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42話 海老男、弟子を増やす

「先輩……質問、いいか?」

「………なんだよ」


 ぽつりと漏れたエドガーの声に、ダリオがゆっくりと顔を上げる。二人とも、呆然としたままだった。


 ……いや、呆けているのはこの二人だけではない。


 実習に参加していた冒険者たち――全員が、さきほどまで目の前で繰り広げられていた光景に、現実味を感じられずにいた。


「……あの、三人の紹介してくれるか?」


 エドガーの問いに、ダリオが口を開く。


「……あの大柄な男は、冒険者ギルドの統括ギルドマスター、ゼラン様だ。んで、あのエルフの美女は金龍――つまり、S級冒険者のセレニアさん。どっちも伝説って呼ばれた冒険者だよ」

「なるほど、そりゃ強いわけだ……。で、もう一人は?」


 エドガーが視線をロブに向けたとき――横から別の声が割って入った。


「――あの人は、海老男だ」


 言ったのは、カストールだった。


 あまりにも珍妙な呼び名に、エドガーとダリオがそろって素っ頓狂な声を上げる。


「「海老男?」」


「そうだ。昔、ゼラン様が現役だった頃、あの二人とパーティーを組んでた。ゼラン様もセレニア様も凄腕だったが、実質的なリーダーは、あの男だった。ゼラン様の師匠でもある」

「師匠って……あの方、人間族ですよ?見た目が若すぎますわ」


 セラフィナが不思議そうに眉をひそめた。


「俺も詳しくは知らん。だが、俺が新人だった頃には、すでにあの人は銀獅子でな。あの頃から見た目は今と全く変わってない」


 驚きとざわめきが広がっていく。


「その三人は、ギルド最強のパーティーと呼ばれてた。魔王を討伐したって伝説も残ってる」

「ま、魔王も!?」


 リリアも驚いた。……でも、どこかで納得してしまっている自分がいた。


 だって、さっき見たばかりだ。


 あの人たちなら、本当に魔王を倒していてもおかしくない。


 そのとき――


 ローブの裾を翻しながら、あの仮面の魔族が、黒焦げとなった地面を踏みしめた。


 彼はロブの方を見つめていた。


「小娘に続いて貴様まで……。あの魔法は、私がエリザに教えたものだ。なぜ、それを使える?」


 驚愕と困惑が混じったその声は、リリアの耳にもはっきりと届いた。


 シャドウフレアが魔族の術式だとロブに聞かされていた。

 紅竜団が魔族と繋がっている可能性についても。


――あの魔法の出所は、やはり魔族だったのか。


 ロブはその問いに、淡々と返す。


「なるほど。お前がエリザが言っていた“先生”か」


 そこに、駆け出す影があった。

 ロブの横をすり抜けて魔法を詠唱する水色の髪の少年。


「カイ君!?」


 仮面の魔族――“先生”と呼ばれた男に向かって、カイは詠唱もなしに魔力を放つ。


重雷槍ヘヴィ・スパークランス!」


 雷が槍となり、空を裂いて放たれた。


 鋭い一撃が、魔族の仮面を貫かんと突き進む――が。


「……虚絶封鎖ヴォイド・ロック


 魔族の静かな声が響いた瞬間、雷槍は寸前で空中に散り、消えた。


 まるで、空間そのものが雷を拒絶したかのように。


「なっ……!?」


 カイが驚愕の声を漏らす。その肩が微かに揺れた。


 背後で、ロブがつぶやく。


「無詠唱、しかも……自作の雷魔法か。やるな」


 セレニアがカイを見つめ眉をひそめる。

 

