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第68話 氷雷風衝撃《アーク・ゲイル・グレイシャー》、発動前夜

 ロブは油断なく、眼前に広がるゴブリンの群れを見渡した。

 その中に、ひときわ異彩を放つ異形の巨体――瘴気を纏った緑色の化け物がいる。

 ロブの視線が、その一点を鋭く射抜いた。


「……ゴブリンキングか」


 低く呟き、エドガーとフィリアに目を向ける。

 そして、わずかに力を抜いた笑みを見せた。


「この数を相手によく持ちこたえたな」


 エドガーが破顔し、フィリアは口をとがらせてそっぽを向く。


「……遅いのよ。来るのが」


 その様子に、ロブは苦笑を浮かべた。相変わらず素直じゃない――だが、それも彼女らしさだ。


「元気そうで何よりだ」


 ロブはゴブリンの群れを一瞥し、静かに告げる。


「こいつらを放置すれば、いずれスタンピードに発展する。ここで――全滅させる」


 その宣言と同時に、ロブは剣を抜いた。

 それに呼応するように、リリア、セラフィナ、カイもそれぞれの武器を手に、身構えた。


 ロブの身体が淡く光る。


 ヴェールーーー闘気の外套をみにまとうと、大地を蹴る。


 瞬間、彼はゴブリンの群れに凄まじい速さで突っ込み、瞬く間にゴブリン三体の首が血しぶきを挙げて宙に舞う。


 エドガーはその光景を見て気付く。


ーーーそうだ。ヴェールは身を守るだけじゃない。


 先程は自分も剣に闘気を纏わせ戦った。

 だが、闘気はもっと応用できる。


ーーー最初に師匠が教えてくれたってのに情けないな。 まったく、俺ってやつはポンコツだ。 そんなんじゃセラを守れない!


 自分への叱咤を胸に精神を集中する。


  温かな空気が自分を包む。


 ヴェールがエドガーの体を包んでいるのを確認すると、重心を落とし、力強く地を蹴る。


 今までに味わったことのない疾走感が支配する。


 そして、一瞬後にはゴブリンの胴を切り裂いていた。


  さらに近くの個体の首を撥ね、返す刃で別のゴブリンを屠る。


「おっ、すげえ!」


 エドガーの猛攻に、カイが感嘆の声を上げた。


 ロブは目を細め、どこか嬉しそうに言う。


「戦いの中で、コツを掴んだか」


 慎重に近づきながら、落ち着いた声で呼びかける。


「はい!」


 エドガーの返事は短いが、胸に宿る自信がそのまま響いていた。

 朝の気負いはもう、どこにもない。


「よし、このまま押し切るぞ」


 ロブがエドガーの隣に並ぶ。


 身長だけなら、エドガーのほうがわずかに高い。

 それでも今までは、ロブに“越えられない壁”のようなものを感じていた。


 だが今は違う。

 横に立ってくれたことが、何よりの証に思えた。


 誇らしくなった。

 剣を構え直し、力強く返す。


「はい!」


 その気迫に、ロブがまた薄く笑った。


 二人は並んで、剣を手にゴブリンの群れへと切り込んでいった。


 リリアは《フレア・バレット》を唱え、一体のゴブリンを火だるまにした。

 だが、敵の数は多い。


 魔石の力を使わずに魔法を撃てるようになったとはいえ、魔力量にはまだ不安がある。

 全滅させる前に、魔力が切れるかもしれなかった。


 そのとき、視界に飛び込んできたのは、ヴェールを纏って戦うロブとエドガーの姿だった。


――あんなふうに、戦えるのか……。


 リリアは腰の短剣に手をやる。

 視線を巡らせると、セラフィナとカイが魔法でゴブリンを薙ぎ払い、フィリアは風の魔法で吹き飛ばしながら、矢を放って後方支援している。


――みんな、それぞれの戦い方があるんだ。


 リリアは短剣を抜き、精神を集中させた。

 エドガーのように、闘気ブレイズを纏うことをイメージする。


 すると、身体の周囲に何かが立ち上がる感覚があった。

 肌に張りつくような、心地よい緊張。


――私も……できてる!


 駆け出す。

 加速する身体。

 世界が、少しだけスローモーションになったように見えた。


 迫るゴブリンの喉元へ跳躍し、握りしめた短剣を叩きつけるように斬りつける。


 ブシャアアアア……!


