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第54話 海老男、弟子に真相を語る。

 ロブの語りが終わった瞬間、宿の一室に静寂が落ちた。


 外では風が木の葉を揺らしている。

 だが、この部屋の中は時間さえ止まったようだった。


 最初に動いたのはリリアだった。

 小さく息を吸い、戸惑いの混じった声を漏らす。


「……じゃあ、エルフも、ドワーフも……魔族や、魔物さえも……」


 彼女の瞳が揺れていた。

 生まれ育った村では、“精霊の加護を受けた存在”として語られていたエルフたち。

 魔族と魔物は、恐れと憎しみの象徴だった。


「……全部、人間が作った“存在”だったなんて……」


 ロブはうなずいた。


「そうだ。魔法も、種族も……この世界の“常識”の多くは、科学という名の技術で作られた“選択”の積み重ねだ」


 言葉の重さに、再び部屋の空気が沈んだ。

 

「ふふっ……なんだか、笑えてきますわ」


 沈黙の中、セラフィナが口元に手を当てて、小さく笑った。

 けれどその瞳に浮かぶのは、笑いではなく混乱だった。


「子どもの頃から、“高貴なエルフは天の民”と教わってまいりましたのに……。

 魔法は“精霊の加護”による奇跡、そう信じて疑いませんでした。

 それが……人間が機械で作った技術だなんて――」


 彼女の声が、そこではじめてわずかに揺れる。


 「魔法も……奇跡も……全部、人の手で組み上げたものだったなんて、いったい何を信じて生きてきたのか、わからなくなりますわ」


 隣にいたリリアが、そっとセラフィナの袖を握った。

 セラフィナはその温もりに目を伏せると、言葉を飲み込んだまま静かに肩を落とした」

 

「……となると、“魔族は悪だから倒せ”っていう王国の方針も、相当歪んでることになるな」


 エドガーが腕を組み、難しい顔で天井を見上げる。


「もしこの話が広まれば、世界の秩序そのものがひっくり返る。正義と悪の境界が、まるで意味を持たなくなる」


 彼の声は冷静だったが、心の奥には燃えるような疑問が灯っていた。


「……じゃあ、私たちの、エルフの歴史は一体なんだったの?」


 フィリアの声が揺れた。


 膝の上で握られた拳は小刻みに震え、俯いた顔の横で長い耳が微かに揺れる。


 「エルフって……神様に祝福された種族って言われてきた。森と精霊に選ばれた存在だって、そう教わってきたのに……そのことにずっと誇りを持って生きてきたのに」


 彼女の声はどこか震えていた。怒りでも、悲しみでもなく――深い困惑に似た揺らぎだった。


 「それなのに……作られた? 人間が勝手に?“働かせるために都合よく作った”とか……そんなの……じゃあ、あたしたちの存在って……最初から意味なんかなかったってこと?」


 リリアたちも口をつぐみ、誰もすぐには言葉をかけられなかった。


 ロブは静かに立ち上がり、彼女の前にしゃがむ。


 「フィリア。お前の言いたいことはわかる」

 「……何がわかるのよ」


 フィリアは顔を伏せたまま、かすれた声で返す。


 ロブは、それでもまっすぐに彼女を見つめながら、言葉を続けた。


 「君は、自分が作られた存在だと知って、戸惑った。だがそれは、“誰かに選ばれた”って信じてたからだ。意味のある生だったってな」


 フィリアのまつげが、微かに揺れる。


「でも、選ばれた命だから価値があるんじゃない。お前はもう選んでるだろ。誰かの道具じゃなくて、自分で“どう生きるか”を。俺もそうだった。実験で、偶然ロブスターの遺伝子なんか入れられて……存在意義なんて最初はゼロだったさ」


