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第50話 海老男、真実を語る。運命が変わる夜

 カイが静かに語り終えると、宿屋の一室には、しんと静寂が満ちた。


 王都を離れ、テルメリア村へ向かう途中に立ち寄った小さな宿。

 古びた木造の室内には、外の夜風が微かに揺れる音だけが響いている。


 リリアは胸の奥で、ふるふると震える何かを感じながら、ぽつりと声を漏らした。


「すごい……生まれ変わりって、本当にあるんだ……」


 澄んだ青い瞳が、素直な驚きで輝いている。


 その隣で、セラフィナは眉を寄せ、真剣な面持ちでカイを見つめていた。


「にわかには、信じがたいお話ですわ」


 指先で顎を押さえ、考え込むように瞼を伏せる。


「わたくし、魔導公会で魔法理論を学びましたが……前世の記憶や魂の再生といった概念は、学問的に裏付けられておりません。証拠がない以上、信じるわけにはいきませんわ」


(……やっぱり、セラフィナさんは、そういうところしっかりしてるんだな)


 リリアは小さく肩をすくめる。


 そんな重い空気をあっさり断ち切ったのは、フィリアだった。


「転生なんて、エルフの世界では当たり前に信じられていることよ」


 無表情なまま、当然のように言い切る。


「私のママやおばあちゃんも、転生者に会ったことがあるって言ってたわ。“前の時代の記憶を持つ者”は、たまに生まれるの」


 あまりに自然な口調に、リリアは思わず目を丸くした。


「そ、そうなんだ……!」


 セラフィナがさらに眉間に皺を寄せ、淡々と呟く。


「……証拠はない。けれど、目の前の事象を否定するには、材料が足りない」


(頭ごなしに否定しないんだなぁ……セラフィナさん)


 リリアは、そんな彼女の真面目さに少しだけ親近感を覚える。


 そして――


(カイくん、前にいた世界のこと、もっと聞いてみたいな……)


 リリアはそっとカイを見上げた。

 まったく知らない文化、技術、星の話。

 想像するだけで、胸が高鳴る。


 そのとき、ふっと、誰かが笑った。


 視線を向けると、ロブだった。


 穏やかな、どこか深みのある笑みを浮かべながら、言った。


「俺も信じるぜ。転生者には何度か会ったことあるしな」


 リリアは目を瞬かせた。


「お師匠様、それは嘘ではございませんよね?」


 食って掛かるのは当然セラフィナだった。

 

 カイは、自分が転生者だと見抜かれたことで予想はしていたのか、さほど驚いた様子は見せず、エドガーはセラフィナを困った顔で見ながらどちらの味方にも付けないでいるようだった。


 ロブは真剣な眼差しで続ける。


「まあ、珍しいことじゃないさ。世界は広いからな。何千、何万の魂が巡るうち、記憶を持ったまま生まれるやつもいる」


 リリアは思わず口を開く。


「ロブさんにとって、転生ってそんなに身近なんですか?」


 問いかけに、ロブは肩をすくめてみせた。


「まあな。人間の寿命じゃ何度も遭うもんじゃないが――俺はちょっと、普通より長く生きてるからな」


 にやりと笑ったその姿に、エドガーはぽかんと口を開けたまま固まる。


 カイも驚いた顔で目を見開き、セラフィナは身を乗り出した。


「本当ですの? 寿命に抗う魔法は、魔導公会でも高等秘術中の秘術とされておりますのに!」


 ロブは涼しい顔で答えた。


「俺が数百年生きてることは知ってるんだろ?ミーナとコソコソ話してたもんな」

「……ばれてましたか」


 リリアは気まずそうに笑った。

 セラフィナもバツが悪そうに目を背ける。

 フィリアは平然と鼻を鳴らすだけだった。

 

 そんな中、ロブはカイの方へ目を向ける。


「そういや、カイ」

「はい?」

「お前が使った魔法、雷蛇乱舞サンダー・サーカス


 その名を聞いて、リリアもはっとする。あのときカイが放った、雷の群れのような魔法だ。


「あの魔法が、なにか……?」


 カイが不思議そうに首を傾げると、ロブは口元を歪めた。


「――アニメからパクったろ」

「!!」


 カイの顔が驚愕に染まる。


 リリアは首を傾げた。


(アニメ? なにそれ……?)