 血柱が噴き上がり、ゴブリンは絶命した。


「できた!」


 リリアが満面の笑みで声を上げる。

 だが、ロブたちは一瞬沈黙したままだ。


「できました、ロブさん! エドガーさん!」


 はしゃぐ赤毛の少女に、ロブは口元をひくつかせながら答えた。


「お、おう! その調子だ」


 なんとか返事を返したあと、エドガーに目をやる。


 彼は無言で、リリアを見つめていた。


「まあ、人のを見てすぐ真似できるやつもいるもんだ。落ち込むな」


 エドガーは一瞬だけ苦笑いを浮かべたが、すぐに顔を引き締める。


「他人は他人。俺は俺ですから」


 嫌味のない、まっすぐな表情だった。


 ロブは何も言わず、そのまま次の一体を地獄へ送った。





 ゴブリンキングが再び咆哮を上げた。


 その声は、谷全体を揺らすような重みを持ち、周囲の空気すら震わせる。

 すると、それまで無秩序に動いていたゴブリンたちが、一斉に動きを変えた。


 まるで指揮を受けたかのように、散らばっていた群れが整列し始める。

 前衛は前に、後衛の中には、なんと弓を構える個体すら混じっていた。


「まずい、来る……!」


 カイが叫ぶより早く、数本の矢が鋭く放たれる。

 狙いは、まさにリリアたちの中心だった。


「下がって!」


 セラフィナが杖を掲げ、即座に詠唱する。


凍結障壁フロスト・バリール!」


 瞬間、淡い青の光が弾け、冷気とともに氷の壁が立ち上がる。

 放たれた矢が次々と氷に突き刺さり、鋭い音を立てて弾かれた。


 氷壁の向こう側で、リリアたちが驚いたように身を寄せ合う。


 セラフィナは息を整えながら、一歩も引かずに前に立った。


 氷の障壁の陰で、ロブがちらりとセラフィナを見た。


「いい反応だ」

「それはどうも、ですわ」


 皮肉まじりに返しながらも、どこか得意げな声音だった。


「ロブさん、さっきみたいに影焰業火シャドウフレアは使わないんですか?」


 リリアが素朴な疑問を口にする。


 ロブは何も言わず、再びセラフィナに目を向けた。

 無言の合図――代わりに説明しろ、ということだと、セラフィナは解釈する。


「……足元を見てくださいな」


 促されて下を見たリリアは、自分の影が絶壁の影にすっぽりと紛れていることに気づいた。


影焰業火シャドウフレアという魔法は、相手の影が明確でないと発動しませんの。完全な暗闇、あるいはこのように大きな影に自分の影が塗りつぶされている状況では、構文が成立しないのですわ」


 ですよね? と視線を送ると、ロブは満足げに頷いた。


「なんかロブ師匠、今日は手ぇ抜いてない?」


 カイがジト目で言う。


「良い機会だからな。ある程度お前たちに任せる」


「そんな無茶な……!」


 リリアが不満を漏らすと、その頭の中にクォリスの声が響く。


『応援は要請済みです。最寄り都市、バルハルトの冒険者ギルドより救援部隊が向かっています』


 ロブが静かに続ける。


「それまでにこいつらを全滅させるのが、お前らの目標だ」


 リリアが思わず声を上げた。


「応援の意味ないじゃないですかーっ!」


 その叫びに、ロブは何も返さなかったが、セラフィナは努めて冷静な表情を保ったままだった。


「……魔族と関係が?」

「え?」


 リリアが首を傾げる。


 セラフィナは視線を前に向けたまま、理路整然と続ける。


「先程の魔族……ゼレフォンは、ゴブリンスタンピードを引き起こそうとしていましたわ。そして彼は、わたくしたちを襲ったカルヴァリウスとも繋がっていた。さらに、そのカルヴァリウスは紅竜団とも関係している……」


