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第66話 海老男の影焰と狂気の道化

「燃え盛れ、我が掌に集いし紅蓮の種子よ――フレア・バレット!」


 リリアの叫びと同時に、掌から紅の火球が放たれた。


 それは真っ直ぐに唸りを上げて飛び、迫りくるゴブリンの胸元に炸裂する。


 ――ドンッ!


 爆ぜる炎と焦げた肉の臭いが、瘴気に満ちた空気の中に広がった。


「ギギャァアッ!」


 ゴブリンの一体が炎に包まれ、断末魔を上げて崩れ落ちる。


 リリアは肩で息をしながら、拳をぎゅっと握りしめた。


「……やった。ちゃんと、当たった……!」


「いいぞ、リリア!」


 カイがその隣で剣を構え、背中を合わせるように立つ。


 だがその周囲では、十を超えるゴブリンが四方から迫ってきていた。


 セラフィナはその場に立ち尽くし、杖を握る手が震えている。


「……っ」


 口元がかすかに開いても、詠唱は始まらない。魔法陣は展開されず、魔力も流れない。


 瞳は崖の下を彷徨っていた。


「フィリアさんと……エドガーさんが……!」


 リリアが横目で振り返る。


「セラフィナさん、魔法を!一緒に戦わないと……!」


 だがセラフィナは答えない。呼吸は浅く、意識は現実から乖離していた。


 ロブが敵から目を離さぬまま、鋭く声を飛ばす。


「セラフィナ!」


 びくりと肩が揺れる。


「今すべきことはなんだ!」


「で、でも……あの二人が……!」


「二人を心配するなとは言わない。ただ、今は戦え。戦わなきゃ守りたいものも守れない。それどころかお前のせいで全員が死ぬことになる」


 その言葉が、セラフィナの胸を鋭く突き刺した。


「魔素は脳波の切り替えで紡ぐと教えただろう。心を乱してたら初級の魔法すら使えない。冷静になれ。集中しろ。二人を助けたいならなおさらだ」


 セラフィナは目を見開き、わずかに歯を食いしばる。


 その指先から震えが引き、彼女は杖を握り直した。


「……承知しました、お師匠様」


 杖の先端に魔力が集まり始める。周囲の空気が、ぴり、と静電気のように揺れた。


 空の奥から、突き破るような異音が降ってくる。


 甲高く、耳を突き刺すような笛の音。


 ゴブリンたちがいっせいに動きを止める。


 それぞれが小刻みに身を震わせながら、命令を待つかのように整列し、道を開けていく。


 その隙間から現れたのは、異様な姿の“道化”だった。


 「おやおや、誰かと思ったら海老男さんじゃない。久しぶりだねえ。大戦以来だから――二百年だっけ?」


 軽やかな足音。ねじれた笑みを張り付かせたピエロの仮面が、陽も届かぬ瘴気の谷に、不気味で滑稽な彩りを添える。


 紅と黒の縞模様の衣装。身を覆うマントの裏地には、血のような染みが花のように滲んでいた。


 その異形の道化は、細身のステッキを肩に乗せ、くるくると舞うような動きでロブへと近づいてくる。


「うふふふふふふふふふ……ああ、楽しい。こんな劇場があるなんて聞いてないよ。立ち会えるだけで最高だ!」


 仮面の下から、ねっとりとした舌がちらりと覗く。もはや人ではない――それだけは、誰の目にも明らかだった。


 リリアが喉を詰まらせたように息を呑み、セラフィナが警戒の視線を強める。

 カイの剣先が、わずかに震える空気を切った。


 ロブは剣を抜かず、ただ、その男を見据える。


「ベレフォン=カーニヴァル。音喰いの道化。魔王ヴァルゼル直属の刺客にして、ナノマシン支配構文の異端……まだ生きていたか」


「生きてるともさ。君に殺されかけた“あの時”から、ずっと……生きる価値を探してたよ」


 ベレフォンは楽しげに頭を傾け、空を仰いだ。


「ゴブリンを育ててたら君が来るとはね。しかも、こんなにも可愛いお弟子さんたちを引き連れて……うふふっ、もう芸術の域だよ」


 ロブの目が細く鋭くなる。


「ゴブリンを……この谷の瘴気を利用して意図的に大量発生させた………スタンピードを仕掛けるつもりか」


 その声は、低く鋭い。問いではなく、断罪だった。


 ベレフォンはくるりと舞い、一歩踏み出して両手を広げる。


「正解☆ まあ、ちょっと予定より数が少ないけど近くの村を潰すぐらいなら問題ないし、早めに仕掛けちゃおっかな。ロブちゃんはあのハウル・キャットを追って来たんでしょう? まずったなぁ」


