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第70話 バルハルトのギルマスは恋する魔王様!?ロブさんモテすぎ問題!

 灰色の石畳が、真っ直ぐに先へと続いていた。


 バルハルト――西方国境にほど近い、山岳地帯の中に築かれた街。


 人間領と魔族領を隔てる山脈の麓に位置するこの地は、冒険者の街として知られている。


 ギルド本部があるのは王都レガリアであり、所属冒険者は最も多い。

 だが、常に実戦を求める冒険者たちが集まり、周辺の魔物の駆除や未開拓地の探索を担っている。


 そのため、バルハルトはギルドの支部としては規模も大きく、冒険者の活動拠点として栄えていた。


「……へぇ……ずいぶん活気ある街なんですね」



 リリアが周囲を見渡しながら呟く。


「テルメリア村には一番近いんでこれからはよく立ち寄ることになる。お前らも覚えとけよ」


 ロブが答える。


 市場の喧騒、店先の賑わい、露店から漂う焼き菓子の甘い香り。


 石畳の広場に入ったところで、リリアがふと立ち止まった。


 人々の間を歩く、黒い角を持つ青年。白髪で赤い瞳の少女。明らかに人間ではない、魔族の姿がちらほらと見える。


「……ロブさん、あれ……魔族ですよね?」


 リリアが思わず問いかけると、ロブは歩を緩めずに答える。


「そうだ。この街は、魔族と人間が共に暮らす中立都市。交易も文化も、共に発展させようとしている。二十年前から本格的に始まった取り組みだ」


「二十年前……ずっと前から、なんですね」


「ああ。このバルハルトは、今後の人間領と魔族領の国交正常化の“橋渡し”になると期待されてる」


 その言葉に、リリアは複雑な表情を浮かべた。


 ラクタの谷での戦いのあとに現れた仮面の道化――ベレフォンが口にした名前が、頭をよぎる。


「……でも、それって……」


 リリアは唇を噛み、ロブの横顔を見上げた。


「……ベレフォンが“宣戦布告だ”って言ってました。魔王ライゼへの挑戦だとも……。あれって、本当の話なんですか?」


 ロブはわずかに目を細める。


「……よく覚えていたな」


 彼は足を止めて振り返ると、静かに告げた。


「魔王ライゼ。あれは、数少ない“共存派”の筆頭だ」

「共存派……?」


 リリアが問い返すと、セラフィナが代わって説明する。


「魔族の中にも、人間との共存を望む派閥と、絶対に相容れぬとする過激派がいますの。 北の魔王ライゼはその前者。理性と知恵を重んじ、決して無益な殺生を好まない……魔族でありながら、我々に対話の道を示してくれる方ですわ」


 その説明を聞き、リリアは思い出す。



「じゃあ、ライゼって……本当に“いい魔王”なんですか?」


 素朴な疑問をぶつけると、ロブはわずかに頷いた。


「いい魔王かどうかは人による。ただ、少なくとも“敵”ではない。むしろ、今のこの街が存在できているのは、ライゼが支援しているからだ」


「……そんな人まで敵視されてるんですね……ベレフォンや……魔王バルゼルに」


 リリアが名を挙げると、セラフィナの眉がきゅっと吊り上がる。


「ええ。ベレフォンのような輩……そして、“魔王バルゼル”。 彼らこそ、人間を見下し、支配すべき対象と見做す“古き魔族の象徴”ですわ」

「まあ、魔族が人間に敵意を抱くのも無理はない。自分達を作り奴隷のように使った挙句、邪神のしもべとして糾弾したわけだからな。今の人間は三千年前のことを知らない。しかし、長命な魔族は、ことの真相を正確に後の世代に伝えていた。そりゃ恨みたくもなる」


 ロブは淡々と言葉を紡ぐ。

 その口調は達観した賢者のようだった。


「とはいえ、それも全ての魔族が人間を敵視しているわけではない。魔族の一部。人間側の保守派。この街の表の顔は“共存”だが、裏では様々な思惑が交錯している。だからこそ……」