 言葉を区切りながらも、セラフィナの声には揺るぎがなかった。

 周囲の気配を見ながら、静かに結論へと至る。


「つまり――魔族側に、何らかの不穏な動きがある。そのために、今のうちにわたくしたちを戦力として鍛えようとしている。……そういうことですの?」


 リリアが息を呑んでセラフィナを見る。

 ロブはそんな二人を見て、にやりと笑った。


「察しがいいな」


 その笑みに、セラフィナは神妙な面持ちを浮かべ、リリアは小さく息を呑んだ。

 エドガーとフィリアは視線を交わし、カイは押し黙ったまま虚空を見つめている。


 “魔族”――その言葉が、じんと胸に滲みる。誰にとっても、他人事ではなかった。


「つまり、これは……俺たちの試練ってことですか?」


 エドガーの問いに、ロブは短く頷いた。


「そういうことだ」


 そのまま一歩、前に出る。

 目元は笑っていたが、声に込められた温度はひどく冷ややかだった。


「もし無理だと思うなら……俺が一人でやるだけの話だ」


 静かな一言だったが、空気が変わった。

 そこにあったのは冗談ではない、本気の“覚悟”だ。


 セラフィナの眉がぴくりと吊り上がる。

 口元を引き締め、ぴしゃりと返した。


「そのような言い方、聞き捨てなりませんわね」


 エドガーは剣の柄を強く握りながら、目を細めて応じる。


「修行の成果、見せてやりますよ」


 フィリアはふっと鼻で笑い、弓を構え直した。


「逃げる理由がないわ。やってやる」


 その様子を、少し距離を置いて見ていたリリアは、


(―――この三人、意外と挑発に乗りやすいんだなぁ)


 そんなことをぼんやりと思いながらも、自分の胸の奥にも同じ熱が灯っているのを感じていた。


「……わたしだって、やります。ここまで来たんですから!」


 隣でカイが、肩をすくめて小さく笑う。


「まあ……俺だけ取り残されるわけにはいかないよな」


 そう言いながら剣を抜き、リリアの隣へと歩を進めた。


 ロブはその気迫を一人ひとりに見て取り、満足げに笑う。


「それでいい」


氷の壁を飛び越え、一体のゴブリンが飛来する。


 エドガーはわずかに目を細めると、闘気ブレイズを纏った篭手でその攻撃を受け止めた。

 反撃の剣が閃き、一閃。ゴブリンは抵抗する間もなく斬り伏せられる。


「とはいえ……これだけの数を相手に、今の戦い方じゃジリ貧だな」


 呟いたエドガーに、セラフィナが頷く。


「ええ。わたくしも広範囲の攻撃魔法はありますけれど、これほどの数を一度に倒すのは無理ですわ」


 杖をくるくると指で回しながら、考え込むように空を仰ぐ。


 フィリアは黙って弓を番え、その隣でハウル・キャットが地面を砕く。

 大地から突き出した槍のような岩が、数体のゴブリンを串刺しにした。


 すっかりフィリアの傍に馴染んでいるその獣は、忠実な戦友のように動いていた。


「私の聖煌せいこう連星弓れんせいきゅうも、一度に撃てるのは三本が限界だし……」


 フィリアが小さく呟く。


 その横で、リリアがうーんと唸りながら、頭の両側に人差し指を当てて考え込んでいた。

 数秒後、はっと顔を上げる。


「カイ君のあの雷の魔法はどう? ほら、ブワーっていっぱい出るやつ!」


 身振り手振りを交えて話すと、カイは苦笑しながらも頷いた。


雷蛇乱舞サンダー・サーカスか。確かに大量に巻き込めるけど、魔力の消費がデカいんだ。何発もは撃てないよ」


 カイの返答に、セラフィナが顎に手を添え、思案の色を深める。


 その間にも、リリアとフィリアは魔法と矢で迫る敵を迎撃。

 すり抜けて突撃してきた個体は、エドガーが次々と捌いていた。


 流れるような連携。誰かが指示したわけでもないのに、自然と役割が噛み合っている。


 その様子を少し離れた場所から見ていたロブは、静かに目を細める。


(順応力、ハンパねぇな……。才能ってより、素直だからか。教えなくても、勝手に戦い方を覚えてやがる)


