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第59話 海老男の講義2 魔法の正体、量子の理

 弟子たちが風呂で汗を流して家へ戻ると、ロブは研究室へと彼らを案内した。棚には古びた書物と、魔導具の残骸。部屋の中央には簡素な木製の長机が据えられ、その両側に椅子が五つずつ並んでいる。


「そこに座れ。午後は“魔法の理屈”を教える」


 ロブの言葉に、エドガーがげんなりした顔をする。


「うぇぇ……また頭使うのかよ……」

「使え。知識は力だ。脳筋では一流にはなれんぞ」


 セラフィナは一転して生き生きとし、リリアは緊張しながらも期待に目を輝かせていた。


 ロブは窓際に立ち、外の光が差し込む中、ゆっくりと語り始めた。


「さて——まず最初に、“魔法”とは何だ?」


 一同が顔を見合わせる中、ロブは問いかけを続ける。


「リリア、魔法とは何だと教わった?」

「えっと……魔素マナを使って、現象を起こす力……ですよね?」

「うむ。その説明は間違っていない。ただし、それは“結果”の話だ。“構造”を知らねば、本質には辿り着けない」


 ロブは黒板代わりの石板に、太いチョークで大きな文字を書いた。


 《ナノマシン(Nanomachine)》=魔素マナ←MANA(Multi-purpose Autonomous Nano-Assembler)


「ここから始めよう。まず、“ナノ”という単位を知っているか?」


 弟子たちは首をかしげたが、セラフィナがやや自信なさげに手を挙げる。


「ナノとは……確か、とても小さな長さの単位……ですわ?」


「うむ。わかりやすく言えば——」


 ロブは指で小さな輪を作ってみせる。


「このぐらいの金貨が、百枚でひと束の巻物になるとしよう。その巻物を千に分けて……さらに、その一つをまた千に分ける。それでもまだ、“ナノ”の大きさには届かない」

「……ちっちゃすぎるでしょ」


 フィリアがぼそっとつぶやいた。


「つまり、ナノマシンとは——肉眼では絶対に見えないほど微細な、人工的な機械だ。元々は、体の中で病を治したり、物を作ったりするために造られた、極小の“動く道具”だった」

「……“キカイ”ってなんですか?」


 リリアが不思議そうに首をかしげた。


 ロブは少しだけ考えてから答える。


「そうだな……鍛冶屋のふいご、粉を挽く水車。あれは人の手ではなく、仕組みによって力を生み出す機械だろう。ナノマシンは、あれをもっともっと細かくしたような、“考えに反応して動く粉”だと思えばいい」

「考えで動く……粉……?」


 弟子たちはぽかんとしていた。


 そこで、ロブはふと視線を横に流し、カイに向き直る。


「ところで、カイ。お前の元いた世界でも“ナノマシン”という言葉はあっただろう?」

「……あ、ああ。えっと、名前は知ってる。たぶん……すごく小さい機械、ってことだよな?」

「具体的には?」

「えっと……病気を治したり、体の中で修理したり……なんか、未来っぽい医療とか、兵器とか……た、多分そんな感じだったような……」


 言葉を濁しながら話すカイに、フィリアが腕を組んでジト目を送る。


「なにそれ。知ってるふうに見せかけて、実は全然じゃん」

「うっ……」


 エドガーとセラフィナが苦笑し、カイは視線を逸らす。


 ロブは笑いを抑えながらも、続けた。


「まあ、それでも十分だ。今から、その“ナノマシン”がどう世界を変えたかを教える」


 ロブは石板に、二つの矢印を描く。


 【ナノマシンの分類】

 ① 人体常駐型(Internal Type)

 ② 大気拡散型(Environmental Type)