 彼は一歩、足を止めて振り返った。


「この街で無用な騒ぎは起こすなよ。特に、ギルドの中ではな」


 その言葉に、弟子たちはいっせいに緊張したように背筋を伸ばした。


 そして、バルハルト冒険者ギルドの大扉を、静かに開ける。


 ロブが先頭に立ってギルド内へ足を踏み入れる。


 石造りの広いホールには、多くの冒険者たちが集い、喧噪と笑い声が飛び交っていた。

 受付前では報酬を受け取る者、壁際では新たな依頼を吟味する者。

 奥の酒場スペースからは、ジョッキが打ち合わさる乾いた音と、酔った歌声が漏れてくる。


 その賑わいは、ロブたちが入ってきても、まったく止むことはなかった。


 一部の冒険者がちらりと目を向けたが、すぐに興味を失ったように談笑へと戻っていく。


 だが――その中に、一人だけ、ロブの姿に反応を示した男がいた。


 筋骨隆々の中年剣士。胸には銀のAランクバッジ。

 短く刈られた灰色の髪に、傷の走る右頬が印象的な男だった。


「……おいおい。どこの田舎者かと思えば、海老男様じゃねぇか」


 ロブの正面に、のし、と割って入る。


「お前、生きてたのかよ。とっくにくたばったと思ったぜ」

「久しいな、ザック」


 ロブは眉一つ動かさず、肩をすくめて応じた。


「今度は護衛任務か? やけにちんちくりんが多いじゃねぇか」


 ゲイルは、ロブの背後に並ぶ弟子たち――リリア、エドガー、セラフィナ、カイ、フィリアを順番に見やって、口角を吊り上げた。


「……まさか、子守りの依頼でも受けたってわけじゃねぇだろうな?」


 リリアがぐっと一歩前に出ようとするのを、ロブが手で制した。


 その手を見て、ザックは鼻で笑う。


「ま、てめえみてえな腰巾着には、そんなガキしかついてこねえわな。統括のゼランやセレニアについて回るだけが取り柄の若年寄りにはな」


 ザックが笑う。

 周りの冒険者も肩を揺らして笑うが、彼らこそ腰巾着だろうとリリアは思う。


「遊びに来たわけじゃない」


 ロブはそんな挑発を涼しげに躱し、冷静に口走る。


「今回のゴブリンスタンピードは、俺たちが止めた」


 ――その言葉に、周囲の空気が変わった。


 がやがやと騒がしかったホールの一角に、ぴしりと緊張が走る。


 先ほどまでロブに無関心だった冒険者たちが、次々に顔を上げた。


「……スタンピード……?」

「止めたって、まさか“ラクタの谷”の……?」


 ゲイルの顔からも、軽薄な笑みがゆっくりと消えていった。


「お前が……? いや、まさか……」


 そのとき――


「その通りです。彼らが止めた。俺が現場の証人だ」


 ギルドの奥、通路から現れたのは、整った顔立ちの青年剣士。


 深い青のマントに、銀のエンブレムを留めた鎧。

 蒼鷹そうようのロイスだった。


「ロイスさん!」


 リリアが目を見開いて振り返る。


 ロイスは軽く手を挙げて応え、ロブの隣に並ぶように進み出た。


「この人たちがいなければ、今頃、ラクタの谷周辺の町や村は全滅していた。俺たちも間に合わなかっただろう。……まったく、とんでもない連中だよ」

「…………」


 ザックが口をつぐむ。視線が、ロブからロイスへと動く。


 静まり返る冒険者ギルドの空気。


 その中で、ただロブだけが、変わらぬ調子で呟いた。


「通してくれ、ザック。話すべき相手がいる」


 静まり返った冒険者ギルドの中央で、ロブとゲイルが向かい合う。

 空気が張り詰めていた。


「……調子に乗ってんじゃねえぞ」


 ザックが、わずかに声を低くした。

 それは先ほどまでの軽口ではなく、明らかな――挑発。


「ガキを連れて、ギルドを見物に来たわけじゃないんだろ? じゃあなんだ。武勇伝のご披露か? “俺様がスタンピードを止めてやった”ってな」


 周囲の冒険者たちが息をのむ。

 だがロブは、一切動じない。


「事実を伝えただけだ」

「“事実”ねぇ。……ああ、確かに、お前がそういうことをやらかすのは今に始まった話じゃねぇ」


 ザックはぎり、と拳を握りしめた。


「だがな、ロブ。てめぇがギルドから姿を消して、どれだけの月日が経ったと思ってんだ?」


 ロブは答えない。ただ、静かにその言葉を受け止めている。


「……こちとら、ずっと現場で這いずり回ってた。街を守って、人を庇って、仲間を失って、それでも前に進んできた。そういう奴らが、ここに山ほどいるんだよ」


 ザックの声が徐々に上ずる。


「それを、何だ。数年も何の音沙汰もなかったお前が、のこのこ戻ってきて、“俺がやりました”だと?」


 拳を、ロブの胸の前で振り上げた。


「お前がどれだけ昔、偉かったか知らねぇが――今のギルドで、てめぇは何者でもねぇ!」


 リリアが息を呑み、セラフィナが目を細める。

 弟子たちの背に、緊張が走る。


 だが――ロブは一歩も引かず、まっすぐにザックの瞳を見据えていた。


「……言いたいことはわかる。だが、拳で感情を表現するのはよくないな。俺を殴ったその先、どうなるか分かっているのなら好きにしろ」


 その言葉は、むしろ静かだった。

 けれど、その静けさの裏に、刃のような気迫があった。


 一瞬――ザックの手が震える。


 誰もが固唾を飲んだ、その瞬間だった。


「――そこまでにしておけ、ザック」


 柔らかく、けれど空気を貫くような女の声が響いた。


 その声は、全員の鼓膜に届いた瞬間、ギルド全体を支配するように――静かに、重く降りてきた。


 ギルドの奥の階段から、一人の人物がゆっくりと歩いてくる。


 光を受けて揺れる、銀の髪。褐色の肌。

 漆黒のローブに、宝石のような紫の瞳。

 そして、この世の美を集約したような、彫像のように整った顔立ち。


 リリアはその予想外の姿に息を呑んだ。


(………魔族?)


