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47話 海老男、案の定の弟子に呆れる。王都出発

 市場の喧騒から、ほんの少し離れた裏路地。


 いつの間にか、リリアは一人になっていた。


「……あれ? セラフィナさん? フィリアさん……?」


 右を見て、左を見て、通りの先まできょろきょろと見渡す。けれど、どこにも二人の姿は見当たらない。


(え……うそ、はぐれた……!?)


 冷や汗が背筋を伝う。市場の混雑で、ほんの一瞬目を離した隙に迷子になるなんて。


(さっきのお店で……いや、その前の果物屋さんのとこ……)


 焦りながら引き返そうとした、そのとき。


「……あれ? あなたは」


 背後から、静かな声が届いた。


 振り返れば、そこに立っていたのは――


 プラチナブロンドの髪に、深紅の瞳を持つ少年だった。


「え、ファルクくん……!」


 リリアは思わず駆け寄り、ぱっと安堵の表情を浮かべた。


 彼は、昨日の実地研修でリリアがダスクウルフから助けた、新人冒険者だった。


「よかった、知ってる人に会えて……。実は、セラフィナさんたちとはぐれちゃって……」

「そうだったんですね。よろしければ、ギルドまでお連れしますよ。僕もちょうどギルドの方角に行くところでしたから」

「ほんと!? ありがとう!」


 並んで歩き出した二人の足元には、昼下がりの木漏れ日がやさしく揺れていた。

 騒がしい市場と違い、裏路地には穏やかな空気が流れている。


「よかった。リリアさんに、また会えて」


 ファルクが、ぽつりと呟く。


「え?」

「ダスクウルフに襲われたとき、リリアさんが飛び出してきてくれて……。あなたがいなければ、僕はもう……あの時のお礼、ちゃんと言えてなかったなと思って」

「ううん、お礼はあの時、言ってくれたよ? それに、わたしはただ……体が勝手に動いただけで……」

「でも、勝手に動くって、すごいことです。普通なら反応もできませんよ」

「そ、そうかな」


 頬を指でかきながら、リリアは照れくさそうに笑った。


 ファルクの声は穏やかで、どこか真っすぐだった。


「それに、もう一つすごいなと思ったのは、あの魔法です」

「あ、あれね……」


 ――あれとは、もちろん影焰業火シャドウフレアのことである。


「……あの黒い炎の魔法、火属性魔法なんですか? 僕の知る限り、黒い炎の呪文なんて聞いたことがなくて」

「えっと、あれは……」


 リリアは一瞬だけたじろぎ、視線を泳がせた。


影焰業火シャドウフレアっていうの」

「シャドウフレア……。聞いたことがありません。リリアさんが編み出した魔法、ですか?」

「いやいや! そんなすごいことできないって! あれは……盗賊の女魔導師の人が使ってたのを見て、なんとなくイメージで……」

「イメージで、ですか? それ、教わったことがないってことですか?」

「う、うん」


 ファルクは一瞬ぽかんとした顔になった後、震え始めた。


「す………」

「す?」


 リリアがオウム返しに訊くと、銀髪の美少年はぱっと目を輝かせた。


「すごいです! 見ただけの魔法をあんなに使いこなすなんて! しかも敵味方を識別する術式を即座に再現するなんて、ものすごい高等技術ですよ!」


 さっきまでのおとなしい雰囲気は吹き飛び、ファルクは興奮気味にリリアへ詰め寄った。


 リリアは、その勢いに思わず一歩後ずさる。


「お、落ち着いて、ファルクくん……!」


 両手をひらひらさせながら宥めると、ファルクは我に返ったように咳払いをして、気恥ずかしそうに微笑んだ。


 少し間を置いて、ファルクが静かに訊ねる。


「……その、女魔導士は、今どこに?」


 リリアは少し俯き、言葉を選びながら答えた。


「……わたしの村を襲った盗賊団の一人だから、捕まっちゃったよ。今は王宮に連行されてる。ボスのヴォルフもロブさんが倒したし」

「そうだったんですね。じゃあ村の人も大勢犠牲になったでしょう。お辛いことを思い出させてごめんなさい」

「いや、みんな生きてるよ」

「え?」


 平然と返すリリアに、ファルクはまたポカンとする。

 盗賊団に襲われたとなれば被害はそれなりに出るものだと思っているのだろう。

 

 実際のところ、セイラン村の人たちは大勢が殺されたのをロブが生き返らせたのだが、その話はロブに口止めされているし、そうでなくても軽々しく人が生き返った話などしない方がいいとリリアも思っていた。


「ロブさんがたまたま通りかかって盗賊団をやっつけちゃったの。運がよかったって皆でよろこんでたよ」


 まあ、嘘ではない。真実でもないが。

 ファルクは少し俯いて考えるように顎に指をあてる。


「ロブさん………あの黒髪の男の人ですね。あの人、無詠唱で魔法使ってましたよね。何者なんですか?」


 リリアは少し考えてから、言葉を選ぶ。


「ロブさんは……すっごく強い人だよ。でも、それだけじゃなくて、わたしたちにいろんなことを教えてくれる師匠なんだ」


 自然と、胸を張るリリア。


「そうなんですね。強いお師匠さんがいて……羨ましいです」


 ファルクは、少し羨望をにじませながら微笑んだ。

 ふと思い出したようにリリアが口を開く。


「そういえば、昨日の祝賀会……ファルクくん、いなかったよね?」


 ファルクは少し肩をすくめ、視線をそらした。


「僕、人が多いところは苦手なんです。お酒もまだ飲めませんし……」


 小さく苦笑して、続けた。


「それに、僕は何も活躍できていないのに、あの場にいる資格なんてないと思ったから」

「そんなことないよ!」


リリアは思わず立ち止まり、真っ直ぐファルクを見上げた。


「初めての討伐で、あんな強い魔物に襲われたら……誰だって怖いよ。わたしだってたまたま捕まらなかっただけだし。でも、ファルクくんは逃げなかった。だから、ちゃんと胸を張っていいんだよ!それに………」

