第72話 ドレスアップ・ライバル出現!?ロブさんの“綺麗だ”は反則ですっ!
報告が一段落したのは、空気が張り詰めた数十分後のことだった。
「……以上よ」
低く落ち着いた声でそう締めくくると、ライゼは軽く息をついて背凭れに身を預けた。
肩から力が抜けたその仕草は、ギルドマスターとしての仮面をほんの一瞬だけ下ろした証拠。
沈黙が落ちる。
けれど、その余韻を壊したのもまた、彼女だった。
「ねえ、あなたたち……今夜は、この街に泊まるのかしら?」
ふいに柔らかくなった声に、ロブが顔を上げる。
彼の視線が、隣に並んだ弟子たちに向けられた。
リリアたちは皆、ゴブリンの激戦の爪痕をまだ体に残していた。
泥にまみれ、髪は乱れ、瞳には疲労の色が浮かぶ。
「……ああ、今夜はバルハルトに腰を据えるつもりだ」
ロブは頷きつつ答える。
その言葉を聞いたリリアたちが、自然と背筋を伸ばした。
「この街で、自分たちだけで依頼をこなす経験を積ませておきたい。しばらくは、ここに滞在することになるだろうな」
ロブの方針に、弟子たちは静かにうなずいた。
その様子を見たライゼが、ふっと目線を窓の外へ逸らす。
そして——思い切ったように、ぽつりと呟いた。
「……そう。なら……もしよかったら、今晩、食事でも一緒にどうかしら」
言葉の端に、わずかに戸惑いがにじむ。
だが、そのまま彼女は強引に続けた。
「ほら、あなたたちも疲れてるでしょうし。そ、それに……ギルドマスターとして、歓迎の席くらいは設けるべきっていうか……!」
どこか早口だ。
ローブの袖をいじる手が妙に落ち着きなく、まるで“動揺しています”と体で表現しているかのようだった。
「べ、別に深い意味はないのよ? 義務。そう、ギルドマスターとしての義務よ」
紫の瞳がちらりとロブを見たかと思えば、すぐに逸らされる。
そして、その頬は……誰が見ても明らかに、ほんのり紅潮していた。
リリアの眉が、ぴくりと動いた。
(…………わかりやすすぎるっ!!)
心の中でつい叫びながら、リリアは唇を引き結ぶ。
一方ロブはというと——
「ああ、いいな。久しぶりにお前と飯を食うのも悪くない。こいつらにも、ちゃんとした飯を振る舞ってやりたいしな。期待してもいいか?」
あっさりと笑って返した。
その言葉に、ライゼの肩がビクッと揺れた。
……が、すぐに咳払い一つ、胸を張って返す。
「も、もちろんよ。ギルドの誇りにかけて、全力でもてなしてあげるわ!」
どこか誇らしげなその表情に、リリアの目尻がさらに引きつる。
(……もう完全に“そっち”じゃん……)
心の中ではツッコミの嵐。
だが、顔には出さずにぷいと横を向いた。
そのやり取りには気づかないふりで、ライゼは立ち上がる。
ローブの裾を整えながら、静かに微笑む。
「夕食はギルドの上階に個室を用意しておくわ。……楽しみにしてるから」
ロブの方にちらりと視線をやり、ローブを翻して出ていく。
その背中を、弟子たちは沈黙のまま見送った。
とりわけリリアは、扉の閉まる音に目を細めながら、心の中で呟いた。
(……あれは絶対、ただの“業務連絡”じゃないってば……)
胸の奥で、ちくりとした違和感と、ほんの少しの不安が燻り始めていた——。
ギルドでのやり取りを終えたあと、夕食までのひとときを利用して、ロブの提案で一行は宿へと戻った。
女子組に用意されたのは、ギルド近くにある落ち着いた内装の三人部屋。
窓から見下ろせば、バルハルトの夕暮れが街並みを朱に染めていた。
「……わあ」
リリアが思わず感嘆の息をもらす。
ふかふかのベッドに身体を預けたくなる衝動を抑えつつ、彼女はそっと荷物の包みを開いた。
中にあったのは——ロブが用意してくれた、真新しいワンピース。
深みのあるワインレッド。
シルエットは動きやすさを重視しながらも、胸元の小さなリボンやウエストの切り返しが、自然な曲線を引き立てるよう計算されていた。
「……これ、私たちのために?」
「お師匠様、こういうところ妙に細かいのですわよね。戦場では食事は干し肉、装備は最低限。でも衣装は抜かりなし」
