第45話 海老男の元カノ疑惑、浮上!?そしてリリアは一人妄想の荒野へ――
セレニアがフィリアの前に立ち、静かに口を開く。
「フィリア。あなた、ロブの弟子になりなさい」
「……は?」
フィリアが顔をしかめて言い返す。
「どういうこと……!?」
「ロブは了承済みよ。あなたを彼に預けるって、私が決めたの」
フィリアはセレニアとロブを交互ににらみつけた。
その目がロブに向いたとき、彼女は口を開く。
「……聞いたのよ。ママが昔、あんたのことを好きだったって」
その言葉に、その場の空気がぴたりと止まる。
「えっっっっっ!!!??」
一番派手に反応したのは、リリアだった。
まさかの展開に思考が追いつかず、手にしていたカップを危うく取り落としそうになる。
その瞬間――リリアの脳内には、ロブとセレニアの“若かりし頃の淡いラブロマンス”が爆誕していた。
──かつて、荒野の戦場で背中を預け合った二人。
魔獣の群れに囲まれ、絶体絶命の中でセレニアが呟いた。
「……ロブ、もし……私が生きて帰れたら、一緒に星を見てくれる?」
──ロブは、血の滲んだ剣を背負いながらも、穏やかに笑って言った。
「ああ、星を見ながら一晩中語ってやるよ」
「語るってなにを?」
「愛をさ」
「ふふ………楽しみにしてるわ」
──そして、満天の星空の下、寄り添い語り合う二人の影……。
(いやぁああああああああッ!!!完全にヤッてるじゃん!ロブさん、絶対そういうの隠してるだけで昔イイ感じだったでしょ!?)
内心のリリアは、すでに全巻読破済みの少女漫画読者状態だった。
現実のロブは、気まずそうにセレニアを見た。
セレニアも目を伏せ、何も言わなかった。
フィリアは顔を背け、唇を噛みしめながら言う。
「尊敬する人の……恋敵みたいな男に教わるなんて、ごめんよ」
その声は、ただの反抗心ではなかった。滲んでいたのは、父への同情と尊敬だった。
セレニアはわずかに戸惑いながらも、娘に向き直る。
「えーと、その………気持ちはわかるわ。でもね、フィリア」
声に優しさと説得の意志をにじませながら言葉を続ける。
「お父さんも、私も、若い頃はロブに教えを受けて、冒険者として歩き始めたの。あなたが、あの人のようになりたいと願うなら――お父さんが憧れたこの人に学ぶのが、一番よ」
フィリアの目が揺れる。
ロブは口を挟まず、静かにその反応を待っていた。
数秒の沈黙の後、フィリアは息を吐き、ぼそりと呟く。
「……わかったわよ。弟子に、なればいいんでしょ」
渋々ながらも、その声には諦めよりも覚悟が滲んでいた。
セレニアは安心したように頷く。
「じゃあ、決まりね。ロブ、お願い」
「……引き受ける以上は、言うことを聞いてもらわなきゃならない。それだけは約束してもらうよ」
ロブの口調は淡々としていたが、言葉の裏には責任感がにじんでいた。
「お師匠様とか呼ぶつもりはないわよ」
「呼び方なんて好きにすればいいさ。呼び捨てでも構わないよ」
「じゃあ、遠慮なくロブと呼ぶわ」
そのやり取りに、リリアとセラフィナが顔を見合わせて笑う。
「ふふっ、五人目ですわね」
「ロブさんのまわりが、ますます賑やかになりますね」
「うるさいな……」
ロブは頭をかきながらも、心なしかどこか和んだ表情を見せていた。
セレニアがロブの隣に立ち、静かに囁く。
「お願いね。あの人と、私の娘を」
「……ああ。任せとけ」
ロブは小さく頷き、苦笑混じりに言った。
「ひよっこども全員、俺が面倒見てやるよ」
ロブは軽く手を上げ、ホールの隅にいる二人に声をかけた。
「エドガー、カイ。こっちに来い」
「はいっ!」
エドガーが元気よく返事をし、カイも無言でついてくる。
二人がロブの前に並ぶと、ロブは視線を横にずらし、そっぽを向いていたフィリアに軽く頷いた。
「紹介しておこう。今日から、フィリアが仲間になる」
「……エドガー、だったかしら」
フィリアが淡々と口にする。
エドガーは目を見開いたあと、にかっと笑みを浮かべた。
「おおっ、あの時は助かった。改めて礼を言うよ。君も仲間になってくれるなんて嬉しいよ」
そう言って、エドガーは右手を差し出す。
フィリアは一瞬だけその手を見たが、ためらいもせずに握り返した。
「……フィリア。よろしく」
その握手は短く、あっさりしていたが、確かな意志がこもっていた。
「エドガー・ヴァレンタイン。十六歳。剣士。よろしく頼む!」
エドガーの背筋がしゃんと伸びていた。