「……まさか」


 リリアが声を漏らす。

 ベレフォンがにたりと笑った。


「そう。ハウル・キャットの主はね……“僕が”殺したんだよ」


 空気が、ぴたりと止まった。


 風も、瘴気も、谷の音さえも凍りつく。


「ゴブリンの成長を促進させる薬を調合してもらってたんだけどね。土壇場で渡せないって駄々こねるんだもん。ムカついたから殺しちゃった。そしたらハウル・キャットが僕の後を追ってきてさあ。敵討ちでもしたかったのかな? でも、主人の魔素マナが流れ込んで暴走しかけてた。それをちっぽけな理性で抑え込もうとしてたの。泣けるよねぇ。主人との思い出をなくさないように頑張ってたんだ。そこに君等が来たからこの笛で操ってあげたってわけ」


 リリアの手が震える。

 セラフィナは唇を噛みしめ、杖を強く握った。

 カイの剣先が火花を散らす。


 そして、ロブの瞳に怒気が宿る。


「貴様……」

「うふふふふふふふふ、楽しいなあ。まさか君のそんな顔がまた見れるなんて。生きててよかった☆ハウル・キャットのおかげで君が引っ掛かるとはね。海老で鯛を釣る。いや、猫で海老を釣るっていうのかな?」


 狂ったような笑いと共に、ベレフォンはステッキの先を地面にコツリと突いた。


 その瞬間、背後に控えていたゴブリンたちの眼に、再び光が宿る。


 甲高い笛の音が、谷を貫いた。


 ロブは仲間たちに視線を送ると、短く命じた。


「構えろ。こいつは……この谷で最も危険な存在だ。ここで仕留める。逃がしたらゴブリンスタンピードが起こっちまう」


「それもいいけどさ、いいのかな?のんびりしてて」


 ベレフォンがわざとらしく肩をすくめ、仮面の奥から嗤う。


「谷底には、ゴブリンの巣があるんだよ? お弟子さんたち――食べられちゃうかも☆」


「……クォリス」


 ロブが低く名を呼ぶと、すぐに冷静な音声が脳内に響く。


『谷底に生体反応を確認。エドガー様とフィリア様、ハウル・キャットのもの。そして、周辺に多数の生体が接近中。――ゴブリンと断定』


 リリアが目を見開いた。


「エドガーさんと……フィリアさんが……!」


 セラフィナの顔から血の気が引き、カイは沈黙のまま剣を強く握りしめる。


 その間も、ベレフォンの高笑いが、瘴気の谷に不気味に響いていた。


 「クォリス、二人の座標は?」


 ロブが短く問うと、すぐにクォリスの冷静な声が返ってくる。


『瘴気の干渉を受けています。座標は特定可能ですが、空間移動呪文の使用は制限されています』


「…………それも計算のうちか」


 ロブが呟いたその瞬間、ベレフォンが仮面の奥で愉快そうに笑う。


「うふふふふふふふふ。君と正面からやりあうつもりはないよ。そんな無謀なこと、僕がするわけないじゃないかさあ、どっちを助ける?たった二人の可愛い弟子か、大勢の見ず知らずの他人。どっちにしても僕軽蔑しちゃう☆なんちゃって♪」


 ロブはおどけるピエロを視界に収めながら答える。


「両方だ」


「………へえ?」


 首をかしげる仮面の男。

 ロブは右手をわずかに掲げ、指を鳴らした。


 ――パチン。


 乾いた音とともに、ロブの足元に広がる影が揺らめいた。


 次の瞬間、ゴブリンたちとベレフォンの影から黒炎が噴き上がる。


 燃え広がるのではなく、這い寄るように、そして喰らいつくように。

 暗く、禍々しい炎――影焰業火シャドウフレア


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 その場にいたゴブリンたちは逃げる間もなく、悲鳴を上げて黒い炎に呑まれ、全身を焼かれながら崩れ落ちた。