セラフィナが腕を組んで呆れ混じりに言ったが、その口調にはどこか嬉しさも滲んでいる。
彼女が手にしたのは、淡い紫に金糸のアクセントが入ったドレス。
鏡の前でそっと広げるその仕草に、思わずリリアが息を飲んだ。
「セラフィナさん……似合いそう……」
「ふふ、当然ですわ」
普段の冒険用チュニックを脱ぎ、するりとドレスを身に通す。
布が肌に沿うたび、ドレープが波のように揺れる。
肩を包む薄布からのぞく華奢な鎖骨に、気品が宿る。
そんな光景に釘付けになっていたのは、リリアだけではなかった。
「わあ……セラ、舞台女優みたい」
フィリアがぽつりと呟きながら、自分も静かに服を脱ぎはじめる。
彼女のドレスは、白を基調とした軽やかなもの。
滑らかな銀髪と相まって、まるで物語に出てくる妖精のようだった。
肩を出すタイプのそのドレスは、動くたびに繊細な背筋のラインを際立たせる。
少女らしい柔らかな体つきが、革製のアクセントにほんの少しだけ隠されているのが、逆に目を引いた。
「え、これ……胸のところ、ちょっと……ぴったりしすぎじゃない?」
フィリアが小さく身じろぎすると、布地の曲線がわずかに膨らみ、スカートの裾がふわりと踊った。
「問題ありませんわ。あなたの場合、胸よりもウエストと脚線美の方がアピールポイントですもの」
「う、うぇ……ありがと?」
リリアは二人のやり取りを横目に、自分のワンピースをぎこちなく着替え始める。
「……こういうの初めて着るから緊張しちゃう」
彼女のワインレッドのワンピースは、ほんのり艶のある生地で、見る角度によって深紅にも黒にも見える。
首筋までしっかり包むデザインだったが、腰元は絞られていて、自然とその輪郭が際立つ。
布の柔らかさに包まれながら、リリアは鏡の前で身体をくるりと回す。
(……おお、ちょっと大人っぽいかも……!)
ほんの少しだけ胸元の布が張るのを見て、ひとり小さく胸を張ってみた。
(ぺったんこなんて言わせないからね……!)
その姿に、セラフィナがふと視線を向けた。
「リリアさんも、見違えるほどですわね。紅茶の国のお姫様のよう」
「……べ、別にそんなことないですってば!」
「……ほんとに。綺麗」
フィリアの素直な一言が刺さり、リリアはさらに真っ赤になった。
部屋には、静かに少女たちの笑い声が溶けていく。
窓の外では、夕陽がバルハルトの街を黄金に染めながら、ゆっくりと沈んでいった。
(……ロブさん、これ見たら……どんな顔するんだろ)
ドキドキと胸が鳴る。
まだ見ぬ夕食会に向けて、三人の準備は、静かに、しかし確実に進んでいった。
日が暮れる頃、ギルド前の広場は夕闇に沈み始めていた。
温かな街灯がポツポツと灯り、賑わいも少しずつ落ち着きを見せていく。
その中で、ロブ、エドガー、カイの三人は広場の噴水前で静かに待っていた。
三人とも、いつもの装備を脱ぎ、落ち着いた装いに着替えている。
しかし、言葉は少なく、なぜか皆、そわそわと落ち着かない。
そんな空気を破るように、宿から三つの影が現れた。
ワインレッド、淡紫、そして白銀の衣装が、街灯の下でふわりと揺れる。
普段は戦闘服に身を包む三人の少女たちが、まるで舞踏会にでも招かれたかのように歩いてくる。
「……」
エドガーとカイが思わず息を呑んだ。
そして、ロブは——
その場で完全にフリーズしていた。
とくに視線の先にいるのは、ワインレッドのワンピースを身にまとったリリアだった。
髪は軽く巻かれ、耳元で揺れる小さな飾りが、街灯の光を淡く反射する。
胸元に結ばれたリボンがほんのりとした華やかさを添え、普段の素朴な雰囲気とはまるで別人のようだった。
(……なにこれ……ロブさん、完全に止まってる……)
リリアは最初にそれに気づいた。
視線が、まっすぐに自分だけに注がれていることに。
まるで、世界に二人しかいないかのような錯覚さえ覚えるほど、強く。
「……え、あの……ど、どうですか……?」