 フィリアは、はっとしてロブを見る。


「……」

「けど、それでも、選び続けてきた。どう生きるか、何を守るか、何を信じるか。“作られた存在”でも、選び直すことはできる。君も、俺も、同じだよ」


 フィリアは、震える声でつぶやく。


「……あなたも、私たちと同じ…………」

「そうだ。俺は今でも選んでる。お前たちに過去を話すってことも、君に向き合うことも。全部、俺の意志だ」


 その言葉に、フィリアは唇を噛んだ。


 こぼれた涙が、一粒、頬を伝う。

 けれど彼女は、泣き崩れることなく、ただ小さくうなずいた。


「………信じないって選択肢もあるのよね」


 ロブは、少しだけ笑った。


「もちろんそうだ。そもそも過去なんて知ったところで今のお前には何の関わりもない。信じる信じないもお前の自由だ。お前の選択を批判する権利は誰にもない」


 その表情は、どこまでも優しく、そして静かだった。


「ママもその話を知ってるの?」


 顔を上げ真っ直ぐにロブを見つめる。


「ああ。そして、あいつも選んだよ」

「………どっちを?」

「今それを言うのはフェアじゃないな」


 おどけて笑うロブに軽く眉をつり上げる。


「………意地悪」


 ボソリと呟いた言葉とは裏腹に声は明るかった。


「私も自分で選ぶわよ」


 立ち上がり腕を上げながら背伸びをする。

 うん、と小さく声を上げ腕を下ろすとロブに笑みを送る。


「信じてあげるわよ。三千年生きたおじいちゃんの顔を立ててね」


そして、最後に。


 沈黙を保っていたカイが、ふっと目を開いた。


 彼は誰の声にも反応せず、ただ一点、ロブの顔だけを見つめていた。


「……俺のいた時代から二十年後にそんなことになってたなんて………

 それが魔法の始まり………」


 その声音には、感情がほとんど含まれていなかった。

 だからこそ、逆に強く響いた。


 ロブは小さく頷き、立ち上がる。


「そういうことだ」


 カイはわずかに眉を寄せた。


「でも、なんでそれを俺たちに明かしたんですか?」


 ロブは、薄く笑った。


「知ることが、力になるからだ」


 ロブの声は静かだったが、言葉には確かな重みがあった。


「力……?」


 カイが眉をひそめる。


 ロブは頷き、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「お前たちはずっと、“魔法は四大精霊の加護によって発動するもの”だと教えられてきた。炎の加護を持つ者は火を操り、水の加護を持つ者は癒しを授かる……そう信じて、疑わなかったはずだ」


 誰も否定しなかった。信じていた。疑いようもなく、当たり前だったのだから。


「だが、それは知識の制限だ。“精霊の属性”という概念を信じた瞬間に、お前たちの魔法は“属性”に縛られる。使えると思った魔法しか使えなくなる。使えないと思い込めば、その魔法は一生、発動できない」


 ロブは手を掲げた。掌に、紅の炎と蒼の水が同時に宿る。相反する魔法が、互いを否定せずにただ共存していた。


「精霊はいない。あるのは、“信じた者が、信じた通りの力を手にする”仕組みだ。ナノマシンは、お前たちの“思考”に応じて魔法を構築しているに過ぎない。つまり――魔法の限界は、自分の思い込みが作っている」