 一瞬にして、ロブとベレフォンを囲んでいた下僕たちは全滅した。


 だが。


「うふふっ……いつの間にか魔族の魔法まで覚えちゃって。三千年生きてもまだ成長するんだから。でも、残念。僕には効かないんだよねぇ」


 黒炎に包まれていたはずのベレフォンは、傷ひとつ負わず、仮面の奥で不敵に笑っていた。


「……影焰業火シャドウフレアを見ても驚きもしない……やはりカルヴァリウスと繋がっていたか」

「ま、そういうことだね。ボクはたった三十秒で解析したよ。――ナノマシン構文ごと、上書きしたんだ」


「掛かったな

「………なに?」


 道化師の動きがピタリと止まる。

 ロブは口の端を上げる。


影焰業火シャドウフレアの構文の中に罠を仕掛けさせてもらった」


「なんだと………?」

「解析することで発動する二重の攻撃魔法だ。元が複雑で優秀な構文だったからな。逆に改良しやすかったよ」


 ベレフォンの表情が、仮面の奥でこわばった。


「まさか……わざと“読ませた”のか……!」

「その通り。お前みたいな″専門家″だけが掛かるトラップだ。喜んでいいぞ」


 ロブは軽く指を鳴らした。


 ――ピピッ。


 クォリスの冷静な声が響く。


『魔族式構文干渉パターン、カルヴァリウス型第七階層を特定。遮断プロトコルを実行されました。秘匿コード、発動』

「クォリス、解放しろ」

『了解。魔導抑制結界、解除。対位相・逆演算構文、展開開始――』


 空間が、まるで反転するように歪んだ。


 ベレフォンの体に刻まれた魔導式が軋み、崩れ、砕ける。


「な……なんだこれは……!?構文が、逆流していく………!!」


「お前は、魔法は解析さえすればいいと思っていた。冗談じゃない。人が作った魔法のプログラムは創造と模倣の繰り返しだ。寝食を忘れて作った魔法が簡単に流用されることをよしとする科学者なんていやしない。それなりの″対策″はするもんだ。あのカルヴァリウスも大した魔導士だが、その辺が甘い。もうこの魔法は俺のオリジナルに取り込まれたんだよ」


 ロブが手をかざすと、空中に編まれた一片の文字列が浮かぶ。


 それは、“観測されるまで魔法として確定しない”――ナノマシンの量子特性を応用した、

 ロブ独自の“観測干渉型魔法”だった。


「構文名:零位観測崩壊ゼロ・ポイント・デコード


 ベレフォンの身体を包む空間が、音もなく崩れる。


「がああああああああっ!!」


 仮面が砕け、肌が焼け、背中から黒い瘴気が吹き出す。


「ふざけるなあああああああ!! 俺はまだ……ッ!!」


 ロブの目が、冷たく細まる。


「なら二つ目だ。“観測できない魔法”もある」


 もう一度指を鳴らす。


「……消えろ。お前に割く時間は、もうない」


 ベレフォンの姿は、言葉が終わる前に消えていた。


 黒い残滓だけが、空に浮かび、やがて瘴気と共に霧散した。


 その場に静寂が訪れる。谷間に吹きすさぶ風が髪を揺らす。


セラフィナが呆然と口を開いた。


「お師匠様……いまのは、いったい……?」


リリアも目を丸くし、杖を握ったまま立ち尽くす。


ロブは剣を納め、静かに答えた。


「“観測待機式”の魔法だ」


「かんそく……たいき……?」


リリアが首をかしげると、ロブは続けた。


「普通の魔法は、詠唱してすぐに発動する。それに対して“観測待機式”は、敵に見られた瞬間に発動するように仕込まれた魔法構文だ」


「見られたら……魔法が発動するってことですの?」


セラフィナが眉をひそめる。


「ああ。たとえば今回使った《シャドウフレア》は、敵が“解析しようとした瞬間”にトリガーが走る構造だった」


カイが腕を組んでうなずく。


「つまり……“手を出したやつだけが引っかかる罠”ってことですね」


ロブは頷く。


「構文自体に“見破られたら起動”という条件を仕込んでおいた。ベレフォンは、それを解析によって無効化しようとした……が、逆に解析されたことによって第二の構文が発動した」