「カイ・アークライト。十五、魔法剣士……よろしく」
短く名乗ったカイにも、フィリアは軽く頷いた。
続いて、リリアが緊張しながらも元気よく前に出る。
「私はリリアです。十四歳です。よろしくお願いします!」
「よろしく。……リリア」
最後に、セラフィナが優雅な動きで一歩前へ出る。
「セラフィナ・ルクスリエル。十五歳。魔導学者兼冒険者でしてよ。以後、お見知りおきを」
「ええ、よろしく」
皆が自己紹介を終えたところで、全員の視線がフィリアへと向いた。
フィリアは腕を組んだまま、わずかにため息をつき、しぶしぶと名乗る。
「……フィリア・フィンブレイズ。年齢は……七十二」
「「ななじゅうに!?」」
リリアとセラフィナが揃って素っ頓狂な声を上げる。
「え、フィリアさん、七十二って……」
「リリアさん、それ以上は失礼ですわ。フィリアさんはエルフですもの。きっと、人間でいうところの十代後半……」
「十四よ」
即答したフィリアの声が、なぜか少し鋭かった。
リリアが思わず口を押さえる。
「えっ、今の私と同い年!?」
「人間の成長速度と照らし合わせればってだけよ。私は七十二歳。あんたたちよりずっと年上なんだから」
ツンと顔を背けるフィリア。
セラフィナはにこにこしながら一礼した。
「では、フィリア“先輩”とお呼びしたほうがよろしいですか?」
「いらない。気持ち悪い」
ぶすっとしながらも、どこか耳が赤い。
リリアもつい笑ってしまい、カイですら小さく口元を緩めていた。
五人の顔ぶれが出そろい、ロブが静かに告げた。
「さて。明日お前たちを俺の村へ連れて行く」
「村……ですの?」
「ロブさんの村、ですか?」
「ああ。テルメリア村って言ってな。弟子に教える時は、そこでやってる」
「……ん?今、テルメリア村って言ったか?」
酒を片手にこちらへ歩いてきたゼランが、耳をそばだてるように声をかけてきた。
「おう、ロブ。お前、またあの村に戻るのか?」
「ああ。ちょっと見せておきたい景色がある」
ロブが答えると、ゼランは羨ましそうに髭を撫でながらため息をついた。
「くぅ~、いいなあ……テルメリア村、あそこは最高の場所だからな。飯もうまいし、空気もうまいし、温泉まである」
「温泉!?」
リリアとセラフィナが同時に反応し、目を輝かせた。
「うふふ、知らなかったの? あの村、源泉が湧いていて、回復にも美容にもいいって昔から有名なのよ」
セレニアがくすっと笑って、少しだけ目を細める。
「……久しぶりに私も行きたいわ。あの森を抜けた先の、静かな朝の霧……思い出すだけで、懐かしくなるもの」
「じゃあ、俺も便乗して――」
「お前は今日の件の後処理と今後の対策でやることが山積みだろうが」
「うう、俺、なんでギルマスやってんだろ」
ゼランが大げさに肩をすくめると、周囲に笑いが広がった。
その中で、ロブはふと窓の外に視線を向ける。家々の間に顔をのぞかせる星々に自分の間に村の幻影を見る。
弟子たちを連れて向かう、静かなる山間の村――
そこから、彼の“本当の教え”が始まる。
【リリアの妄想ノート】
今日は、もう、やばかった。
だって、セレニアさんが昔、ロブさんのこと好きだったって………
……は?
え、それ、本人の前で言う???私の目の前で???
しかも、ロブさん、否定しないんです!!気まずそうにしてましたけど!!あれは絶対、まんざらでもなかったやつです!!
ということはですよ――
かつての戦場、星空、語らうふたり、傷を舐め合うように寄り添い、共に過ごした夜――
もうやだあああああああああ!!!!
なにそれ!!!超ロマンチックなんですけど!?!?!?
むしろ小説書きたい。私が書く。書くわ。
あっぶな。尊すぎて脳が蒸発するところだった。
ちなみに、テルメリア村って温泉あるらしいです。
やったね私、明日から混浴の危機に立たされるかもしれないよ!!!!
……そんなフラグ、いらんっちゅうねんッ!!
【あとがき】
ご覧いただきありがとうございました!
今回はフィリアの正式加入と、ロブさんの黒歴史(?)が少し明るみに出るお話でした!
リリアの暴走妄想も加速してきましたね(笑)
忘れた頃に妄想ぶっ込みますのでお楽しみに(笑)
次回から、いよいよ舞台は“ロブの村”テルメリアへ!
温泉と訓練、そしてまた新たな事件の匂いが……!?
ぜひ、感想・ブクマをお願いします!
皆様の応援が物語の燃料です
それではまた、次回の更新でお会いしましょう!