 わずか二週間の修行で、並の冒険者なら逃げ出すような状況に適応しつつある弟子たちを見て、ロブは内心で舌を巻いていた。


 そのとき、セラフィナの目がふと細まる。

 何かを思いついたようにくるりと振り返り、フィリアとカイを手招きした。


「お二人の力を、貸してくださるかしら?」


 その声には、いつもの皮肉も気負いもなかった。

 真剣で、それでいてどこか楽しげな響きが混じっていた。


「……面白いこと考えた?」


 カイが剣を納めながら近づき、フィリアも弓を下ろして駆け寄ってくる。

 だが、セラフィナの説明を聞いた瞬間、ふたりの表情にわずかな緊張が走った。


「カイさんの雷と、フィリアさんの風。その構文に、わたくしの氷を掛け合わせますの。三属性の複合魔法ですわ」


 セラフィナがさらりと言うと、フィリアが眉をひそめる。


「……ちょっと待って。それ、また訓練場の爆発再現にならないでしょうね?」


 カイも顔をしかめ、苦笑しながら続ける。


「前にそれで暴発してたろ? 構文の調整ミスったとか言って」

「“動的反応補正”ですわ。威力と命中精度の両立には不可欠な処理ですの」


 自信満々に胸を張るセラフィナに、フィリアは肩をすくめた。


「またそれ言った……」


 カイも渋い顔で呟く。


「いや、今は実験してる場合じゃないし……敵、本気で多いし……」


 しかし、セラフィナは一歩も引かず、まっすぐ二人を見つめる。


「大丈夫ですわ。今回は“爆発しないように”調整しますから。ええ、ちゃんと抑えます。今度こそ、完璧に構築してみせます」


 フィリアとカイは一瞬顔を見合わせ、同時にため息をついた。


「……信じるわよ? 責任は取ってもらうからね」

「頼むぜ、ほんとに」


 二人がしぶしぶ頷いたのを見て、セラフィナは嬉しそうに微笑んだ。


「では、構文を展開してくださいませ」

「……ん? どうやって?」


 カイが首を傾げると、セラフィナはふっと笑い、小さくため息をついた。


「構文の展開、できませんのね。よろしいですわ、手順は簡単です」


 そう言って、短く教え始める。

 魔素マナの流れを意識し、自分の中で構成している魔法を“外に出す”イメージを持つこと。

 思考を空間に転写するように、魔法構文を視覚化すること――


「……なるほど。やってみる」


 カイは目を閉じ、深く息を吸い込んで集中する。


 数秒後――


 空中に淡い光が走った。


 青白い輪郭を持つ魔法円がゆっくりと広がり、その内部に複雑な構文文字が浮かび上がる。

 まるで雷の回路が可視化されたかのような、緻密な光の陣だった。


「……出来た」

「飲み込みが早くて結構ですわ」


 セラフィナはすぐに目を走らせ、指先を滑らせるように空間に魔法陣を描いていく。

 氷、風、雷――三つの属性をどう繋ぐか。流れと構成を計算し、式の重なりを正確に整理していく。


 やがて空中に、三属性が絡み合った複合魔法構文が姿を現し始めていた。


「この魔法、かなり良いですわ」

「へえ」


 フィリアはあまり気のない返事をする。


「名前は?」


 こちらもカイは付き合いで聞いた感じだが、


「名付けて――“氷雷風衝撃《アーク・ゲイル・グレイシャー”」


 セラフィナがそう言うと二人の表情が変わった。


「「カッコいい」」


 ーーーこの世界には厨二病患者しかいない。


 ロブは頭を抱えつつも笑う。


「この三千年で、いちばん弟子が頼もしく見える瞬間だ」


【リリアの妄想ノート】

今回の戦い、本当にハードです……!

もう、ゴブリンだらけで押し潰されそうになって、何度「無理かも」って思ったことか……。


でも、エドガーさんのかっこよさと、ロブさんの速さに勇気もらって、わたしも短剣で戦って、ちゃんと勝てたのはちょっと自信になりました!

あと、ヴェール! すごい! あれ、加速感がクセになります。というかクセになりました!


そして、何より今回のMVP(わたし的に)はセラフィナさんです。

まさか、あの場で即興で三属性の複合魔法を組むなんて……! しかも名前までつけてくれたんです!


氷雷風衝撃アーク・ゲイル・グレイシャー!!

聞いた瞬間、わたしは思いました。


「えっ、めっちゃかっこいい!」


いや、あれは叫びたくなる。詠唱したくなる。

わたしも混ぜてほしかったー!


それにしても、みんな本当に頼もしくなったなぁ……。

ううん、わたしも負けていられません!

次の戦いこそ、ロブさんに「おっ」って言わせてみせます!


【あとがき】


68話、読んでくださりありがとうございました!


今回はロブ・エドガー・リリアの三人がヴェールをまとって躍動する回となりました。

また、セラフィナが本領発揮。即席で作り上げた複合魔法「氷雷風衝撃アーク・ゲイル・グレイシャー」に仲間たちも感嘆していました。


ほーんと、この作品は厨二病患者ばっかり(笑)


個人的にはリリアが短剣で初めて実戦突破できたところが、今後の成長の布石になると思っています。

そして、弟子たちの成長にロブが心の中で舌を巻いている様子も、ちょっとした見どころです。


次回、いよいよゴブリンキングと異形種との直接対決――!

お楽しみに!

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