 リリアが小さく息を呑み、セラフィナはわずかに唇を開いたまま言葉を失っていた。


 ロブは視線をゆっくりと全員に向ける。


「だから、真実を教える。精霊でも神でもなく、科学の奇跡でもない。“思考”と“知識”こそが、最も強い魔法を生む。可能性を制限から解き放つために」


 最後に、カイの目を見て告げる。


「制限の中でしか力を使えない者と、制限そのものを疑える者。その差が、魔法使いとしての未来を決める。だからこそ、お前たちを弟子にした。全員、例外なくな」


 ロブの言葉が静かに部屋に落ちた直後――


 リリアの隣に座っていたセラフィナが、かすかに肩を震わせた。


 リリアがそっと覗き込むと、セラフィナは口元を手で押さえ、涙をポロポロと零していた。


「セ、セラフィナさん……どうしたんですか?」


 問いかけると、セラフィナは小さく首を振った。

 それでも、溢れる感情を抑えきれないように、震える声で言葉を絞り出す。


「私……お師匠様のお話を聞いて、ようやく救われた気がしました」


 涙を拭うことなく、彼女はゆっくりと語り出す。


「魔導学舎にいた頃、私は一つの疑問をずっと抱いていました。

“なぜ、私たちは一つの属性しか使えないのか”って。

先生に尋ねましたが、まともに取り合ってもらえませんでした。

『昔からそう決まっている』『精霊の導きに逆らうな』……そんな言葉ばかりでした」


 その声には、悔しさと苦しさが滲んでいた。


「私、水属性と診断されたのに、火の魔法を独学で使えるようになったんです。

でも、それを知った周囲の目は冷たくて。

褒めてくれる人なんていませんでした。“危ない”“調子に乗ってる”って、遠ざけられるようになって……」


 その時、傍にいたエドガーがそっと声をかけた。


「……ごめん。あの時、俺がもっと力になれていればよかった」


 セラフィナが顔を上げる。


「俺は、君が何かに必死だったのを見てた。でも、具体的な理由までは……君がそこまで孤独だったとは思えなかったんだ。気づけなかった自分が悔しいよ」


 エドガーの言葉は真摯で、悔いを含んでいた。


 セラフィナはわずかに微笑んで、涙を指先で拭った。


「ありがとう、エドガー。……でも、もう大丈夫です。

お師匠様が“正しいのは私だった”と、証明してくれましたから」


 その瞳には、涙の奥に小さな光が宿っていた。


 室内が静まり返る中、ロブは視線をカイへと向けた。


「――次はお前の話だ、カイ」


 名を呼ばれたカイは、表情を崩さずにロブを見返す。


「……俺の“病”と関係があるんですね」


 ロブは頷いた。


「ああ。オーバーマナシンドローム――魔力の暴走症候群。その正体は、ナノマシンの異常増殖だ」

「異常……増殖?」


 ロブは歩み寄り、冷静に言葉を継ぐ。


「ナノマシンは本来、一定数で体内に留まり、意思に応じて魔法を発動する補助機構だ。だが、お前の中にあるナノマシンは自己複製の制御が効かず、常に数を増やし続けている。その結果、魔力のように見える圧力が絶えず体内で膨張し、限界を超えれば暴走する。これが、お前の抱える“魔力過剰症”の正体だ」


 カイはわずかに目を伏せ、かすれた声で言った。


「ナノマシンが増殖しすぎて………転生したから魔力が強すぎるわけじゃなかったのか」


 ロブの声は淡々としていた。


「魔力を制御しているのではなく、常に押し込めている状態に近い。放っておけば、身体は内側から崩れていく。異常なナノマシンは、力を強化する代わりに、代謝と組織を蝕む」


 空気がわずかに重くなる。


 ロブは視線をカイに向けたまま、言い添えた。


「だが、それを制御できれば、“病”ではなく“力”になる。今後はそのための訓練を始める。……お前を弟子にした理由も、そこにある」


 カイは、しばらく黙ったままロブの言葉を噛み締めていた。


 静かに息を吐くと、背筋を伸ばして顔を上げる。


「……ロブ師匠。俺、なんとなくですけど……少しホッとしてるかもしれません。これからよろしくお願いします」


 強い意志の宿った瞳で、カイは力強く言った。


 リリアは感じ入るように口を開いた。


「……ロブさんが、魔法を世界中に広めたんですね。やっぱりロブさんはすごい人でした」


 目を輝かせて素直に言うその声に、他の仲間たちも小さく頷く。


 ロブは少しだけ目を細めてから、苦笑した。


「たまたまさ。誰かがやることを、俺が担当した。それだけの話だよ」


 どこか照れたような、でも割り切ったような声だった。


 すると、セラフィナが涼しい声で続ける。


「それにしても、陰謀が絡むのは今も三千年前も変わりませんのね。その……シラヌイさんも、結局ヴィクターさんの遺志を守れず、残念でしたわね」


 ロブは、その言葉に小さく笑った。


「あいつは、それで終わるタマじゃねえよ」


ロブの言葉に、カイが眉をひそめる。


「えっ、でも……制限は解除されたんじゃ……」


 ロブは座り直し、足を組んで続けた。


「ああ、表向きはな。だが、不知火は最後にナノマシンの基幹プログラムをいじっていった。黙って、誰にも言わずにな」


「プログラム……?」


 リリアが首を傾げる。


「魔法を発現させるには、“脳波の安定”が必要になるように制御構造を書き換えたんだ。簡単に言えば、意識が混線している奴には、ナノマシンが魔法を発動しないようになってる。つまり、“才能がないと魔法が使えない”って話は、半分正しくて、半分はウソだ」