 一方、カイは明らかに動揺していた。


「……ど、どうして……その言葉を……?」


 ロブはにやにやと笑いながら、言った。


「安心しろ。理由はすぐ話す。お前の疑問にも、これから全部答えてやる」


 ロブはゆっくりと立ち上がった。


 古びた窓枠に手をかけ、夜空を見上げる。


 やがて振り返り、リリアたちに向き直る。


「前に教えるって言ったよな、リリア。――魔法の真実を」


 リリアははっと顔を上げる。

 胸の中で、何かが静かに、しかし確かに震えた。 


 ロブは、夜空を背にして、静かに告げた。 


「――転生も、魔法も、この世界の真理も。すべて、繋がっている」


 リリアは息を呑んだ。


 目の前で、世界の扉が静かに開かれようとしていた。


 ロブは、少しだけ懐かしむように目を細めると、静かに口を開いた。


「今から三千年前――俺は生まれた。西暦で言うと、二〇二五年だ」


 その言葉に、リリアは瞬きを繰り返した。


「……にせん……二十五? せいれき……?」


 耳慣れない言葉に戸惑いながらも、ロブの声に集中する。


 カイが小さく目を見開き、かすれた声を漏らした。


「え……西暦……? て、まさか……」


 ロブはうなずいた。 


「そうだ。カイ。――この世界は、お前が生きた時代の未来。三千年後の姿なんだよ」


 空気が、凍りつくように静かになった。


 リリアは、理解が追いつかず、ただ口を開けたまま固まった。


(未来……?この世界が……?)


 エルフのフィリアは冷静に瞬きし、セラフィナは完全に絶句している。


 カイが、震えるような声で尋ねた。


「じゃあ、ここって……異世界じゃないんですか?」


 ロブは、肩をすくめる。


「厳密に言えば違う。……世界線が一度断絶してるから、全く同じ世界とは言えないがな。けど、ここは、確かに人類の歴史の続きにある場所だ」


 リリアは、ぐるぐると頭の中がかき回されるような感覚を覚えた。


(わからない……でも……でも、ロブさんは嘘を言う人じゃない……)


 カイも、拳を握り締めながら尋ねる。


「でも、どうして……こんなに違うんですか? 科学とか、文明とか……そういうのがあった時代なのに……」


 ロブは一度だけ目を閉じ、そして言った。


「……すべては、滅びたからだ」


 その言葉に、リリアの背筋が震えた。

 ロブは続けた。


「俺が生きた時代、人類はあらゆる科学技術を手に入れていた。だが、それでも争いは絶えなかった。国と国が、民族と民族が、資源を、領土を、奪い合った」

「……」

「そして最後には、自分たちの首を絞めることになった。自然の破壊、資源の枯渇、気候の激変……」


 リリアにはすべてを理解することはできなかった。


 けれど、ロブの語る『昔の世界』が、恐ろしく荒れ果てたものだったことだけは、痛いほど伝わった。


「最終的には、ナノマシン技術と量子工学が、世界を変えた」

「ナノマシン……?」


 リリアは小さく首を傾げる。


 ロブは微笑を浮かべた。


「簡単に言えば――目に見えないくらい小さな機械だ。それが人間の体を治し、環境を再生し、新しいエネルギーを生み出した」

「す、すごい……!」


 思わず漏れたリリアの声に、ロブは少しだけ寂しそうに笑った。


「すごかったよ。だが、人類はその力に溺れた。万能すぎる力は、人を堕落させる。そして、ある日――」 


 ロブは、言葉を区切った。


 その顔には、どこか遠い哀しみが宿っていた。


「ナノマシンが制御を失い、世界は壊れた」


 リリアは、唾を飲み込む。その音がやけに大きく聞こえるほど、皆沈黙してロブの話を聞いていた。


(制御を失った……?)