「あの子は………」


 ゼランが腕を組み呻った。


「リリアちゃんといい、今回の新人は化け物ばっかだな」


 しかし、偉大な先達から感心の眼を送られても、当のカイは困惑している。


「俺の魔法が効かない……?」


 呟くカイの顔に驚きと悔しさが浮かぶ。彼の魔法は確かに強力だった。だが、それ以上の壁がそこにはあった。


 リリアの視線が、静かに歩み出るロブの背中を捉える。


「下がってろ。今のお前じゃあいつには勝てない」


 ロブの声は穏やかだったが、言葉に込められた威圧感は重く、否応なしに説得力を持っていた。


 仮面の魔族が不敵に低い笑い声を漏らす。


「お主なら私に勝てると?」

「まあな」

「身の程を知れ」


 彼の周囲に、黒紫の魔素が渦を巻く。


瘴牙冥鎖ファントム・ファングチェイン


 影から生えたような鋭い鎖が何本も地を這い、ロブへと襲いかかる。


Observatioオブセルワティオ Negataネガータ


 ロブが一語詠じた瞬間、すべての鎖が光の粒となって霧散した。


「なっ……!?」


 魔族の驚きの声が響く。


 リリアは思わず息を呑む。だが、その横でセラフィナが硬直していた。


「魔法無効化の詠唱……!?わたくしが知る理論とは、根本から異なってますわ……!」


 魔族は怯まず、次の魔法を放つ。


重圧方陣グラヴィトン・ケージ!」


 地を押し潰すかのような重力場がロブを包もうとする――


「Observatio Negata」


 同じく、詠唱は短く、静かだった。だが魔法は跡形もなく消滅する。


 セラフィナが震えるように呟く。


「まるで……因果そのものを否定するような……」


 魔族が一歩引いた。次の瞬間、ロブが剣をゆっくり抜く。


 剣を振るうのと同時に、蒼き斬撃が奔る。

 ゼランの技と同じものだとリリアは悟る。


 空間ごと切り裂かれたかのような衝撃が駆け抜け、魔族の体を両断した。


 仮面が割れ、ローブが裂け下半身と上半身が泣き別れする――が、二つに別れた体は地に落ちると小さな土の塊に変化した。


 現れたのは血肉ではなく、土の人形の残骸。


「……傀儡……!」


 誰かの声が漏れる。ロブも剣を収めながら、低く呟く。


「やはりな」


 その時、森の空間に残響のように声が響いた。


『……貴様のような使い手がまだ人間にいたとはな』


 リリアは辺りを見回したが、声の主の姿はどこにもなかった。


「今回の陽動は失敗だ。今頃はS級やA級の冒険者たちが王都の護りについている。お前の企みどおりには行かなかったな」


 ロブの挑発するような声に、魔族の声が愉快そうに笑う。


『構わんさ。今日はどうせ様子見のつもりだった。いずれ貴様らの終わりの日が来る。その時を怯えながら待っているんだな』

「名を聞かせてくれ」


 ロブの問いかけに、声がくぐもりながら返る。


『ガルヴァリウス……とでも覚えておけ』


 風が吹く。音が止み、森は静けさを取り戻す――


 森の中に漂っていた瘴気は、風に流されるようにゆっくりと薄れていった。


 焼け焦げた草木の匂いだけが戦いの余韻を残し、そこに立ち尽くす冒険者たちは、ようやく戦いが終わったことを理解し始めていた。


 リリアは膝に手をつきながら呼吸を整え、ロブの方を見上げる。


 その横で、すでに回復したセラフィナがロブとリリアにぐいと詰め寄ってきた。


「ちょっと、待ってくださいませ!お二人とも、さっきの魔法、どういう構成なのですか!?あの魔素の動き、観測されない術式展開――明らかに常識を逸脱していますわ!」


 リリアがたじろぎながら口を開く。


「え、えっと……わたしは……ただ、なんとなく……」

「なんとなくであんな魔法が!? それで説明が通るなら、わたくしの努力は何ですの!」


 セラフィナが真剣そのもので詰め寄るも、ロブは腕を組んで苦笑する。


「理屈じゃなくて、慣れだよ」

「無茶苦茶ですわ!」


 すかさずセラフィナが声を上げた。


 一方、少し離れた場所では、エドガーがゼランに詰め寄っていた。


「ゼランさん!さっきの、あの技!あれ、どうやったんですか!?あれ、めちゃくちゃカッコよかったです!教えてください!」


 ゼランは目を見開いたエドガーの熱量に押され気味になりながらも、腕を組んでにやりと笑った。


「ほう、あれが気に入ったか。だが残念、あれは俺のオリジナルじゃねえ」

「え……?」

「師匠直伝よ。海老男って言うんだがな、知ってるか?」


 ロブの方を顎で指すゼラン。

 エドガーが驚いた顔で振り返る。


「海老男……?やっぱりあの人が師匠なんですね」

「なあ、ロブ。こいつ、弟子にしてやってくんねぇか?まあ、根性はありそうだしな」

「なんでお前が受けないんだよ」

「俺はギルマスとして忙しいし、特定の冒険者を贔屓するわけにもいかん」