 エドガーが静かに言った。


「じゃあ……本当は、誰でも?」


 ロブはうなずく。


「体内にナノマシンがあれば、訓練次第で誰でも魔法は使える。ただし、思考の制御ができていること――脳波が安定していることが前提だ。無意識に怯えたり、疑ったりしていれば、命令として正しく伝わらない」


 フィリアが腕を組んで笑う。


「つまり、魔法を使いたければ……心を整えろってことか」


「そういうことだ。あいつなりのやり方で、ヴィクターの意思を守ったんだよ。“誰でも使える力”を、“誰でも扱えるとは限らない力”に変えてな」


 セラフィナが少し表情を曇らせ、首を傾げるようにして口を開いた。


「しかし……そのようなことをすれば、制限解除を推し進めた方々が黙っていないのではなくて?」


 場が一瞬静まった。


 ロブは一拍置いて、ふっと笑った。


「もちろん、黙ってなかったさ。あいつ――不知火は命を狙われた。俺が初めて“戦い”ってやつに関わったのも、そのときだ」


 リリアが目を丸くする。


「ロブさんが、ですか?」

「ヘリオス社の本社ビル。機密情報を外に持ち出そうとした不知火を、実行部隊が止めに来た。あいつ、銃火器も防弾スーツもなしで“実験用ホログラム”の中に隠れててな。平然と魔法使ってた。あれはもう、笑うしかなかった」


 ロブの笑みは懐かしさと苦みの混じったものだった。


「俺があいつを連れ出した。おそらく、俺の人生で一番雑に始まった冒険だった。だから今でも、あの時の逃避行が“最初の冒険”だったと思ってる」


 仲間たちは驚きと共に静かに耳を傾けていた。

 今では想像もつかない――ロブが初めて誰かのために力を使った、戦いの始まり。


 リリアがぽつりと呟く。


「……それも、全部“魔法”のせいなんですね」


 ロブは頷いた。


「ああ。魔法は便利だが……力は、誰かの自由を奪うためにも使える。だからこそ、“扱う人間”が試されるんだよ」


 全員の顔を順に見渡しながら、ロブは静かに言葉を続けた。


「……村に戻ったら、改めて教える。魔法の基礎、それと――闘気ブレイズの扱い方もな」


 その一言に、空気が少し変わった。


 リリアが目を輝かせる。


「本当ですか、ロブさん!?」


 ロブは頷いた。


「ああ。お前たちに必要なのは、奇跡の力じゃない。“選べる力”だ。学べ。そして、決めろ。どんな時代を生きるのかをな」


 その言葉に、誰もが静かに、力強く頷いた。


 そして彼らは、再び歩き出すための準備を始めるのだった。




 

【リリアの妄想ノート】 


 ロブさんって三千年前に魔法を世界に広めた人だったんだ。

 すごすぎて、もはや伝説レベル……いやもう神様じゃん……


 セラフィナさんが涙を流すなんて、きっとずっと悩んでたんだろうな。

 ちゃんと誰かが救ってくれるって、こういうことなんだと思った。


 フィリアさん、ずっと誇りを持って生きてきたんだよね。

 でもそれが揺らいでも、自分の意志で選ぶって決めたあの強さ、かっこよかった。


 カイくんも、やっと自分の力と向き合えた。

 あれがなかったら、もっと早く壊れてたかもしれない。

 ロブさんが言ってた、知ることが力になるって、こういうことなんだなって思った。


 そして……村に帰ったら、ロブさんが魔法とブレイズを教えてくれるって!

 うわー!いよいよ本格修行スタートだよっ!

 負けないぞー!絶対誰よりも早く魔法覚えてやるっ!


【あとがき】


 ここまで読んでくださってありがとうございます!

 第54話は「真実と向き合う」ターニングポイントの回でした。

 読者の皆さんにも、キャラたちと一緒に「選ぶ覚悟」のようなものを感じてもらえたら嬉しいです。


 続きは、村に戻って本格的な修行編へ突入します!

 ロブさんが何を教えてくれるのか、リリアたちはどう成長していくのか、ご期待ください!


 感想・ブクマ・評価が作者の魔力になります。

 応援、どうぞよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
物語の根幹が描かれていて、興味深く拝読させて頂きました(*゜∀゜*) しかもまだ物語は続いているわけであって、……どのような展開が待っているのか、続きが楽しみでしかありません!
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