 その姿はまさに魔族だった。

 中立都市バルハルト。


 その冒険者ギルドのギルドマスターが魔族であることはあり得たのかもしれない。


 しかし、リリアには完全に想像の外のことだった。


 ザックがぎり、と唇を噛んだ。


「……ギルマス……」


 ロブの目にも、一瞬だけ複雑な感情がよぎる。

 それを読み取った者は、ほんの数人だけだった。


 その場に、静寂が降りる。


「……ロブ。随分久しぶりね。あなたがこのギルドに来るとは、思っていなかったわ」

「………色々とやることがあってね。挨拶が遅くなってすまん」

「二十年は待たせ過ぎじゃないかしら?」


 親しげにロブと話すその表情はとても美しく、温かだった。

 その柔らかい声音には、僅かな懐かしさと、感情の揺れが混じっていた。


(………なんだろう。この二人、ただならぬ″なにか″を感じる)


 ロブとこの魔族の少女との間に妙な雰囲気を感じ取り、リリアは警戒を強める。


 その後に立っていたセラフィナが、わずかに目を見開く。


「……紫の瞳、銀の髪、褐色の肌、そして……この威圧感。まさか……話に聞いていた“あの方”の……」


 その隣で、フィリアもぽつりと呟く。


「……私も、ママに聞いたことがある……」


 エドガーとカイはきょとんとした表情を浮かべている。


 この二人はよくわかっていないようだった。


 ロブは静かに五人を見やり、そして淡々と告げた。


「紹介する。この方こそ、バルハルト冒険者ギルドのマスターにして、――北辺を統べる魔族の長、“北の魔王”ライゼだ」


 一瞬の静寂。そして−−−−


「えええええええええええっ!?!?!?!?」


 リリアの絶叫が、ギルドの石造りの天井に木霊した。


 その声に、酔いどれ冒険者のジョッキが止まり、奥の受付嬢がペンを落とし、入り口近くの猫がビクッと跳ねた。


 静まり返るギルドホールの中で、リリアだけが、口をぱくぱくとさせながら固まっていた。


(うそでしょ!? ギルドのマスターが……魔王!?)


 その衝撃は凄まじかったが、リリアが第一に驚愕したのは彼女の正体ではない。


 リリアは見たのだ。


「急に紹介するからあなたのお弟子さんがびっくりしてるじゃない。相変わらず空気を読まないわね」


 そう言う魔王ライゼが銀髪をかき上げ、露出した尖った耳が真っ赤に染まっているのを。


(あの耳の赤さ、あの目……えっ、これってまさか――いやいや、そんなバカな……よね?)


 その上、ロブを見る紫の瞳が僅かに潤んでいるのを。


「寂しかったか?」


 おどけて言うロブ。


 何言っとんじゃわれ!


 と言いたくなるのを抑えて魔王ライゼの様子を伺うと、彼女は形の良い眉を吊り上げた。


「ば、馬鹿じゃないの?あんたが野垂れ死にしてないか心配してあげてただけよ!」


 ものすごく分かりやすいツンデレ。


 これは−−−−

 

(……ちょっと待って、この雰囲気……もしかして……そういう感じ!?)


 リリアは心の中で二度目の絶叫を上げた。






 

《リリアの妄想ノート》


タイトル:『ギルドのマスター、魔王ライゼ(恋してる)』


えーっと……はい。

今日の妄想というか、現実が妄想を追い越しました。


まず、ギルドのマスターが魔族だったんですよ!?

まあまあそれは百歩譲るとして。


魔王でした。


しかも――北の魔王ライゼ様!!(全力で土下座したくなるカリスマ)


で、ですよ。


ロブさんが紹介して、周囲がざわついて、わたし絶叫して(今日三回目の絶叫)、 それで終わりかと思ったら、


なんか……なんか雰囲気が甘いのよ!!


なに「寂しかったか?」って!!

なに「ば、馬鹿じゃないの?」って!!


は?ツンデレか?

可愛すぎか!?


いやいや、あの耳の赤さよ!?

あの瞳の潤みよ!?

こっちは焼き菓子の甘さで満足してたのに、こっちはもっと甘かったよ!!


あんなの見せられたら……見せつけられたら……

私、嫉妬で魔王になりそうなんですけど!?


結論: ・ギルドのマスターは魔王(事実) ・魔王ライゼさん、ロブさんにガチ恋疑惑 ・お師匠様、まさかの鈍感系イケメン? ・私のライバル、強すぎませんか……?


ロブさん、今夜じっくり問い詰めます。


震えて待て!!


【もう作者のあとがきいらんだろ】


というわけで次回もお楽しみに!

ブクマ、感想してくれたら飛んで喜びます!


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