「ナノマシンには大きく分けて二種類ある。一つは“人体常駐型”——これは、使用者の体内に常に存在し、脳や神経の信号に反応するタイプだ。たとえば——」


 ロブは自らの胸元を軽く叩いた。


「俺のように、明確に動物の遺伝子を注入された者は、体内のナノマシンが特殊な働きをする。筋力の増加、代謝の異常な活性、細胞の再構築……いわば“肉体そのものが武器”になる」

「それって……ロブさん限定、ってことですか?」


 リリアが思わず尋ねる。


 ロブは首を振る。


「俺だけじゃない。ロブスター遺伝子のナノマシンを常駐させたはごく数名だが、他の動物の遺伝子ナノマシンを移植した者は大勢いた。しかし、お前たちの体にいるナノマシンは、魔法の指令を受け取ることしかできん。“自己増殖”はできても、自分の意思で体を修復したりはしない。リリアの記憶力がいいのは、素の才能だ。ナノマシンとは無関係」

「うぇっ!? わ、私そんなこと……っ!」


 赤面するリリアに、セラフィナが優しく笑いかける。


「でも事実ですわ。わたくしが見てきた中でも、リリアさんの吸収速度は飛び抜けていますもの」

「そ、そうですか……?」


 照れくさそうにうつむくリリアをよそに、セラフィナがロブに問う。


「けれど、エルフやドワーフといった種族には、人間と違う身体特性がありますわよね? あれもナノマシンの影響なのですか?」

「正確には、“遺伝子操作の副産物”だ」


 ロブは即答する。


「かつての人類は、遺伝子編集によって身体能力や魔法適性を高める研究を行っていた。その過程で生まれたのが、エルフ、ドワーフ、魔族といった“新しい人類”だ。外見の変化も含め、彼らの種族特性は“設計された進化”の結果に過ぎない」


 その瞬間、弟子たちの視線が自然とフィリアに集まった。


「……ふーん。まあ、うすうすそんな気はしてたわよ」


 フィリアは肩をすくめて、どこか達観したように言った。


「昔から“森の民は人間より優れてる”って言われてきたけど、別に生まれたときから偉いわけじゃなかったんだよね。結局、誰かが勝手に決めた姿だったってこと」


 そう言ったフィリアの声は静かだったが、どこか張り詰めた響きがあった。


 誰かが口を挟もうとしたが、フィリアはそれを制するように、小さく息を吐いて続けた。


「……私たちエルフは、“長命で美しくて、高い魔力を持つ種族”って周りから言われる。でも、そんなの私たち自身が選んだわけじゃない。そうあるように“設計された”だけだなんて………ちょっと悔しい」


 拳を膝の上で握るフィリア。その横顔には、ほんのわずかな寂しさがにじんでいた。


 ロブは静かにうなずき、語りかける。


「造られた存在だからといって、価値が決まるわけじゃない。命に設計図はあるが、生き方にまで設計図は存在しない」


 その言葉に、フィリアの目が少しだけ揺れた。


「お前は、エルフという“与えられた形”ではなく、フィリアという“選び続ける者”でいればいい」

「……うん。そう、だね」


 少し照れたように笑い、フィリアは拳を解いた。


「だったら、私はちゃんと自分で考えて、自分で決めて、強くなるよ。誰かが“優れた種族だ”って言うからじゃなくて、自分がそうありたいから」


 仲間たちが、言葉なく彼女を見守る中、リリアが小さく拍手を送った。


「かっこいい……フィリアさん」


「ふふ」


 まんざらでもない笑みを浮かべながら、フィリアの目には、確かな覚悟の光が宿っていた。

 