思わず問いかけてしまう。
緊張で指先が冷たい。
けれど——その言葉に、ロブがほんのわずかに息を呑み、低く答えた。
「……綺麗だ」
ロブが静かにそう呟いた瞬間、時が止まったような空気が流れた。
それは、明らかにリリアに向けられた言葉だった。
あまりにも直球で、あまりにも不意打ちで——
「えっ……えぇええっ!?」
リリアは真っ赤な顔で、両手で頬を覆って俯く。
その様子を見たロブもようやく“やらかした”ことに気づいたのか、咳払いひとつ。
「……まあ、その、だな。ドレスのセンスが良かったってだけで……うん。あくまで総合的な意味でだ」
「いや、それはもう手遅れってやつですわよ」
セラフィナが涼やかな笑みで鋭く突っ込みを入れる。
だがその頬はほんのりと赤い。
そんな彼女に、隣にいたエドガーがふと視線を向け、ぽつりと呟いた。
「……そのドレス、すげえ似合ってるよ。髪と、瞳の色と……ぴったりだな」
「……!」
セラフィナは少し目を見開いた後、ぱちりと瞬きしてから、控えめに口元をほころばせた。
「ふふ……ありがとう、エドガー様。あなたがそう言ってくださるなんて、光栄ですわ」
一方、無言でフィリアを見ていたカイも、ぽつりと呟く。
「……清らかっていうか、……風っぽい」
「へっ?」
フィリアが小首を傾げる。
「今日の服。君に、すごく合ってる。……風の精霊みたいで、綺麗だった」
それは少し不器用で、けれどまっすぐな褒め言葉だった。
フィリアは耳まで真っ赤にしながら、慌ててスカートの裾をつまむ。
「え、えへへ……そんな、言われ慣れてないから、ちょっと……」
嬉しそうに笑うフィリアに、カイは目をそらして「言い過ぎたか……」と小さくぼやく。
……そんなやり取りを、リリアは横目で見ていた。
頬の熱がまだ引かず、ワインレッドのリボンをぎゅっと握りしめる。
(……みんな、なんかいい感じなのに……)
ちらりと、まだ気まずそうに横を向いているロブを見る。
(……なんであの人だけ、ああなんだろう)
そして、ぼそっと付け加えるロブの声が耳に入る。
「……まあ、実際に綺麗だったってのも、あるけどな……」
リリアは思わず息を止めて——そして、心の中で叫んだ。
(ああもう、そういうの、ずるいってば……!)
そのまま、頬を押さえて、熱のこもった顔を隠すように一歩前に出た。
「……はやく、ギルド行きましょうっ!」
彼女の背中を、ロブはほんの一瞬、誰にも気づかれないように見つめた。
その視線は、どこか安堵と、微かな後悔が混ざっていた。
【リリアの妄想ノート】
『ロブさん、今日はどうかしてたんじゃ……!?』
ロブさん、普段は「お疲れ」くらいしか言ってくれないのに、
今日に限って「綺麗だ」って……え、なに!?どういう感情!?
急にそんなこと言われたら、こっちはいろいろ誤解しちゃいますけど!?(←した)
ていうか、あんな堂々と褒めるとかずるい!
そのあと普通にしてるのもずるい!
そりゃもう私だって――
……あっ、やば。
また妄想で時間飛んでた……。
【セラフィナ&フィリアの妄想ノート】
【セラフィナのノート】
タイトル:“綺麗だ”発言の真意を考察しますわ”
お師匠様、あれは完全に……狙って言ってませんでしたわよね?
ああいうのを天然たらしというのでして?
わたくしの予測では、あの瞬間の脳内再生回数、リリアさんはすでに三桁超えてますわ。
でも……ほんとに、綺麗でしたのよ?
……ええ、妬ましいほどに(ボソッ)
【フィリアのノート】
タイトル:リリア、惚れ直しカウント+1
あーあ、やられたね、リリア。
あれはさすがの私でも照れるレベル。
ていうか、あんな真顔で褒める!?普通!?ロブってほんと不器用モテの王道すぎる!
で、案の定リリアは真っ赤でフリーズしてたし。
ねぇリリア。
――は?「綺麗だ」?
は?ツンデレか?可愛すぎか?(ロブが)
とりあえず、妄想中にまた壁に頭ぶつけるの禁止ね?
※感想・ブクマお待ちしております!リリアの赤面具合が気に入った方はぜひ!