 フィリアも、セラフィナも、誰も言葉を発さなかった。


 ただ、ロブの言葉を待っていた。


「……その混乱の中で、人類の文明はほぼすべて失われた。数千年かけて、かつての科学技術も、文字も、記録も……すべて朽ちた」


 ロブは、窓の外、夜空を見上げた。


 そこには、静かに輝く星たちだけがあった。


「だが、ナノマシンだけは生き残った」


 そして――


「魔法という形で、な」


 リリアは、ぐっと拳を握りしめた。


 魔法。


 自分たちが当たり前に使っている力。


 それが――本当は、遥か昔の、人類の科学技術のなれの果てだったなんて。


 ロブは振り返り、リリアたちを静かに見渡した。


「魔法は、奇跡なんかじゃない。高度に発達した技術だ。……ナノマシンが、意志と魔力に応じて物理現象を操作しているだけだ」

「っ……」


 リリアは、眩暈がするような感覚に襲われた。


(魔法は、奇跡じゃない……)


 けれど、否定する気持ちは、なぜか湧かなかった。


 むしろ、ロブの言葉は――妙に、納得できた。


 リリアは、胸の奥で静かに呟いた。


(ロブさんは……本当に、知っているんだ。この世界のことを)


 リリアは、ぎゅっと膝の上で拳を握った。


 まだまだ、知らないことがたくさんある。


 でも――


(もっと知りたい。ロブさんが知ってるすべてを)


 そしてリリアが、震える声で尋ねた。


「ロブさん……教えてください。魔法って、本当は……なんなんですか?」


 真剣な瞳。


 それにロブは、ゆっくりとうなずいた。


「――転生も、魔法も、この世界の真理も。すべて、繋がっている」


 低く、深く、響く声だった。


 夜の静寂の中、ロブは再び口を開いた。


「これから話すのは、誰にでも教えていい話じゃない」


 低く、どこか張り詰めた響きを帯びた声だった。


 リリアたちは自然と背筋を正す。


 カイも、エドガーもセラフィナも、フィリアも、じっとロブを見つめる。


 ロブはゆっくりと歩き出し、室内をぐるりと一周するように視線を巡らせた。


 その歩みは静かだが、確かな重みを持っている。


 まるで、この一瞬一瞬を、心に刻み込むかのように。


 そして、部屋の中央――皆の視線が集まる場所で、立ち止まった。


「魔法のことも、転生のことも――」


 ロブの声が、夜の空気に深く染み込んでいく。 


「そして、俺自身のことも」


 リリアは息を呑んだ。


 今まで見たことのない、ロブの真剣な表情。


 隠していたものを、これからすべて明かすという覚悟の光。


 窓の外では、風が一層強く木々を揺らしていた。


 世界が、何か大きな変化を迎えようとしているかのように。


 ロブは、静かに、しかし確かに言った。


「――すべて、話してやる」


 その言葉を最後に、部屋の中は再び深い沈黙に包まれた。


 運命を変える夜が、今、幕を開けようとしていた。


第二章 完

【リリアの妄想ノート】


 カイくんって、本当に転生してきたんだ……!

びっくりだけど、でもカイくんならありえるかもって思っちゃう。

 それに、ロブさん……寿命が普通じゃないって、さらっと言うからもう!


 この世界が未来だなんて、考えたこともなかったけど……

 でも、ロブさんの言葉、きっと嘘じゃない。

もっともっと、色んなことを知りたいな!


 次は、どんな秘密が待ってるんだろう……わくわくっ。


【あとがき】


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 ついに五〇話、そして第二章が完結しました。

 今回の話は、カイの正体、ロブの過去、そしてこの世界の秘密に少しずつ踏み込む、まさにターニングポイントでした。


 書いている途中、カイたちがどんな顔でロブの話を聞いているか想像して、何度も筆を止めてしまいました。

 「転生」「未来」「魔法=ナノマシン」という壮大な真実を、どうやったら自然に、キャラたちの心情に寄り添って伝えられるか……。

 本当に難しかったです。


 でも、ここを越えたことで、彼らの旅がまた一歩、深く、強くなっていく。

 そんな予感を込めながら、書き切りました。


 次回からは、第三章スタート!

 リリアたちの本格的な修行と、冒険の日々が始まります!


 感想やブクマをいただけるととても励みになります!どうか応援よろしくお願いします!


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