「じゃあ……あの魔法の中に、最初から“もう一つの魔法”が隠れてたんですね」


リリアがぽつりと呟く。


「その通りだ。さらに今回は、“見た内容そのもの”を反転させる仕掛けを入れてあった」


「……? どういう意味ですか?」


 セラフィナが首をかしげる。


 ロブは静かに右手を掲げ、空中に残るかすかな文字列を指差した。


「量子情報を使った構文は、“確定”するまで魔法として完成しない。だから、解析した瞬間にその情報が確定し、“魔法”として成立してしまうんだ」


「……観測されたことで、“魔法になる”ってこと……?」


「そうだ。俺の“観測干渉型魔法”は、“観測された内容そのもの”を武器にする。相手が深く構文を読み解けば読み解くほど、逆に自滅に近づく構造になってる」


 カイが苦笑しながら呟いた。


「まさに“賢い敵ほど引っかかる罠”……ですね。悪質です」


「褒め言葉と受け取っておく」


 ロブは無表情で言い切った。


 セラフィナは一度ため息をつき、嬉しそうに言った。


「……魔法は本当に“論理と構築”で組まれているものなのですね。わたくしの考えは間違っていなかったと証明されました」


 リリアがその横でぽつりと呟く。


「私、ただ撃てたら満足してました……」


「いいんだ。今はそれでいい。知識は後から追いつく」


 ロブは短く言い切った。そして、再び静かに呟く。

 そのとき、クォリスの声が響いた。


『谷底の生体反応、依然として接近中。ゴブリン複数、およびエドガー様、フィリア様の反応確認。交戦の可能性が高まっています』


「行くぞ」


 ロブは淡く輝く魔法陣を足元に展開しながら言った。


「結界の残余エネルギーを利用して、強化着地魔法を使う。衝撃は抑えるが、体勢は自力で保て」


 リリア、セラフィナ、カイの三人は無言でうなずき、ロブの周囲へ集まった。


 ロブが指を弾く。


 ――パチン。


 再び、淡い光が球体を包み込む。


「エドガーとフィリアはまだ生きている。今度は……“間に合わなきゃ、意味がない”」


 光の膜が、ふっと空気を揺らし、重力を逸らすように――谷底へと滑り落ちていった。


 その瞬間、静かな谷に、再び風が吹いた。


 誰も気づかぬその風が、谷底の血の匂いと、剥き出しの殺気を運んでいた。


 そこにーーー


 ジャリ。


 焦げた地面を踏みしめる者がいた。


ーーーベレフォンだ。


 ロブ達が降りた崖下を見下ろし、ベレフォンは肩を揺らして笑った。


「ごゆっくり☆僕は特等席で観劇させてもらうよ」




――うっすらと、瞼に光が差し込んだ。


「……ん……っ」


 フィリアがゆっくりと目を開ける。

 痛む頭を押さえながら起き上がろうとして、ふと気づく。


「え……」


 自分が、誰かの腕に抱かれている。

 見下ろせば、傷ひとつないものの、エドガーが気を失ったまま、自分を守るように横たわっていた。


「な……ななっ……!」


 顔が一気に真っ赤に染まり、慌てて身体を引き離す。

 布ずれの音とともに転げるように後退し、息を整えるフィリア。

 手を胸に当て、まだ早鐘のように打つ鼓動を必死に落ち着けようとしていた。


 恐る恐るエドガーを伺う。


 外傷はない。恐らくヴェールを展開させ、身を守ったのだろう。

 だが衝撃には耐えられず、気を失ったらしい。


「……私を、庇って……」


 小さく呟いたその声は、谷底の湿った空気に吸い込まれていった。


 そのとき、岩陰から低く唸る声が響く。


「……!」


 フィリアが振り返ると、そこには――ハウル・キャット。

 真紅の瞳はなおも濁り、唸り声を上げながら牙を剥き、威嚇している。


 その姿に、フィリアは主人を失った深い憤りと悲しみを見て取った。


 ゆっくりと立ち上がり、フィリアは武器を構えることなく歩き出す。


 牙を剥き、唸り声を上げ続ける獣。

 近づくフィリアに、ハウル・キャットが身を低く構え、攻撃の気配を見せる。


 フィリアは、恐れを見せず、そっと手を伸ばした。


「ギッ!」


 鋭く噛みつこうとする牙。

 それを寸前でかわしながら、フィリアは獣の瞳を見据え、落ち着いた声音で言い聞かせる。


「大丈夫。私はあなたの味方よ」


 そして、何の防御もしないまま、その体を両腕で抱きしめた。


「あなたは一人じゃない。わたしがいるから」


 ハウル・キャットが咄嗟に身体を強張らせ、腕の中で激しく暴れた。

 鋭い爪がフィリアの腕を引っかき、血が滲む。だが、フィリアは離れなかった。

 むしろ、より強く、そっと包み込むように抱きしめ続けた。


 やがて、フィリアの胸元に、やわらかな光が灯る。

 その光は、じんわりと彼女の体温ごと、ハウル・キャットへと沁み込んでいく。

 そして、ハウル・キャットから流れてくる記憶をフィリアは感じとった。


 頭に映像が浮かぶ。老いた男性が柔和な顔でハウル・キャットに微笑んでいる。

 彼が主人なのだろう。


 温かな感情が湧き上がる。

 きっとそれが、ハウル・キャットが主人に感じていた思いなのだとフィリアは理解した。


ーーー大切な人を失った悲しみはよく分かるよ。だからね。悲しい時は泣いていいんだよ?