 ロブは講義を続ける。


「そしてもう一つが“大気拡散型”だ。これは空気中に広く散らばっており、使用者の思考、言葉、詠唱などの“信号”を受けて、魔法の現象を起こす」


 ロブは手を上げ、指先に淡い炎を灯す。


「これは“大気中のナノマシン”が、俺の発した命令に従って“燃焼反応”を起こしている。つまり——これが“魔法”だ」

「じゃあ……魔法って、“命令された機械が仕事してるだけ”ってこと?」


 フィリアが呆れたように口を開く。


「その通りだ。人は“火よ灯れ”と願い、ナノマシンは“火を出す処理”を実行する。まるで魔法のようだが、全ては科学的な操作の果てだ」


 静まり返る部屋の中、ロブの声だけが淡々と響く。


「魔法とは、かつての文明が遺した、道具の力。そして今ではそれが“奇跡”として語られるようになった。お前たちが学んでいるのは、その“科学の名残”だと知れ」


 言葉の重みに、誰もが姿勢を正す。


 ロブは黒板を拭い、新たに線を引きながら、静かに言った。


「……ここからは少し難しくなる。だが、“魔法の核”を理解するには避けて通れない話だ」


 弟子たちは真剣な表情でロブを見つめる。リリアが息をのむ音が聞こえた。


「お前たちにとって、魔法は“現象”だろう。火が灯り、水が生まれ、風が巻き、雷が落ちる。それをどうやってナノマシンが起こしているか……その鍵になるのが、“量子”だ」


「りょうし……?」

 エドガーが小さく呟いた。


 ロブは頷き、指で円を描きながら続ける。


「“量子”とは、すべての物質を構成する、最小の粒のことだ。岩も空気も、お前たちの体も——この机も、椅子も、魔素マナも、すべて“量子”でできている」


 ロブは石板に大きく書いた。


 《量子(Quantum)》=すべてのものの最小単位


「そして量子には、我々の常識とは違う“奇妙な性質”がある。たとえば、観測されるまでは“存在が定まらない”。」

「……えっ?」


 リリアが目を瞬かせた。


「つまり、“見ていないとき”の量子は、“ある場所に存在する可能性がある”という状態でしかない。そこにある、と確定するのは——“見たとき”、つまり“観測したとき”だ」

「そんなの、夢みたいですわね……」


 セラフィナが目を丸くし、ロブはそれに頷いて答える。


「夢のようだが、これは実際に観測されている現象だ。“二重スリット実験”というのがあってな……まあ、詳しくは割愛するが、“観測すると粒になり、観測しないと波になる”というものだ」


「ええと……つまり、観測しなければそこにはないけど、観測すれば、“ある”になる……ってことですか?」


「そうだ。ナノマシンは、その性質を応用している」


 ロブは指先で宙をなぞりながら言った。


「魔法を発動する時、ナノマシンは“使用者の思考”という信号を読み取り、“こうあってほしい世界の状態”を観測しようとする。つまり、“この場所に火が灯っているべきだ”という指令を送る」


 そこで、再びロブの指先に炎が灯る。


「そして、大気中の量子を“再構築”する。存在の可能性が曖昧な粒子を、“火”という形に“確定”させる。ナノマシンはそれを瞬時に繰り返して、“世界を塗り替える”」


「それって……」


 リリアがぽつりと口を開く。


「つまり、“この世界の量子の状態を、思い通りに観測して、書き換えてる”ってことですか……?」


 ロブは満足げに頷いた。


「その通りだ、リリア。魔法とは、量子の世界に干渉し、“観測によって現実を変える技術”だ」


 静まり返る室内。


 誰もが息を呑んで、その言葉の重みを感じ取っていた。


「魔法を使うにはイメージが必須だ。イメージが固まっていないと魔法は発動しない。だからこそ、詠唱や構文が重要になる。命令が曖昧なら、量子の状態も不安定になり、魔法の発動は失敗する。“意図の明確化”こそが、魔法の精度を決める鍵なんだ」

「……じゃあ、カイがイメージだけで魔法を使えるのって……」

 

 エドガーが小声で言った。


「強烈な観測意識を持っているということだ」

 

