
藍色のドレスに身を包んだライゼが、静かに微笑む。
彼女は普段の漆黒のローブを脱ぎ、まるで別人のような雰囲気を纏っていた。透け感のある袖に、銀の飾り紐。ドレスの布地には、魔族の高位紋様がさりげなく織り込まれている。
それでも、彼女の持つ威圧感は確かに抑えられていた。代わりにその場を支配していたのは、どこか人間的な、しなやかな気高さ。
「来てくれて嬉しいわ」
ライゼはロブに視線を向けながら、ゆったりと微笑む。
その一言で、弟子たちは一斉に息を呑んだ。
「……まるで、お姫様……」
誰ともなく、ぽつりと漏れる声。
リリアも同じことを思っていた。けれど、彼女はそれを声には出さなかった。
代わりに、ロブが一歩前に出て、さらりと言った。
「よく似合ってる」
たった一言。
それなのに、ライゼの肩がぴくりと動いた。
「なっ……なによ、いきなり……」
わずかに顔を背けたが、耳が真っ赤に染まっていくのは隠せない。
「べ、別に……褒められたって……う、嬉しいとかじゃ……っ」
口ごもるライゼを見て、リリアは小さく肩を落とした。
(……あれは完全に、わかりやすいやつ)
心の中でため息をつきながらも、どこかチクリと胸が痛んだ。
それを振り払うように、ロブたちは案内されて席に着く。
部屋の中央には長いテーブルがあり、その上には既に料理が並べられていた。香ばしいローストの香りと、ハーブの爽やかな匂いが混ざり合い、食欲をそそる。
「わあ……」
思わず声が漏れたリリア。
色とりどりの料理。グリルされた肉、煌めくようなスープ、宝石のように美しい前菜。どれも、旅の宿では決して出てこないものばかりだった。
「これ……本当に、ギルドの料理なんですか?」
「ふふ。ギルドも都市によっては力を入れてるのよ。料理人のレベルは王城の厨房にも劣らないわ」
ライゼが笑みを浮かべ、ワインを注ぎながら答える。
「遠慮しないで。あなたたちのために用意した晩餐よ」
ロブはあまり躊躇することなく、さっそくパンをひとつ取ってかじった。
「……ああ、これうまいな。焼き加減が完璧だ」
「ねえ、もうちょっと感謝の言葉とかないわけ?」
膨れっ面で言うライゼのグラスに、ロブはさりげなくワインを注いで返す。
「ありがとな。料理もうまいが、ドレスのセンスも悪くない」
ライゼはぴくんと肩を震わせ、また耳が赤くなる。
「……調子狂うわね、ほんとに……」
その様子を、弟子たちは沈黙のまま観察していた。いや、観察というよりは——戦々恐々、という方が近い。
特にリリアは、明らかに視線を泳がせながらスープをかき混ぜている。
(……なんかもう、恋人同士みたいじゃん)
そんな思いが頭の中をぐるぐると回っていた。
食欲はあるのに、胸の奥が妙に重くて、スプーンが進まない。
「スタンピードの阻止、ありがとう」
ライゼがふと真面目な声で言った。
「ギルドマスターとしても、北の魔王としても……心から感謝してる」
「別に。やるべきことをやっただけだ」
ロブの声はいつものように平坦で、だからこそ——
(ああ、ずるいなこの人)
リリアはまた、胸の奥をぎゅっと締め付けられたような感覚を覚えていた。
(……私、今、何に負けた気がしてるんだろう)
そんな疑問が、ワインよりも苦く胸の中に残った。
【リリアの妄想ノート】
……えっ? なに、今日の私、ちょっと可愛いって言われた……?
しかも「化けるタイプ」とか言われた……っ!!
(ぺったんこって言われたけどな!?)
でもね、あの瞬間はちょっとだけ、ちょっとだけドキドキしてたの。
だって、ロブさんがライゼさんに「似合ってる」って……。
あれ、反則でしょ……。
セラフィナさんが「モテモテですわね」って微笑むのも、
フィリアさんが耳真っ赤にしてるのも、可愛くてずるい……!
でも……でも私だって!
ロブさんに振り向いてもらえるくらい、頑張ってみせます!
次にドレス着た時は、絶対「一番可愛い」って言わせてやるんだから!
(ついでに、ぺったんこじゃないって証明する!!)
——読んでくださってありがとうございますっ! よければブクマ&感想で応援してもらえると、リリアが調子に乗ってもっと可愛くなります(たぶん)!