「う………」


 低いうめき声が背後から聞こえた。

 エドガーが頭を片手で押さえながら身を起こす。


 彼の視界に入ったのは、流血しながらも獣を抱くフィリアの姿。

 そして、その背に宿る、静かに脈打つ光。


 ハウル・キャットの瞳に、一瞬の揺らぎが走った。

 真紅の濁りが引き、光が宿る。一筋、涙が零れる。主人を失ったことをようやく理解したのか、それとも認めたのか、小さく、息を吐くように鳴いた。


闘気ブレイズには……そんな効果もあるのか……」


 エドガーがぽつりと呟いた、その直後だった。


 ザザザザザッ……!


 茂みをかき分けるような無数の足音。

 周囲の闇の中から、次々とゴブリンが現れる。


「またゴブリンか!」


 エドガーが立ち上がり、剣を引き抜く。

 フィリアもハウル・キャットの傍に立ち、弓を構える。


 だが――


 ドォォン……!


 谷底が揺れた。


 ゴブリンたちの奥から、圧倒的な威圧感とともに現れる、巨体の魔物。


 「ゴブリンキング………なんでこんな所に」


 フィリアは震える指先で弓を構えながら、その巨体を見つめた。


 ――ゴブリン、キング。


 ゴブリンの上位個体――単なる群れのリーダーではない。

 複数の群れを束ねる統率者であり、異常進化によって知性と支配力を手に入れた存在。

 

 ただのゴブリンでは起こり得ない思考行動――連携、待ち伏せ、策――それらを指揮し、村ひとつを壊滅させる戦略を組むことすらあるという。


 エドガーの倍はあろうかという体躯。

 木の幹のような腕と、肉に食い込むような異形の角。

 瘴気を吸って肥大化した身体からは、空間そのものが軋むような圧を放っている。


 ゴブリンという枠では測れない。あれは、もはや“災厄”だった。


 フィリアの背に、じっとりと冷たい汗が伝った。

 

 瘴気を吸い込み、目を赤く輝かせながら、その巨躯が一歩、地を踏みしめる。


 エドガーの腕は震えていた。

 フィリアも青ざめた表情を浮かべている。


 緑色の巨大な悪魔は牙を剥き、腕を二人に向けて振り上げた。


 大きな咆哮が――


 谷底に木霊した。



【リリアの妄想ノート】

 やったやったやった……! ちゃんと当たった……!

 あのフレア・バレット、ロブさんに褒めてもらえたかな!? カイ君も「いいぞ」って言ってくれたし! えへへ。

 ……あ、でもセラフィナさんが固まっちゃっててちょっと心配でした。でも……お師匠様の声って、すごい。あの一言で、セラフィナさんの背中、ピシッて伸びたもん。


 それにしてもあのピエロ! キモい! しゃべり方がすっごいネバネバしてて嫌い! 

 あんなやつに「可愛い弟子」とか言われても、1ミリも嬉しくないです!

 

 ……でも、あんなの相手にしてたロブさん、ほんとすごい。魔法が見られただけで発動? しかも解析したら逆流して爆発!? え、なにそれ、ずるくない!?(でもかっこいい……!)


 わたし、もっと頑張らないと。

 ロブさんに……ずっと、認めてもらえるように。


【あとがき】


お読みいただきありがとうございます!

今回はリリアの初撃ち成功から、セラフィナの覚醒、そしてロブの“魔法の戦い”が炸裂する一話でした。


注目はやはり、観測干渉型魔法ゼロ・ポイント・デコードの描写です。

これはロブが長年かけて開発した魔法で、解析行為そのものをトリガーにする“知的な罠”。読者の皆様にも「ロブ、やっぱチート天才じゃん」と思っていただけたら嬉しいです。


また、谷底ではフィリアの成長と優しさが光りました。

ハウル・キャットとのふれあい、そしてエドガーとの信頼関係も、今後の布石となっていきます。


次回――ついにゴブリンキングとの戦いが幕を開けます。

どうぞお楽しみに!

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