 ゼランが軽く肩をすくめながら、ロブに話を振ると、ロブはエドガーをじっと見つめた。


 エドガーは一瞬たじろいだが、ぐっと拳を握ってロブに頭を下げた。


「お願いします!俺、もっと強くなりたいです!」


 エドガーが頭を下げるのを見届けたセラフィナが、ぱっと顔を上げた。


「でしたら、わたくしも!」


 勢いよく一歩踏み出すと、彼女はふわりとローブの裾を広げ、優雅に一礼した。


「ロブさん! わたくしにも魔法を教えてくださいまし!」


 リリアはその剣幕に思わず目を瞬かせた。


「セラフィナさん……!?」

「はい!あの影焰業火シャドウフレア、あれほどの術式を再現したリリアさんにも! ぜひ一緒に勉強させていただきたいんですの!」


 天真爛漫な笑顔を向けられて、リリアは戸惑いを隠せない。


「え、えっと……」


 リリアはロブを見上げる。

 彼はやれやれと肩をすくめて頷いた。


「弟子を二人取るも三人取るも一緒だからな」

「よろしくお願いします、セラフィナさん」

「はい! よろしくお願いします、リリアさん!」


 ぱあっと満面の笑みを浮かべるセラフィナに、リリアもつられて微笑んでしまう。


 そこに、ふとロブが一歩前へ出て、カイの方を見た。


「で、カイといったか。お前も弟子になれ」

「……は?」


 きょとんとした顔でカイが硬直する。


「お前、さっき無詠唱でオリジナル魔法を撃ってただろ。ああいうのは好きだ」


 ロブが肩をすくめると、ゼランとセレニアが同時に目を見開き、頷く。


「まあ、今のままでいるよりはいいか……」

「素質は申し分ないし」


 カイはぽかんとしたまま、リリアと目が合った。


「ち、ちょっと待って。俺は弟子になるつもりはない!」


 カイが眉をひそめ、困ったようにロブを見た。その表情には本気の戸惑いが滲んでいる。


 ロブは無言で歩み寄ると、カイの目をじっと見据えた。


「お前……魔素の巡りが異常だ。無理に高出力の魔法を使えば、いずれ身体が壊れるぞ」

「……え?」

「《オーバーマナ・シンドローム》。魔力過剰適応障害だ」


 その言葉に、リリアが思わず口に出す。


「オーバーマナ・シンドローム……?」


 すぐ横で、セラフィナが真剣な表情で頷いた。


「魔力量が多すぎる人が、制御方法を学ばずに強引に魔法を使い続けると、身体に深刻な負担がかかりますの。最悪、魔素暴走を起こして……命を落とすこともありますわ」


「っ……!」


 カイの表情が強張った。


「……なんでわかった?」


 呆然とロブを見つめる。


「気配でわかる。お前の魔素はずっと不安定だった。さっきの魔法を見て確信したよ」


 ロブは腕を組んだまま、ゆっくりと言葉を重ねた。


「俺の下で、魔素の制御を学べ。命を削って強くなっても、自滅するだけだ。誰も守れねぇ」


 カイは目を見開いたまま黙り込んだ。拳を握り締め、俯く。


 やがて、静かに顔を上げると――


「……わかった。じゃあ、教えてくれ」


 ぽつりと呟いたカイが、ロブの顔を見る。


 ロブは微笑を浮かべたまま、はっきりと頷いた。


 カイが小さく頭を下げる。


 「よろしくお願いします、師匠」


 その言葉に、リリアは思わず目を見張った。


 ――カイくんが、ロブさんの弟子に……!


 ロブは満足げに頷きながら、静かに言葉を返す。


 「歓迎するよ、カイ。期待してる」


 そうして、四人目の弟子が、正式にロブの元に加わった。



【リリアの妄想ノート】


 ロブさんの弟子が……わたし一人じゃなくなっちゃいました。

 エドガーさん、セラフィナさん、カイくん……まさかこんなに増えるなんて!?


 弟子仲間ってことは、わたしが一番弟子ってことでいいですよね!?

 でもカイくんの魔力、ちょっとチートすぎませんか?なんかもう、ちょっとずるい!


 でもでも、セラフィナさんが笑顔で「よろしくお願いします、リリアさん!」って言ってくれて……わたし、やっぱり嬉しくて。

 ……なんか、家族みたいかもって思っちゃいました。


 あっ! でもロブさんと恋人になれるのは、わたしだけなんだからっ!

 ね!?(じーっ……)


【あとがき】


 今回の話では、カイの身体に潜む“過剰な才能”を明かしつつ、師弟関係の輪がさらに広がる展開となりました。

 リリア視点で描くことで、読者のみなさんにもロブという人物の「懐の深さ」と「信頼の積み重ね」を感じていただけたなら嬉しいです。


 また、セラフィナの「弟子志願」は彼女らしさ全開でしたね。彼女が真面目なだけではなく、人とのつながりに対してとても素直で、まっすぐな子だと伝わったのではないでしょうか。


 物語はここから、新たな局面へと進んでいきます。

 次回もどうぞお楽しみに!


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