第64話 お嬢様の魔法は爆発だ!海老男の依頼
ズドンッ!
訓練場に、派手な爆音が鳴り響いた。
地面の一部が吹き飛び、木人形の足元から白煙が立ち上る。
「……あら?」
セラフィナが、焦げた地面を眺めながら首をかしげた。
「また爆発しましたわ……なぜ、ですの?」
「なぜってこっちが聞きたいですよ!あっぶな……!」
リリアが後ろに飛び退き、フィリアは軽く炙られた髪を直しながら小さくうめく。
「ちょっと髪が焦げたわ……」
「魔力の収束までは安定してたんだけどね。直前で暴走してる」
そう分析したのはカイだった。
ロブは木陰から一歩踏み出して、静かに言った。
「セラフィナ、構文にまた余計な条件つけたな?」
「ええ。“動的反応補正”を加えてみましたの。威力と命中精度を両立させるために!」
胸を張るセラフィナを見て、ロブはため息をつきつつ全員に説明を始めた。
「魔法ってのはな、本来は“イメージ”で発動するもんだ。強く念じればナノマシンが反応して、火や氷を出す。ただ、これだと再現性が低くて、戦場じゃ使えねえ」
「だから、構文が生まれたんですよね。文字で命令を組み立てて、ナノマシンに読み込ませるってやつ」
カイの補足に、ロブはうなずく。
「ああ。“誰が何をどの範囲でどうするか”。これを構文として記述することで、誰でも同じ魔法が使えるようになった。今の時代じゃ、これが標準だ」
「でも、その分、一文字間違えただけで失敗するんですよね……」
リリアが顔を引きつらせながらつぶやく。
「そのとおり。起動しなかったり、下手すりゃ暴発する。一つの魔法を完成させるのに、膨大な時間と手間がかかるんだ」
「つまり、これは失敗ではなく、有意義な実験データの収集なのです!」
セラフィナが自信満々に言い切ると、リリアが小声で漏らす。
「実験って言えば何でも済むと思ってるよこの人……」
騒ぎの余韻が消えた訓練場に、ふっと静寂が戻る。
焦げた地面を見下ろしたまま、セラフィナがぽつりとつぶやいた。
「……わたくし、才能なんて言葉……嫌いなんですのよ」
誰に向けた言葉でもなかったけれど、リリアも、カイも、つい足を止めた。
「魔導士の家に生まれて、羨ましがられますけど、血統だとか、才能だとか、そんなのただの出発点にすぎませんわ」
ローブの裾を払って、セラフィナはしゃがみこむと、焦げた草の先をそっと指でなぞる。
「最初から完璧にできるわけじゃありません。魔法構文だって、計算だって、体力訓練だって……全部、必死にやって、失敗して、それでもあきらめずに繰り返してきましたの」
彼女の声は、さっきまで爆発を起こした張本人とは思えないほど、落ち着いていて、まっすぐだった。
「だから、わたくし……誰にも言われなくても、努力だけはやめないって、決めてるんですの。いずれ、誰かに“セラフィナがいてくれて助かった”って、言ってもらえるように」
その横顔には、ほんの少し、悔しさと照れくささが混じっていた。
「お師匠様にも、ちゃんと……“一人前の魔導士”として見てもらいたいんですのよ」
風がそっと、セラフィナの金髪を揺らす。
彼女のローブにはまだ焦げ跡が残っていたけれど、どこか、それさえも誇らしげに見えるほど――彼女の瞳は澄んでいた。
セラフィナの言葉が静かに消えたあと、しばしの沈黙が落ちた。
その空気を破ったのは、エドガーの声だった。
「……セラはすごいな」
セラフィナがぱちりとまばたきをする。
「……え?」
「爆発しても、構文ミスっても、何度だってやり直してる。お前、ほんとにすげぇよ」
エドガーは少しだけ顔をそむけながら、頭をかいて笑う。
「俺だったら、とっくにノート破って投げ捨ててる。」
「胸を張って言うことではありませんわよ?」
「ていうか本当に捨てた」
「なにしてらっしゃいますの!?」
思わず叫ぶセラフィナに、エドガーは、穏やかな笑みを送る。
「でも、セラは間違えても、立て直して前向いてる。それ、俺にはできないことだよ」
その言葉には、からかいも見下しもなく、ただ素直な敬意がこもっていた。
セラフィナの頬が、ふっと赤くなる。
「……あ、当たり前のことをしてるだけですわ。別に、褒められるようなことでは……それに………エドガー様も………頑張ってらっしゃるじゃありませんの」
目を合わせずしどろもどろにごにょごにょと呟くセラフィナ。