「それに?」

「あの祝賀会、関係ない冒険者の人いっぱいいたし」

「……………」


 ファルクは目を瞬かせ、小さく噴き出した。


「考えすぎでしたかね」

「たぶん」


 そこで、二人は同時にクスクスと笑いあう。

 

 ひとしきり笑うとファルクはほんの少しだけ、照れたような笑みを浮かべた。

 

「でも、ありがとうございます。胸をはっていいって言ってくれて。正直嬉しかったです」


 やがてギルドの建物が見えてきた。


「ここまでで大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫! 本当にありがとう、ファルクくん!」

「いえ、それじゃあ、またどこかで」


 ファルクは軽く手を振り、裏路地へと姿を消していった。


 そして、ギルドの扉を開けた瞬間――


「どこに行ってたんですの、リリアさん!!」

「遅い!」


 セラフィナとフィリアが、ぴったり並んで仁王立ちしていた。


「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」


 リリアの叫び声が、ギルドの天井にこだました。



「…………本当に迷子になるとはな」

「ごめんなさい」


 ことのあらましを聞いたロブが呆れ顔で呟き、リリアは小さくなって謝る。


「まあ、初めて王都に来たんだしな。広いうえに人も多い。リリアちゃんの村とは比べ物にならん。道に迷うのも無理ないさ」


 見送りと称して職務をさぼり中のゼランがフォローを入れる。

 ロブはそんなゼランにも呆れた視線を送った。


 ギルドの前には、ゼランともう一人、セレニアの姿もあった。


 セレニアは、心配そうにフィリアへと歩み寄る。


「フィリア。ちゃんと食事は三食きちんと取りなさいよ。朝ごはん抜いたら頭が回らないからね。それから、みんなと仲良くしなさい。あなたはすぐ一人で突っ走るから、集団生活で協力することを覚えなさい」

「……わかってるわよ」


 フィリアはわずかに顔を背け、そっけなく答える。


 それでもセレニアは止まらない。


「それから、夜更かしは厳禁。ちゃんと布団で寝なさい。遅くまで本を読んでたら目を悪くするわよ」

「……もう、子供じゃないってば」


 フィリアはぷいっと顔をそらすが、耳までほんのり赤くなっている。


 セレニアはさらに畳みかける。


「それと、危ない場所には絶対に近づかないこと。ケガでもしたらどうするの!?」

「……わかったってば」


 フィリアはわずかに眉をひそめ、靴の先で地面を小突いた。


 そんなやり取りを見て、ロブとゼランは顔を見合わせ、苦笑した。


 ――七十二歳とはいえ、人間でいえばリリアと同じくらいであるし、それ以上に、どんなに大きくなっても親は親、子は子なのだ。


 そんなやり取りを見て、ロブとゼランは顔を見合わせ、苦笑した。


「まったく、心配性だな。……お前も若いころは、協調性がないってお袋さんに言われてただろ」


 ロブが苦笑交じりに言うと、セレニアはぴたりと動きを止め、わずかに顔を赤くした。


「そ、それは昔の話よ!今はちゃんと大人になったんだから!」

「はいはい」


 ロブがからかうように肩をすくめると、セレニアは頬を膨らませる。


「もう、早く出発して。ロブがいると昔のこと掘り返されちゃうんだから!」


 そんなセレニアの姿に、周囲から小さな笑い声が漏れる。


 そこで、ゼランが肩をすくめながらニヤリと口を開いた。


「ったく、セレニアは昔からロブにだけは敵わないんだからな」

「ゼラン、あんたまで余計なこと言わないでよ!」


 セレニアが顔を真っ赤にして抗議し、さらに場が和んだ。


 和やかな空気の中、リリア、セラフィナ、エドガー、カイ、そしてフィリアが、順番に馬車へと乗り込んでいく。


「ゼランさん、セレニアさん、お世話になりました!」


 リリアが元気に頭を下げながら手を振ると、セレニアは「気をつけてね!」と叫び、ゼランもにっこり笑い、そして大声でリリアに叫んだ。


「リリア!困ったことがあったら、すぐにロブに頼るんだぞ!でも、ちゃんと自分でも考えて動くんだ!一人前になれよー!」


 リリアは少し照れたように、でも嬉しそうに頷いた。


 最後にロブがひらりと手を上げ、手綱を引く。

 馬車がぎしりと音を立て、石畳を走り出した。


 陽光の下、彼らの旅立ちを、ギルドの建物が静かに見送っていた。




【リリアの妄想ノート】


 今日は王都を出発しました!


 ファルクくんと再会できて、すっごく嬉しかったです。

 それに、褒めてもらっちゃった……えへへ。


 でも、今はまだ魔力が足りなくて、シャドウフレアも自力じゃうまく出せないから……。

 早くもっと魔力を高めて、自分の力でちゃんと使えるようになりたいです!


 それで、今度こそロブさんに――


「よくやったな、リリア」


 って、頭をなでなでしてもうんだ!


 ……なんて、妄想しちゃった。

 よーし、頑張ろう!


【あとがき】


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


 第47話では、リリアたちが王都を出発し、旅立つ様子を描きました。

 これからリリアたちは、さまざまな出会いと冒険を重ねながら成長していきます。


 新しい仲間たちとの絆、そして試練――

 続く物語にも、どうぞご期待ください!


 次回もお楽しみに!


【感想・ブクマ、ぜひよろしくお願いします!】

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