 ロブが即座に答える。


「カイの“イメージ力”が、量子に対する明確な指令になっている。だから無詠唱で発動できる」


 全員がカイを見た。カイは照れくさそうに笑った。


 ロブは最後に、静かに締めくくる。


「ナノマシンは奇跡ではない。だが、その働きは“奇跡の理屈”を実現できるだけの理論に裏打ちされている。理解すればするほど、魔法は自由になる。いいか——魔法は“願望”ではない。“操作”だ。己の思考一つで世界を変える力だ。それを知った者は、それに伴う結果まで引き受ける覚悟を持たねばならない」


 その言葉に、教室には再び静寂が満ちた。


「そして——その構造を理解したことで、お前たちは今、魔法の“次のステージ”へと足を踏み入れた」


 ロブは手を前に差し出し、軽く指を鳴らすと、空中にいくつかの光球がふわりと浮かび上がった。


「知識は、力を洗練させる。無駄なく、正確に、深く魔法を扱えるようになる。その先にあるのは、“真に使いこなされた魔法”だ」


 弟子たちは息を呑み、やがて静かに、確かに頷いた。


 彼らが、今しがた得た知識を胸に、静かに思考を巡らせていた。


 その沈黙の中で、ロブはふとカイへと目を向けた。


「……カイ。お前には、もう一つ話しておかねばならないことがある」

「え……俺に?」


 唐突な名指しに、カイはわずかに目を見開く。


 ロブは頷いた。そして、他の弟子たちの視線もカイへと集まるのを確認すると、ゆっくりと語りかける。


「お前が、なぜこの時代に“転生者”として現れたのか——その“仕組み”を、今から説明する」


 教室の空気が、ふっと張り詰める。


「前世の記憶を持ったまま、肉体も時代も超えて存在が継承されるという、あり得ざる現象……それが“転生”だ」


 リリアが小さく息をのんだ。


「これは偶然でも奇跡でもない。理屈があり、構造がある。そして——それを理解すれば、お前たちはさらに先へ進める」


 そう言ってロブは、教室の窓から夕焼けを見上げた。


 沈みゆく陽の光が、弟子たちの瞳にゆっくりと差し込んでいた。


「お前の転生。そしてお前の体を蝕むオーバーマナシンドローム………それを抑える対策についてもこれから説明する。他の奴らにも関係することだ。しっかり聞いておけ」


 ロブのその言葉が、研究室に静かに、重々しく響いた。


橙様よりレビューいただきました!

ありがとうございます。

めちゃくちゃ嬉しいです!

これからも頑張って毎日更新しますのでよろしくお願い致します。


【リリアの妄想ノート】


 午後はロブさんの“座学講義”……だったんだけど……。


 ナノマシンとか量子とか、いきなり難しい単語が飛び交って、わたしの脳みそは完全にパンク寸前でした!

 魔法って、気合とかイメージとかじゃなかったんだ……すごく小さな“何か”を操作してる……えっと、観測して……えっとえっと……。


 うぅぅ〜……でも、ちゃんと覚えておかないと……明日からの訓練、手抜きなんてできませんし!

 がんばれ、わたし! ついていけ、わたしの脳細胞!

 でもフィリアさんがちょっとだけかっこよかったの、内緒です。


【あとがき】


 第59話では、ついにロブの座学講義が本格化しました。

 「魔法=ナノマシン×量子力学」という本作の中核設定を、世界観に溶け込むよう丁寧に描きました。


 フィリアの反応を通じて、魔法だけでなく“種族の本質”にも触れる話になりましたが、彼女の台詞は作者としてもとても気に入っています。

 誰かに与えられた姿ではなく、自分で選んだ道を歩む。

 そんな覚悟が、一人ひとりの強さを形作るのだと思います。


 次回は、新たな理解を得た弟子たちの“魔法実践”編。

 科学を知った者が、どこまで魔法を洗練させられるのか。お楽しみに!


 感想・ブクマが本当に励みになります!

 もし少しでも「面白い」「世界観が好き」と思ってもらえたら、ぜひ応援ください

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