それを見ながらリリアが、そっとフィリアの袖を引いた。
「い、今のって……もしかして、ちょっといい感じじゃないですか?」
「うん、あれはニヤけた。完全にニヤけた」
フィリアがいたずらっぽく笑いながら小声で返す。
セラフィナの耳には届いていない――ようでいて、肩がぴくりと震えていた。
そこへ、家に引っ込んでいたロブがでてきたことで空気が一変する。
「全員、集合だ。報告がある」
弟子たちは慣れた動きで立ち上がり、ロブの前に集まる。
「ギルドから正式な依頼が届いた。お前たちの初仕事になる」
「えっ……ついに!」
リリアがぱっと顔を輝かせた。
「依頼の内容は、Fランク指定。対象は“迷い獣の捕獲”だ」
セラフィナがやや怪訝そうな表情を浮かべる。
「Fランクですの? わたくしたち、確かGランク(翠蛇)でしたわよね」
「本来ならGランクがFランクの依頼を受けることはできない。ただし、今回は俺が身元引受人として同行する。条件付きで依頼の許可が下りた」
カイが頷く。
「つまり、実戦訓練を兼ねた実地任務ってことですね」
「そういうことだ。今回の獣は“ハウルキャット”。もともと魔法使いに飼われていた個体だが、逃げ出して魔力反応が異常に高まっている」
「魔力反応が高いって……それ、危ないんですか?」
リリアが不安げに尋ねると、ロブが少しだけ真顔になる。
「ああ。“ブレイク個体”の可能性がある」
「……ぶれいく、ですか?」
リリアが首をかしげた。
ロブは視線を全員に向け、静かに説明を始める。
「オーバーマナシンドロームもそうだが……ナノマシンが限界を超えて暴走した状態、それが“ブレイク”だ。本来、魔法は宿主の意思や構文に従って発動するが、ナノマシンの過負荷や精神汚染で制御が利かなくなると――勝手に魔法を発動し始めるし、脳が発達していない獣は凶暴化することもある」
「……そんなの、危険すぎますわ」
セラフィナが顔を曇らせた。
「だからこそ、今回の任務は“捕獲”が基本だが、暴走の兆候があれば、即座に対応する。最悪の場合は――排除だ」
「こ、殺すってことですか………?」
リリアの声が小さくなる。
「迷い獣とはいえ、魔法を持つ存在だ。相手がこちらを殺そうとしてきたら、情けは命取りになる」
張り詰めた空気が一瞬だけ場を支配する。
だが、フィリアが口を開いた。
「……ま、初仕事ってやつでしょ? ビシッと決めてきたら、ギルドの見る目もちょっと変わるかもね」
「ふふ、わたくしたちが一人前であることを証明する機会ですわ」
セラフィナがいつもの調子で微笑み、リリアもそっと頷く。
「が、がんばりますっ!」
「明日の朝、出発だ。今日中に装備を点検し、魔法構文を整理しておけ。油断するなよ」
ロブがくるりと背を向け、歩き出そうとする。
「お師匠様!」
セラフィナが、思わず呼び止める。
ロブは足を止めたが、振り返らずに一言だけ返した。
「“初めての依頼”ってのは、記憶に残るもんだ。――その意味でも、気を抜くな」
風が吹く。草を揺らし、弟子たちの決意を試すかのように。
こうして、リリアたちの最初の冒険が――静かに幕を開けた。
【リリアの妄想ノート】
セラフィナさんって、すごくて……ちょっとだけ、怖いんです。
だって、魔法の実験で毎回爆発するのに、それでもまっすぐに進み続けてて。
わたしなら、たぶん一回目で泣いてます……。
でも今日、セラフィナさんのことを、ほんとうに尊敬しました。
“才能じゃなくて努力で戦う”って、そんな言葉がすっと胸に刺さって。
しかもエドガーさんに褒められて、ちょっと照れてて――あの瞬間、思わず私もニヤけちゃいました。
セラフィナさん、かっこよかったです。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございました!
今回はセラフィナが主役の回でした。お嬢様キャラでありながら、実はものすごく地道に努力している子。
しかも爆発オチ付きというギャップ付き。
そしてエドガーとの距離もほんの少しだけ縮まりましたね……!
爆発するたびに仲が深まる魔導士と剣士――どうですか? 美味しいと思いませんか?
次回、いよいよリリアたちの初依頼へ!
戦闘、あります。命のやり取りもあります。
だけど、ちゃんと“この子たちが強くなってる”ってわかる戦いを描きます。
どうぞ、お楽しみに!




